第14話:決着と来襲
サラの件にについては零章後の設定で少し説明があります。それでも不明な点があれば気軽にメッセージをください。
猫であるサラの瞳のさらに向こう――そこにはサラ・ユイス・アルトリーユの姿がある。
寝室で座りながら、猫の目を通して彼らの様子をずっと見ていたのだ。
ミズヤの急な魔力の回復には、彼女も少なからず驚かされた。
(【魅了】を使ったけど、魔法が強くなる事はない。何故かしら……?)
彼女はあごに手を当てて思考する。
ミズヤには彼女が目があったときに【魅了】を使用した。
【魅了】は名の通り、人を魅了し操ることができる魔法。
しかし、魔力が強くなるなどということはないのだ。
ミズヤに【力の雨】を回避させるべく体の操作を一時得ようとした彼女には、予想外の事だった。
「それはだね、ミズヤが"愛の力"を魔力にできるからだよ」
突如聞こえたのは中性的な男の声。
不意に声が聞こえた声に対し、サラは発信源を的確に殴りつけた。
天蓋付きベッドの傍で一人の男が呻きながら倒れる。
「……君、もう少しまともな挨拶ができないのかい?」
「アンタにくれてやる挨拶は、これで十分だっての」
悪態をつきながらサラは脳に直接届く映像を見続け、倒れた男はやれやれと起き上がる。
ミズヤと全く同じ顔立ち――だが細目のその男は、別世界の神だった。
サラとミズヤが居た世界、【ヤプタレア】の神、アキュー。
彼は少なからず2人が巡り会えるよう手助けをしている。
が、元はと言えば彼の妻が原因で2人が別離となったため、サラの当たりも悪いのだが、それはまた別の話。
「……で、何? ミズヤがそんな力持ってるの?」
「おおよそ察しがつくだろう?」
「……。愛律司神ね?」
「そうそう」
うんうんとアキューは頷き、にこりと笑った。
ミズヤの前世――1度目の転生まで、彼の中には愛を司り、愛について誰よりも知る神が住んでいた。
愛律司神という少女が残した力が今回のそれなのだ。
「でも、愛がそのまま魔力になるにしても、どうして急に?」
「さぁ? こっちを見てから強くなったんだし、心のどこかで君を愛してるからじゃないか?」
「…………」
急に顔が赤くなり、サラは掛け布団に顔を埋めた。
投げやりに言ったアキューもサラの様子には「相変わらずの相思相愛っぷりで」と肩を竦める。
しかし、彼も自由律司神という神であり、一応はミズヤの事も把握している。
ミズヤがサラと視線を交わしたあの時――何かが“共鳴”した。
(これが愛というやつかな……)
アキューは不敵に笑い、再び頭に流れ込む戦いの映像に集中するのだった。
◇
「なに――!?」
驚きの声はカイサルから上がる。
自分の魔法があのまま押し切れば勝てるはずだった。
だが、彼の魔法【力の雨】は防がれ、破壊しかけた結界は復元されてしまった。
何が、どうして、どこにそんな力が――?
思考をめぐらしても答えは出ない。
だが、これだけミズヤが魔法を使っていれば、ミズヤの魔力は残りわずかという確信はあった。
「ミズヤ、いつまで保つ!? 今降参するなら許してやるぞ!」
「…………」
見えない攻撃の雨が降り注ぎ、中庭の地面にいくつもの穴が開く。
だが、ミズヤを守る結界は破れることなく現状を保っていた。
(……一撃必殺がいいな)
ミズヤは空を見て思う。
もうじき雨が降るし、この戦いはもう終わらせたい。
2度も必殺の攻撃を行うも防がれたが、あれは単純に威力不足で、策を使ったものだった。
今度は力任せの魔法を使う――そして終わらせる。
(……サラ)
もう一度、彼は自分のペットしである猫を見た。
赤い瞳を持ち、じっとミズヤを見据える猫。
「……ほんと、なんでだろう」
言いながら、ミズヤは左手で柔らかく空を掴む。
その手に赤い魔力光が包み込み、やがて光は弓の形に変わる。
「サラが応援してくれてるの、目を見たらわかるんだ。だから――」
右手に持った刀を捨て、弓の弦を引く。
するとたちまち、結界内にはポウポウッと赤い光球が出現する。
「――"沙羅"の前で、情けない姿は晒せないよ」
赤い光球は100を超え、構える弓にも赤い矢が神々しく収められている。
夜を赤く染め上げるような、眩い光が発せられた。
「なっ――どこにこんな魔力が――!?」
膨れ上がる魔力を感じ、カイサルは【力の雨】を止めて結界を張り巡らせる。
まともに喰らえばヤバいという直感があったのだ――。
(……この魔法、どこかで見たなぁ)
ミズヤはふと思う。
自分の使う魔法がどこかで見たことのあるものだったが、なんだったかは思い出せずにいる。
きっと何かのアニメかと自己完結し、改めて矢をカイサルへ向けた。
「【狂気色、赤】」
バチバチと光球が放電する。
絶縁破壊を起こしながらも数百の光球が光を放ち、そして――
「【羽衣天技】――【七千穹矢】」
そっと魔法の名を口にし、矢を放す。
ヒュンと空気を切って矢が進み――その後を追うように、全ての光球が矢と同速で突き進む!
「ッ――!!!」
カイサルは目を見開き、結界に全魔力を注ぎ込む。
喰らえば死ぬ――目に見えてわかる現実に、彼は必死だった。
やがて、先頭の矢がぶつかる。
ゴウンと唸り挙げて衝撃を生むや、矢はすぐに爆発した――。
「ぐぉぉぉおおおおお!!!」
爆発の衝撃で今度はカイサルの結界に亀裂が走る。
そして息づく間も無く、次々と次弾の光球達がぶつかり――大爆発した。
轟音が響き渡る。
敷き詰められた夜の雲とは別に、大きな黒煙が空に広がる。
その中から、1つの物体が落下をしていた。
「…………」
ミズヤは無言でその物体に【無色魔法】を掛け、ゆっくりと浮かせて自分の前に寄せる。
ゆっくりと運んできたのは、かろうじて意識のあるカイサルだった。
爆発のせいで黒く肌が汚れ、服は一部が吹き飛んでいる。
だけど、体に目立った外傷はなかった。
カイサルの疼く目がミズヤを捉え、かろうじて彼はミズヤに問うた。
「何故……手加減、した?」
「……殺す気はありませんから。【黄魔法】、【治癒】」
「……そうか」
ミズヤはカイサルに回復魔法を掛け、戦いの傷を癒した。
外傷もあまりないカイサルはすぐに回復し、ミズヤの魔法なしで立ち上がる。
「……見事だミズヤ。お前の言う事はもっともだと、私だって昔から思っていたんだ。叶えられるかはわからないが、国に言ってみよう」
「はい……。ありがとう、ございます……」
約束を交わすものの、ミズヤは哀愁に満ちた目をした。
(勝った……けど、メイラは……)
彼の友人だった少女は戻って来ない。
領地を探すにしても、まともに探せるような場所でもない。
少年は勝ったはずなのに、膝をついた。
戦いが終わり、家族に等しい人を失った現実が彼を襲う。
だが――
ドォォォオオオオ!!!
『!!?』
直後に響いた爆音に、彼は再び立ち上がる。
後ろを振り返れば、彼の家は半壊し、瓦礫が崩れ落ちる最中であった――。
その上空には黒い骸骨のようなモノが2体。
まだ思慮に浸るには早いらしい――。