第18話:姉弟
――ドスンッ
トメスタスの前に、四角い重機が落ちる。
それは良く城で目にする武器、ドライブ・イグソーブだった。
「貴様が神楽器を捨てるというなら、対等な条件で死合おう。お互い、ドライブ・イグソーブ1機ずつ。そして――このドライブ・イグソーブは、非殺傷効果を解除してある。
この一言には重大な意味が含まれていた。
本来、イグソーブ武器は人を殺せないように設定してあり、物理ダメージは反動のみとなる。
刀にも、銃にも、飛び道具にもなるドライブ・イグソーブは、肉体ダメージ有りとすると、最強の武器だった。
トメスタスの は何も言わず、目の前のドライブ・イグソーブを拾い上げる。
「いいだろう……この勝負で、貴様の目を覚まさせてやる」
「フン……殊勝な事だな。私に一度も勝てたことのない貴様が……」
「黙れ」
スパッとラナの言葉を遮ると、トメスタスはドライブ・イグソーブを前に突き出した。
「お前は俺がケリをつけてやる! 行くぞ、ラナ!!!」
「来いっ!!」
トメスタスが踏み出し、ドライブ・イグソーブがブーストする。
こうして、バスレノス1大きな姉弟喧嘩が始まった。
◇
「っと、もう始まっていたか」
「一騎打ちですわね」
ドライブ・イグソーブの衝撃波が飛び交うフィールドに、キュール兄妹も到着する。
まずはお互いに攻撃を見計らって、遠距離から攻撃を続けている。
戦いはまだ始まったばかりだった。
「フンッ!」
そこに、トメスタスはドライブ・イグソーブにブーストをかけ、一気に距離を詰め寄らせる。
ラナが衝撃波をいくつも繰り出すも、トメスタスは紙一重に避けてみせた。
「そらぁっ!!」
武器の上体から魔法刀を出し、大きく振るうもラナは逃げる。
躱して、逆に刀を振り抜いた。
しかしこれは避けられ、またお互いに距離を取る。
「神楽器なしでもトメスタスが良い戦いをする、か……。勝つのはどちらでも良いが、俺らは君達を相手するとしよう」
『…………』
黙って見守るトメスタスの側近達に、キュールのトメスタスは剣を見せつけた。
残された側近は2人、丁度2対2だった。
「暇潰しぐらいにはなってくれよ?」
ナメた口調のトメスタスへ向け、2つ分の魔法弾が炸裂する――。
◇
(何故だ、トメスタス……)
ラナは戦闘の中で思う。
自分の弟である、トメスタスに対して。
(何故貴様は、ここまで私について来れる……?)
困惑を隠せなかった。いつも見るトメスタスの動きなら、もう既に勝敗は決しているはずだったから。
しかし、彼は未だにラナと戦い続けていた。
ドライブ・イグソーブの衝撃波を幾重にも躱し、剣戟は辛うじて避け続けている。
(多くのものが死んで、怒りを力に変えたか……)
この世界は善と悪が力になる。
多くの同胞を殺した天敵であるラナを殺すため、善意あるいは悪意が彼を強くしているのではないかと悟るのだった。
しかし、実際は違う。
善意悪意で強くなるのは魔力だけで、身体能力ではない。
今ラナと戦えてるトメスタスは、本来のポテンシャルで戦っているのだ――。
◇
神楽器を授かって数日――トメスタスは戦場に赴くため、最低限の訓練を国から受けさせられていた。
辛く、億劫で、なんでこんな鍛錬をしてまで生きるか死ぬかの戦いをしなきゃならんのかと、トメスタスは常々考えていた。
それは惰性が生んだ考えであったが、ある時、幼き彼は父にこう尋ねた。
「ねぇ、父上」
「ん?」
「なんで俺が神楽器を使うの? ラナはあんなに練習して頑張ってたのにさ」
なんてことはない、普通の質問だった。
ラナはよく戦闘訓練を受けていたし、楽器の練習までしていた。
それなのに、楽器は彼女ではなくトメスタスが持っている。
同じ皇族なのに、何故だと思わない方が不思議だった。
その疑問を、父の回答がさらに疑問を呼ぶ。
「それは、お前が男で、ラナが女だからだ」
「……何故女だと、神楽器を渡しちゃいかんのですか?」
「女は男と結ばれれば子を成し、戦場に出られなくなる。それに、生まれ持った筋肉も男が多いし、基本的に戦闘とは男がやるものだ。これから長い戦いが始まる、お前には役だってもらうぞ」
「…………」
話を聞いて、トメスタスはこう思った。
(そんな理由かよ……)
あまりにも理由が大したことなくて、ラナの事が可哀想に思えたのだ。
現状でいえば、一対一でラナに敵う歳の近い者はおらず、身体能力だってトップクラスだ。
それにひきかえ、トメスタスは鍛錬を怠っていたので側近にぶん殴られれば意識を失うぐらい。
同世代の側近相手にコレなのだから、戦場では真っ先に死ぬかもしれない。
死にたい、とは思わない。
当たり前の感性であり、大役を任されてすぐ死ぬなんてことは避けたかった。
だから、彼は修練を積んだ。
生きる技術を身につけるために。
彼の視界の端には、いつもラナが居た。
トメスタスよりもよっぽど辛い修行をし、いつも汗だくだった。
あれだけ頑張っても、神楽器を持てたのが自分だというのが恥ずかしかった。
だから、トメスタスはラナより強くなろうとは思わなかった。
そうすれば、いつかはラナに神楽器を譲れるんじゃないかと、密かに期待していたから。
とはいえ、自分のための努力は怠らない。
そこそこ鍛錬をしながらも、自分が弱いように振舞って過ごす。
そうすれば、もう一度。
あの選定の日をやり直せるんじゃないか――。
そう夢見て――。
ドライブ・イグソーブから、青い刃が飛び出し、2つの刃が混じり合う。
互いに一歩も引かず、剣戟を繰り広げた。
払う、躱す、刺す、避ける、振るう、弾く。
「フゥッ――!」
「セイッ!」
刀が交わり、力が拮抗する。
しかし、いち早くラナはドライブイグソーブのジェット噴射を利用し、刀を前へ押し出した。
「くっ!」
勢いをいなし、トメスタスはラナを投げるように後ろへ飛ばし、衝撃波を放つ。
しかし、ラナはそれを躱して勢いを乗せたまま追撃に迫る。
再び刃が交わるも、ラナが推していた。
カチッ
しかし、そこで家族のスイッチを切り、蹴りを繰り出す。
トメスタスは避ける事ができず、左脇腹にモロに受ける。
「グアッ――!」
武器を持ちながらも吹き飛ぶ体。
ラナの蹴りは家族の力、赤魔法による身体強化で瞬間火力は岩を砕く力だった。
4、5回転げ回ってトメスタスは着地する。
一撃でも貰えば致命傷――ではない。
トメスタスもまた、身体強化はしている。
蹴りで死ぬことはない。
だがダメージは大きい。
ズキズキと痛む脇腹を抑えて、トメスタスは態勢を立て直す。
すると目の前には武器を振りかぶるラナが居た。
「――ッ」
「ヤァッ!!!」
転がって振り下ろされる魔法刀を躱す。
守りに回っては勝てない、一度引く為にドライブ・イグソーブで飛んだ。
だが、敵も同じ武器を使っている。
ラナは即座にトメスタスを追い掛けた。
「1機だけだとキツいか――!」
距離の差は縮まらず、追いつくことは敵わない。同じ武器なので出力は同じ、体重こそ違うが追いつくほどの加速度は与えられなかった。
距離を保ち、2人は地上に降り立つ。
そしてどちらからともなく衝撃波を浴びせた。
「オオッ!!」
吠え、足掻く。
ひたすら敵に向けて衝撃波を撃ち付ける。
しかし――
ザシュッ
ラナの衝撃波の1つが、トメスタスの左足を攫っていった。
「グッ――!」
トメスタスの体力は、ラナに大きく劣る。
これだけ銭湯を長引かせ、体を使った戦闘を行うと――底を尽きてしまう。
既にトメスタスの体力は無く、避ける事が敵わなかったのだ。
「アッ……ハァッ……ハァッ……ぐっ、ウゥッ……!」
「…………」
血がダバダバ出る足を抑えながら、トメスタスは転げ回る。
そんな弟の姿に、ラナは躊躇なくドライブ・イグソーブを突き付けた。
「…………」
「ハァッ……グッ……」
最早、勝敗は決した。
これでバスレノスは完全に陥落しただろう。
ラナはチラリとキュール兄妹の方を見る。
既にトメスタスの側近は片付き、死体が2つ転がっていた。
「フッ、フゥーッ……ぐっ……」
「……私の勝ちだ、トメスタス」
「……ッ……」
トメスタスは何も言わない。
痛みに顔を歪め、喋る余裕などなかった。
「……さらばだ。地獄で会おう」
ドライブ・イグソーブの刃を倒れふす少年に向け、ラナはひと思いに突き立てた――。
◇
あの日から、ラナは笑わなくなった。
俺が神楽器を取ってしまったばかりに、彼女の表情は氷のように冷たくなってしまった。
だから俺が笑わせたい。
何度も笑顔を取り戻そうとした。
お前のその仏頂面を、バカ笑いに変えてやりたかった。
でも、あの女は笑わない。
いつの間にか、ゴリラみたいに力だけ強くなって、強さ以外は何も見えなくなっていた。
小さい頃は、お前の笑顔は可愛かったのになぁ……。
我が姉よ、そうか。
お前はもう、そういう形でしか笑えないのか。
俺を殺すその顔、薄汚れたその笑みでしか笑えんのか。
悔しいぞ、俺は――。




