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連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜  作者: 川島 晴斗
最終章:衰亡のレクイエム
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第23話:別行動

 ――辺り一面に充満する血の匂いを気にすることなく、少年は戦場後に立ち尽くしていた。

 少年はこの辺り一帯の人間を皆殺しにした張本人であった。


 少年は知っていた。

 世界中の人々が手を繋ぐ世界など絵空事だと。

 善悪が平等の世界では、誰かが手を血で染める必要がある。

 その役目を誰かが受けるなら、少しでも多く軽減できるように自分が引き受けよう――その思いでこの戦争に、ミズヤは参戦した。


 逃げ惑う人々にも容赦なく、勇ましい敵の軍人には恐れを植え付けるように酷い殺戮をした。

 後に残った死体と血溜まりと静けさが、万が一にと控えていたキュール軍すら震えさせる。


 彼の殺しは無残であれど、家は一つも倒壊させずに建物は全て綺麗に残っていた。

 無駄を少なく、せめて後処理も楽に、人のためを思ったかのような矛盾のある殺戮であった。


 返り血で赤黒く染まった服の裾をしぼり、赤い水をピチャピチャと垂らす。

 こんな酷い光景も、自分の血で見慣れていた。

 でも、他の人にはこんな無残な光景は見せたくなくて、飼い猫のサラさえもクオンに預けていた。


「…………ふぅーーーーーっ」


 ミズヤは深く息を吐き、【無色魔法】で飛び上がって森奥に控えていた少数の後続部隊の下へ向かった。

 後続の部隊はバスレノス軍のようにジャージを着てイグソーブ武器を携えていた。出番のない武器を置き、1人の青年がミズヤに駆け寄る。


「あの……」

「……何?」

「……。……お疲れ様です」

「……うん」


 空虚で冷たいミズヤの言葉に、青年は震えた。

 今のミズヤに感情などない、ただの殺戮兵器であった。

 感情を表に出していては、人殺しなど耐えられないのだから――。


 1つの国を降伏させるのに、2か月とかからなかった。

 1度目の戦争が勝利に終わり、ミズヤとドークは一時帰還する――。




 ◇




 クオンはミズヤを()いた2人の側近を連れ添って西大陸に来ていた。


「……暑い」


 夏真っ盛りに、普段は亜寒帯気候で暮らすクオンが赤道付近にある西大陸の中心付近で過ごすのは辛いものがあった。

 それはヘリリアも同様であるものの、ケイクは普段自分の【赤魔法】の温度に慣れているため、暑さは平気だった。


 国の王との謁見は既に済み、ぼちぼち観光しながら魔王の根城を探していた。

 とはいえ西大陸都心に来て既に3週間、聞いて回っても手掛かりは得られなかった。


「……毎日歩いて聞いて回って。でも、そうですよね。そもそも魔王を認知しているのは役人や士官ですし」


 クオンの疲れ切った呟きをケイクが拾う。


「しかし、この大陸のどこかにあるというのは間違いないのでしょう。以前、カンナも魔王と会おうと西大陸に向かおうとしていましたし」

「ええ……。サラ、カンナに魔王の居場所を聞けないのですか?」

〈まだ外泊中よ。帰ってきたら伝えとくわって、何回も言ってるでしょ〉

「……そうですよねぇ」


 現状、魔王の根城を知るミズヤとカンナは話せる場所にいないため、待機するか散策するかの2択であった。

 まぁ――資金があるわけでもないのに戦争を起こすつもりで5000人も動かすのにお金を使ったのが痛く、3人で西大陸に海を横断してやってきたのもそうであるが――。


 現状、彼等は元から所属していた魔破連合に厄介となり、魔物が出現すれば狩って報酬を得るという仕事で生計を立てていた。x

 こんな暮らしでいいのでしょうか――とは思いつつも、何もできずに飛び出してきたクオンは自分を愚かだと思わなかった。


 西大陸のスイーツは美味しいのだから。


「うーむ……しかしマシュマロには劣る……」

「クオン様、そんなに甘い物ばかり食べていては体のバランスを崩しますぞ」

「デザートは別腹ですよ。そうですよね、ヘリリア?」

「おいひいれふぅう♪」


 西大陸の喫茶店でお菓子を食べる女子2人を見て、同席するケイクはがっくりとうなだれていた。

 甘いもの好きのクオンはよく飲食店を散策し、そこにおいてある新聞などを読んで情報を集めていた。


 キュールと東大陸連合軍の戦争が開戦したことも、彼女は文字を通して把握していた。

 戦争は悲しみしか生まないとわかっていても、それを止めなかったことが自分の選択。

 海を越えてやってきた大陸、収穫もない現状はお菓子でも食べていなければやっていられないのだ。


「……よくやるよねぇ、君達」


 そんな暗い3人のもとへ、1人の青年が残念な物を見る目で見ながら呟いた。

 3人は顔を上げてその男を見ると、見覚えのある姿に目を見開いた。


「……郵便屋殿」


 クオンがその男の正体を見破る。

 ミズヤの知人であり、瞬間移動の魔法で世界各地に配達をする男である。

 オレンジ色の髪にカーキ色のコートを着て、斜め掛けにショルダーバッグを背負っていた。

 いつも通りの服装の彼は、ただ荷運びをしにきたとは思えぬ言動をした青年に、3人は敵意の眼差しを向ける。

 しかし郵便や――アラルは落ち着いた様子で腕を組みながらクオンに問いかける。


「君達、魔王の居場所を探してるんだろう? 彼女の住んでるあの施設を見て、君達なりの答えを出して、それで何が変わるのさ」

「……これは私の自己満足です。貴方には関係ありません」

「あるんだよ。僕は関係大ありなのさ」

「何故?」

「魔王は、僕の義母だから」

「――ッ!?」


 クオンは言葉を失た。

 もちろん、他の2人も。


 郵便屋という名前は世界中に知れ渡っており、大きさや距離に関係なく荷物を運べる存在として世界に必要な人材ではあるが、その真名を知るものは全国有数である。

 名前さえ知られぬその人物、生い立ちを知ることなど以ての外であった。


 その男が今、自ら口にしたのだ。

 自分の義母が、魔王であると。


「……どういうことですか?」


 動揺する心をそのまま言葉にし、クオンは恐る恐る尋ねる。

 アラルは一度テーブルを一瞥し、無言のままケイクの隣に腰かけた。

 すとんと座ってから、にこやかに語りだす。


「どういうことも何も、僕は物心つく前に村が滅ぼされて、たまたま義母(かあ)さんに拾われただけなんだよね。それで、10年くらいかな? 僕は彼女に育てられて、瞬間移動の魔法も教えてもらって、義母さんが人のために生きてたから、僕も人の役に立つ仕事がしたくて郵便屋を始めた。それだけの話だよ」

「……では本当に?」

「そう言ってるじゃん。疑り深いなぁ……」


 アラルはジト目でクオンを見るもケイクがさらに質問を重ねる。


「それで、養子の貴様が我々の元に現れたということは、案内してもらえるのだな?」

「まぁね。君達、どーせその猫を通じて場所聞くでしょ? だったら僕が案内してあげた方がいいかなって。迷子になられたり、いろいろ壊されたら困るしね」

『…………』


 クオンとケイクは慎重な様子で聞き、コミュ障のヘリリアは震えながらアラルの目を見ていた。

 郵便屋として世界の役に立とうとする青年、しかし魔王の養子となればその戦闘力も並外れているはずであり、誘い出して自分の立地で襲うということも考えられる。

 迂闊に発言することのできない剣呑な雰囲気、しかしアラルは何も考えずにクオンにこう言った。


「あ、行く前に僕もここのケーキ食べるね」

「…………」


 緊張感のないその一言には何とも言えない既視感を感じる。

 それはいま欠けている側近の1人であり、襲われかねないなどという不安は吹き飛ぶのであった。


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