第22話:想いの重さ
魔王が忽然と姿を消し、倒れるドークの体をミズヤの【無色魔法】が支え、緩やかに床に寝転がった。
魔王の持つ瞬間移動の力、そして何より、バスレノスで開発したと思わしき武器が、魔王の手により生まれたと知れば、魔王に対して戦いを挑むことなんて考えられなくなっていた。
「……我々にできることとは、なんなのでしょう」
ポツリと放たれたクオンの言霊は、孤独に宙をさまよって姿を消す。
それは二者択一だった。
バスレノスの尊厳を守るか、世界のために魔王の策略に乗るか。
何もしないわけにはいかない、戦争が起きればバスレノスも巻き込まれるから。
暗い顔をするクオンに、ミズヤは答えた。
「話をした僕が言うのも悪いけど、この世界のことについて、ガッカリしないで欲しいんだ……。誰かが死ぬ事でしか平和を維持できないなんて、そんなの世界の方が間違ってる。だから、僕は――クオンには、自分の引き継いだ意志を貫いて欲しいって、思ってるよ」
「…………」
クオンは目を伏せ、考える。
そうだ、彼女には家族から引き継いだ強い想いがある。
それは世界と天秤にかけてもいいほどに重いものだ。
1人を守るために世界を相手にする者もいる、それがクオンにとっては家族の誇りなのだ。
――しかし、それを決めるのにクオンはまだ若過ぎた。
「……少し、考えます」
クオンはそう言って立ち上がると、片手で頭を抑えながらゆっくりと退室した。
誰もその後ろ姿に続くことはできない、彼女の想いの丈は彼女でしか測れないのだから。
バタンと扉が閉じ、静まり返る室内。
一息つく暇もなく、ケイクはミズヤの胸ぐらを掴み上げた。
「おいミズヤ!! クオン様をあんなに悲しませやがって!! なんでそんな大事な事、もっと早く言わないんだよっ!」
「にゃ、にゃーだよ! だーってフォルシーナさんに口止めされてたんだもん!! 今日は特別だよっ!!」
「知るか!! お前なぁ! クオン様がどんな思いで……」
さらに高く掴み上げるも、ケイクはそれ以上何も言えなかった。
フォルシーナという魔王になった女、ミズヤという少年もまた暗い過去を持っている。
そして、世界の秘密など簡単に打ち明けられないという気持ちも、16歳の彼にはその重みがわかるのだ。
普段はふざけているミズヤだが、秘密を握っている重圧や暗い過去に精神が引き裂かれて、狂ってなければ生きていけないのではないかと、そんな考察まで出来てしまう。
「クソッ……」
ケイクはミズヤを突き飛ばし、大股で部屋を去って行った。
ミズヤは飛び跳ねて体を起こし、改めてこの場にいる皆を見渡す。
誰もが重い顔をしていた。
当然だ、重い話をしてしまったのだから。
だけど、ここで考えるのをやめてはいけない。
自分達の立っているこの世界の問題は、いずれ自分の問題になるのだから。
特に、善なる意志を持っていれば――。
◇
あれから日は経ち、クオンは再びトメスタスと面会をした。
「――我々は、これから起きる戦争に関与しません。私達が助力して国が一丸になったことをアピールしても、クオン皇女は嘘つきだ、裏切り者だと中傷され、このキュールに良いことはないでしょう」
「…………」
トメスタスはこのクオンの決断に、何も言うことはできなかった。
国を一丸に、それなら政略結婚をするのが手っ取り早いと2人はわかっている。
しかし、それをしないのたさはクオンの言う理由があるからだろう。
正義の使者として3年間過ごしたクオンが、戦争に加担するなど言語道断なのだ。
しかし、クオンの名に影響力があるだけで、他の者は違う。
「私個人では出ることはできませんが、ミズヤとドークがキュールに味方してくれると約束してくれました」
「!」
「2人がいるだけでどれだけ有利になるかは、貴方も良くご存知でしょう」
「……。そうか……」
トメスタスは深く追求せず、それだけ言ってお茶を一口啜った。
神楽器の使い手であるミズヤ1人居るだけで国と戦うこともできるだろう。
さらに最高司令官が1人・ドークが参戦するとなれば、最早トメスタスは何も言わない。
だから、戦争の話はこれで終わり。クオンは他に、聞きたいことがあった。
「……魔王に、直接会いました。この世界のことを聞きましたよ」
「……。そうか」
「それで色々考えて、わかったんです。昔バスレノスで誰かが持ってきた神楽器、その力に魅了された父上……そして起きた戦争。仕向けたのは魔王だったんです」
「…………」
クオンの独白を、トメスタスは無言で聞いていた。
魔王が仕向けた戦争、それで母国を亡くしたのは彼もわかっていた。
なんせ、彼もまた、魔王と会ったのだから――。
「でも……世界のためって……そんな大き過ぎる免罪符があったら……私達はただ従うしかない……国なんて、世界を前にすれば小さな存在だと、痛感しました。それでも、私の守りたかったものは……家族と繋いだこの誇りだけは……」
「……口を閉じろ。もう十分だ」
「……はい」
トメスタスは、最後まで言わせなかった。
クオンの気持ちは彼にもわかる、本来ならトメスタスとて戦争なぞしたくないのだ。
でもその年齢の差が、そして上に立つ者として、クオンには辛かろうその言葉を言い切らせなかったのだ。
「……私は、貴方達が戦争している間に西大陸へ向かいます。西大陸の文化と、善悪を調整するという装置を見に」
「そうだな。自分の目で見るのがいいだろう。その場所にたどり着ければ、だがな――」
「見つけますよ。そうでなければ、私は私の考えを貫けない」
視線が交錯する。
決意の灯ったクオンの瞳を見て、トメスタスは不敵に笑った。
「話は終わりだ。俺は俺のやることをやるし、貴公は貴公のやることをやれ」
「ええ。私は見つけてきます。自分の信じる、答えを」
クオンは立ち上がり、足音だけを残して王室を去って行った。
残されたトメスタスは白塗りの空虚な天井を見上げて呟く。
「魔王の所に突撃か。俺にはできなかった。……大人になると、できなくなることもあるのだな」
大義と責任という重圧に負け、自由のない王となった彼は、羨望の想いを小さな少女に抱くのだった。