第21話:隠されたこと・後編
年をまたいで久し振りの更新です。
待っている方が居ましたら、大変申し訳ありませんでした。
『善意と悪意が、平等?』
一同は口を揃えてミズヤに聞き返した。
ミズヤは当時10歳の事――自分の領地が悪意の生産場だった事を思い出し、静かに頷いた。
彼に向かって歯を立てたのは、真面目で知識も豊富なナモンだった。
「ミズヤ殿、質問させていただく。善意と悪意が平等であるその証拠はどこにある?」
もっともな質問だったが、ミズヤは首を振って渋るように答えた。
「……場所は言えないけれど、この世界のある所に、善悪調整装置がある。それはこの世界を作った神、"善"と"悪"の実験器具なんだ」
「ふむ。貴公の言葉だけでは真偽の判断に欠けるが、トメスタス公もああなっている以上、今はその話を信じよう。それで、サウドラシアの善意と悪意が平等だと、何故魔物を作らなければならなくなる? それが何故、戦争の話になる?」
「…………」
その話をするのは、ミズヤにとって辛い事であった。だけど、眼前に居る仲間達は悪い人達ではない。
話をちゃんと聞いてくれると信じて、ミズヤは儚げに語り出す。
「――フォルシーナさんは、できる限り、人間同士で争わせたくなかったんです。善悪が平等――それで一番影響を受けるのは人間です。だから、人間に良い人と悪い人が生まれて――悪い人が良い人を殺してしまう。それが嫌だから、魔物を世界に放った。魔物は悪魔力でできているから、存在するだけで世界の悪魔力の一部を肩代わりできるし、人間の恨みや憎しみも、魔物に向けることができるから……」
その言葉は優しく、魔王に対する認識は和やかなものへと変わっていく。
悪い人ではない、人類のためを思ったその行動には敬虔さえもしてしまう。
しかし、その話には大きな矛盾があった。
「――それならば、魔王は何故戦争を誘発させるようなことをするのです? 思えば、バスレノスでもそうでした。我々は神楽器を手にしてから他国への侵攻を始めた――つまり、彼女は人間にとっても悪い人じゃないですか?」
クオンの真に迫る質問に、ミズヤは目を閉じて一呼吸置く。
閉ざされたまぶたの端からは、静かに涙が流れた。
「……世界を平和にすれば、人口が増加する。人口が増えれば、今までは魔物だけで賄えてた悪意量が小さくなってしまう……。だから、人口を減らさなければならない」
「……魔物を増やせば、良いじゃないですか」
「世界は狭い。魔物が増え過ぎれば、人の生きる敷地が減る……。その結果が今なんだ。2、3階の住居は当たり前だし、地下にさえ施設を作った。この先、高層の居住施設ができて、そこを魔物が襲えば――被害はより甚大になる。地下に施設を作るのは良いけれど、それも限界がある……。建物を建てるのには、技術や時間が必要だ。だから、一番早い手段が――少なくとも、フォルシーナさんが魔王になった頃は、戦争を起こすことだったんだ……」
「…………」
クオンはミズヤの言葉から、魔王という人間がどういう人物なのか想像した。
3年前に見たことのある異形の姿。黒髪の頂きにある錆びた銅色の王冠、黄金色の瞳の下からは血涙の跡がはっきり写り、肌は色白で腕は白骨化した骨だった。
人間の姿ではない、その腕や姿は魔王らしい禍々(まがまが)しさがあった。
だがその実、その身には世界を遠い歳月守り抜いた善なる心があるのだ。
150年――どれ程のことだろう。
どれ程の思いでそんな人間になれたのだろう。
「――世界一優しい人が戦争を起こさなければならない。フォルシーナという人は、その宿命を背負ってしまったんだ」
『…………』
返す言葉はなく、辺りは静まり返った。
とある魔王の悲しい物語、剣と魔法の世界に存在するこの魔王の話はあまりにも重過ぎた。
また、魔王を勤め続ける理由が、たった1人の少年との約束というのは、また別の話。
「……それで、またこの北大陸で戦争させるのですか」
「……サラが前に言ってたこと、覚えてる?」
「……サラ?」
「アルトリーユでも、戦争をしたこと」
「ッ――!?」
クオンには心当たりがあった。
今でこそ戦争が終わっているものの、未だに戦果の後は残っている。
どこの大陸かは関係ない、フォルシーナは隙あらばそこに誘発させる。
「……でも、それにしては戦争の頻度が多いんじゃないかしら? 戦争は1回で何万と人が死ぬわ」
そこに、ヤーシャが疑問を口にする。
1回で何万と人が死ぬ戦争を頻繁に起こせば、それこそ世界の人口は減少し過ぎて、もう戦争しなくていいんじゃないかと。
だけど、それは本当だろうか?
「――3年前、バスレノス陥落の時は殆ど人が死ななかった。だって、僕らが掲げていた理想は――」
『――!』
そこで多くの者が自覚した。
バスレノスの掲げた理念、それは――"殺さずに国を守る"、人を殺さない戦いだったのだ。
戦争で死んだ人間の数は、キュールの起こした暴動の死者数より少なかった。
「……でも、それは間違いじゃない。フォルシーナさんは世界を守るために。バスレノスは国を守るために戦った。それは決して、悪いことじゃないんだ……」
「…………」
善と悪、どちらが悪いのか、最早クオンには判断付かなかった。
どちらも大勢の命を思っての計らいであり、優しかったから。
「……フォルシーナさんのことはおおっぴらにできない。もし悪い人が聞いたら、善悪調整装置を壊す可能性もあるんだ。そんな事をしたら、神様の実験も終わって、この世界ごと無くなるんだって、フォルシーナさんは言ってた」
「……戦争は、仕方のない事だと?」
『その通りだ』
『!!?』
クオンの声に答えたのは、二重に重なる低く荘厳な声。
その声の主は、最早言うに及ばない。
突如現れた魔王に各々が武器を手に取るが、魔王は辺りを見渡して深く息を吸い、こう言った。
『――ミズヤの話した話は全て本当のことだ。諸君は、余が憎いか? バスレノスが滅ぶに至ったのは、余のせいだと言っても過言ではない』
それは紛れもなく挑発だった。
復讐したければやってみろ――そう言っている。
しかし、今の話を聞いてすぐさま飛びだせる者など、居るはずもなかった。
「デェェエエエエイッ!!!」
――善意で動く人を除けば。
刃と刃が交じり合う。
鉄の音を響かせるのは魔王の持つ黒槍と、ドークの持つイグソーブ・ソードだった。
力は拮抗しているが、ドークの腕は震え、魔王の手は微動だにしなかった。
白い骨の腕にどこにそんな筋肉があるのか――なんて皮肉を言うことも出来ない。
何故なら、イグソーブ・ソードがその能力である"反動"を、魔王は受けることなく突っ立って居たからだ。
誰もが驚愕せざるを得ないその事実に、魔王が圧倒的な強者である事は1撃で察することができた。
「ソラァッ!!」
剣を弾き、鞭のようにしならせた足で蹴りを放つドーク。
しかし、吹っ飛ばすはずの魔王は、正面に居なかった。
「なっ――ぐうっ!?」
『……まぁ、貴公等が束になっても余には勝てぬがな。神楽器を作ったのも、イグソーブ武具の製作も余が手がけたんだぞ?』
フォルシーナはドークの背後を取り、細い色黒の首を掴み、ドークを持ち上げた。
そのままなす術なくドークは崩れ落ちる。
動脈を抑えることによる気絶、殺す気は無かった。
『……フン。それにしてもミズヤよ。よくも人の事をベラベラと喋ってくれたな?』
「僕が話すのは、間違いじゃないと思いました。それに、貴女にとっては僕達が戦争を止めようとしないのだから、いいでしょう?」
『……まぁよい。其方の言う事も正しいからな。これからの選択は――』
そこで言葉を切り、フォルシーナは周りの人物の目を見ていく。
恐れる目、敵意の目、哀しい目、様々ではあるものの、これがバスレノスの今の戦争を止めれる力である。
だから――
『其方等に任せるぞ』
力強くそう宣言し、魔王は姿を消すのだった。