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連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜  作者: 川島 晴斗
最終章:衰亡のレクイエム
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第7話:都合

 晩御飯の席は、リビングで全員一緒に食べることになっている。

 ミズヤはご飯をよそう為たまに席を立つものの、丸いテーブルを4人で囲んでいた。


「国は昔と大して変わっていないので、私が政治に食い込むことは難しくないと思うんです」

「確かに、大きな制度改革は未だ行われていませんからね」

「ですが、私が復権してもそれはそれで税金を増やさねば、革新することはできません。人を動かすお金が今の城にあればいいのですが……」

「…………」


 クオンとケイクが国政に関して会話を繰り広げる中、ミズヤは萎びたナスみたいな表情で黙々とご飯を食べていた。

 好きとか嫌いとかじゃなくて、皆幸せに生きられたらいいのに――そう思う彼は、クオンとサラの想いに挟まれて踏ん反り返っていた。


「? どうしたの、ミズヤくん?」

「なんでもないよーっ……」

「?」


 ヘリリアが声を掛けるも、振り向きもせずあしらってしまう。

 パクパクとご飯を食べ、あからさまにいつもと機嫌が違うミズヤを見て、一同ははてなを浮かべるのだった。


「ごちそーさま。お風呂沸かして来る」


 ムスッとしながらミズヤはそう言うと、食器をシンクの中に持って行き、リビングを出て行った。

 いつもと違う様子に、3人は顔を見合わせる。


「ミズヤはどうしたんですか? 急に機嫌が悪くなりましたけど……」

「またあの猫と喧嘩でもしたのでしょう。クオン様が気に留めることではありますまい」

「ミズヤくん、サラちゃんと仲良いけど、たまに喧嘩するもんね……」


 3人は納得すると、再び食事に戻っていく。

 ミズヤがサラと喧嘩した、そういうことも少なくない。

 家族だからなんでも言うし、喧嘩しても仲直りできる。

 そうだとわかっているから、放っておくのだった。




 ◇




 好きってなんだろう。

 僕はバシャバシャと流れる水を見ながら、そんなことを考えていた。

 お湯が水かさを増すのをボーッと見つめて、水面の向こう側に霧代の影を見る。


 川本霧代、クオンの居るこの世界でも、サラの居た【ヤプタレア】でもなく、【地球】という僕が誕生した世界で恋人になった少女。

 僕が彼女を好きになったのは、僕の心を満たしてくれたからだと思う。

 寂しかった高校生活に、1人だけ声を掛けてくれた優しい女の子、彼女から僕を好きになってくれて、それはとても嬉しい事だった。


 今はどうだろう、僕は満たされるべき何かがあるんだろうか。

 仲間も居て、信頼があって、力があって、満たされるべき何かは無いように思える。

 唯一足りないとすれば、家族の存在。

 サラはもうすぐ、死んでしまう。

 そうしたらまた新しい猫がやって来る――としても、人間の家族ではない。


 家族が欲しい……そうは思ってもできるものじゃない。

 親が居なかったから、親が居たらな……。


 水かさがいっぱいになったので、キュッと蛇口を回して水を止める。

 水面にはもう、霧代の幻影は写っていなかった。


「僕、なんで皆の都合に振り回されてるんだろ……」


 そもそもの話、なんで僕がサラやクオンの感情に振り回されなきゃいけないんだろう。

 サラの言ってる事は前世の話だし、今の僕には関係ない。

 クオンが僕を好きなのって、彼女の都合だし。

 なんで彼女たちのせいで、僕は嫌な思いをしなきゃいけないんだろう。


 2人には幸せで居て欲しいと思う。

 けど、それは仲間としての思い。

 恋とかそういう男女間の関係を求めてではない。


「はぁ……」


 僕はため息を吐き、浴場から出ようとする。

 するとそこに、ペタペタと小さな4つ足で僕の方に歩み寄る細身のねこさんがいた。

 …………。


「ニャー」

「…………」


 僕は無言でサラの前に膝をつき、彼女の首にぶら下がったボードを取った。

 こんなものがあるから惑わされてしまう。

 サラの事は好きだし、本物のサラも幸せだったらいいなって思う。

 だけど……


「僕の事、もう少し考えて欲しいな……」

「……にゃーん」


 悲しげに鳴くサラに心を揺さぶられながらも、僕はそれ以上何も声を掛けなかった。

 酷いことを言っているようにも思える、でも時には厳しくしなきゃいけない。


 しょんぼりとして頭を垂らすサラは、ゆっくりと重たい体を翻した。

 ペタペタと乾いたタイルの上を歩いて僕から遠ざかっていく。


 そんな姿を見せられたら、僕はダメだ。

 たまらず僕は、そんなサラの後ろ姿を抱きしめた。


「……でも、サラの事、嫌いじゃないんだよ……。僕、優柔不断だからさ……ごめん……僕の方が悪いのに……」

「…………」


 サラはペチペチと、僕の抱きしめる腕を叩いた。

 スリスリと僕の腕に頬ずりもして、アピールをして来る。

 ああ、可愛い。

 でもそれは、猫としての可愛さなんだ……。


「……ニャーン」

「…………」


 ふと、僕はサラのボードを覗き込んだ。

 そこには、滲んだ文字でこう書かれていた。


〈私の方こそ、追い詰めちゃってごめんなさい。本当、そう。私の都合であなたをここまで来させるなんて、どんなに迷惑なことかと思う〉


 小さなボードに埋め尽くされた文字は、僕が読み終えると同時に移り変わる。


〈だけど私には、貴方しかいないの。いつだって一緒にいた。貴方が人のために笑うこと、戦うこと、その姿が好きだった〉


 僕が抱えるサラの力が段々弱くなっていく。

 サラが泣きながら必死に訴えているのが伝わってきた。


〈だからお願い。もう一度会って、抱きしめさせて……〉

「……サラ」

「…………」


 ぎゅぅっと、猫の体を抱きしめる。

 これじゃあきっと、本当に伝わってはいないのだろう。

 早く会いたい、たくさん話をしたい。

 でも……


「これで最後――今回の件が片付いたら、必ず君に会いにいくよ」

「……ニャー」

「約束だよ、サラ」


 返事も聞かず、約束を取り付ける。

 だから今はバスレノスの為に、全力で力を振るわせてほしい。

 あの日の悲しみを、再現しない為にも――。

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