第6話:密約
大きな月が空に忽然と浮かび、星々が散らばる綺麗な夜の中、野原の上で2人の人間が向かい合って立っていた。
どちらも髪を頭頂部近辺に束ね、一方は紫、もう一方は銀色の髪を持っていた。
「――話は聞いた。その話を真と信じよう」
紫の髪を持つ男は袖の広い服で腕組みをし、女の言葉を承諾した。
女はどっと息を吐き出し、鋭い眼光のまま男に告げる。
「この話が嘘であっても、真であっても、貴様らにとって損にはならないだろう。真偽を考えるなら、今この場で私を殺す事が其方等にとって一番意義のある事に思える」
「俺は祖国を奪った奴らが死んでさえくれればそれで良い。万が一にも貴様等の頭を討ち、俺達が頭の代わりになったとしたら、それはそれで面倒だしな。大きすぎる手足は上手く扱えず、気付けば短くなっている……。それが嫌でな、俺達が戦いに勝ったらまた戦争が始まるのは嫌で革命は起こせずに居た」
「しかし、逃げないのだろう?」
「あぁ、それでは二度と祖国の土を踏めないからな」
男は女に背を向け、夜風に揺られるまま歩いて行った。
別れも告げずに礼儀もなかったが、それは相手が相手だから仕方のない話――。
「さて……」
残った女は月を眺める。
星々とは違い、1つだけ大きさの違う大きな光は孤立しているように見えた。
その少女と同じように――。
◇
「…………」
「むにゅうう……ねこさん……」
無言のクオンはただただ自分のベッドで眠るミズヤを見つめ、膝下に居るサラの頭を撫でていた。
白い光が部屋に浮いて照らしている。
光源は炎か陽光、そして魔法のこの世界では、夜にこうして光を灯すのが常套手段として用いられる。
【白魔法】の使えないクオンではなく、ミズヤの魔法であった。
「サラは凄いですね。猫の姿でも魔法が使えるなんて……。貴女の本当の姿を、幻としてミズヤに見せたりはしないのですか?」
〈姿だけ見せたって仕方ないでしょ。それに、ミズヤは私と会いたがってるんだから、楽しみはとっとくのよ〉
「そうですか……」
「むにゅむにゅ……ふらいどちきん……」
「……どんな夢ですか」
サラとボードで会話をしながらも、ミズヤの寝言にすらツッコミをいれるクオン。
彼女が姉の失踪に心を揺さぶられずにいるのは、この穏やかな友人達による影響かもしれない。
「しかしサラ……貴女がもしも可愛くなかったら、ミズヤも愛想つかせてしまうかもしれませんね」
〈喧嘩売ってる?〉
「いえいえ。単にそう思っただけです。決して私が本当の貴女を見たくて、ふっかけたわけではありませんので」
〈本音丸々言ってるじゃない……。ま、見せても減るもんじゃないし、アンタに見せるぐらいなら構わないけどね、っと〉
ピョコンとサラはクオンの膝下から飛び、フローリングの上に着地した。
刹那、サラの姿が消えて桃色の浴衣を着た少女が現れる。
雑然と伸びた金髪には二本の触覚のようなアホ毛を持ち、赤くつり上がった瞳はまっすぐとクオンを見つめている。
体つきは幼く、背丈はクオンより少し低かった。
その少女はちょんちょんとクオンの持つボードを指差す。
〈どう?〉
「…………」
それは紛れもなく外見に関する問いであり、クオンはまじまじとサラの姿を見た。
強気な性格なのはわかっていたからつり目なのは良いとしても、顔立ちは整っており、顔立ちも整っていて――
「可愛い……いえ、綺麗ですね」
〈どうも。まっ、私が可愛いなんてのは言わなくてもわかっていたことよ。私がブスで太ってて顔がシミだらけだったら、ミズヤも裸足で逃げ出すじゃない。ここまで追ってこないわ〉
「……まぁ、一理ありますね」
ミズヤならどんなサラでも受け止めるだろうが、それはともかくサラの本当の姿を見ることができて、クオンは少し満足した。
「もう魔法を解いても良いですよ」
〈いや、ミズヤに抱きつくわ。幻覚だけど〉
「…………」
クオンの目の前で、眠るミズヤの上に金髪の少女が覆いかぶさる。
サラの体に質量はなく、ミズヤはピクリとも反応しなかった。
〈意外と逞しいのよね……。森暮らしだったから、自然と鍛えられて……細マッチョ好きよ〉
「同感です。我が軍の大将みたいに筋肉だけだと、見た感じ汚いですからね……。着痩せする人が良いです」
〈ミズヤは渡さないわよ?〉
「えぇ、奪うつもりはありませんから」
惚気が鬱陶しいのか、クオンは頬杖をつきながら、毒づくようにボードを睨んで返した。
クオンもそろそろ年頃の女の子。
今は他人の事に精一杯でも、いつかは自分のために生きるのだろう。
そんな日が来たのなら――
そして、ラナが消息を絶ち、10日の日々が過ぎて行った。
段々黒くなっていく……。