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連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜  作者: 川島 晴斗
第零章:シュテルロード
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第9話:逃走

悪がなければ平和を保てない世界、どんなことになるでしょう。

必要悪とは、何なのでしょうね……。

「と、とりあえず、頭を上げてもらえるかな?」


 ミズヤがおどけながら言うと、兵の2人は顔を上げた。

 鼻下に髭を生やした男と顔の彫りが深くて若い男の2人組はすぐに顔を上げた。


「君達はその……父上の部下?」

「はい。私どもはシュテルロード家に仕える者であり、この土地の役人を務めております」

「…………」


 髭のある男がすぐさま答えた。

 シュテルロード家に仕える者――その言葉がミズヤに重くのしかかった。

 自分が平和にほのぼのと暮らしている間に、たくさんの苦しんでいる人が居て、しかもそれが自分の配下にある者が行っていた。

 こんな悪い政治を、なぜ行うのか。

 その事が疑問でならなかった。


「君達はこれでいいと思ってるの? いろんな人が苦しそうにしてる……この街はおかしいと思わないの?」

「おっしゃる通り、この街はおかしいのですよ。この街だけではなく、この国フラクリスラルの王都以外はほぼ全て、このような政治を行っております」

「なんで……おかしいと思ってるなら――!」

「それが世界のため、だからでございます」


 世界のため――。

 何を言っているのかミズヤにはわからなかった。

 人が苦しむ政治のどこが世界のためなのかと――。


「ミズヤ様。お尋ねしますが、この世界の善意と悪意の異常性を理解しておられますかな?」

「……何それ」


 髭の男に尋ねられ、ミズヤは首を傾げた。

 冷めた目で見られ続ける男達は目を伏せ、髭の男が説明を始める。


「この世界では、人の善意と悪意が魔力となり、魔法を生み出します。しかし、それだけではない。この世界の善意と悪意は平等なのです」

「……善意と悪意が、平等?」


 突如言われても、ミズヤにはピンとこなかった。

 善意と悪意、そんな目に見えないものが平等だからって、なんだというのか――。


「人には残虐さがございます。それをむき出しにするのが悪意であり、恨みを持ち、怒りを持ち、世界を悪くしようとする心を持つ――それが悪意であります。それとは逆に、世界を良くしようという人々が半数存在するのがこの世界であります」

「それがどうしたっていうのさ……。シュテルロード家の惨状と、何も関係ないじゃないか!」

「悪意が1箇所に集中すれば、外部では(いさか)いがなくなるのです」

「――――」


 言葉の真意が伝わると、ミズヤは息を飲んだ。

 フラクリスラルが不幸であれば、他の国が、世界が、平和であれるというのだから。


「……じゃあこれは、みんなが望んでやっていることだと?」

「いえ。住民は何も知りませんよ。自己犠牲の念でも出れば、悪意じゃなくなるかもしれないですから」

「ツッ……だったら――」


 ミズヤが言い掛けたその時、炎が飛んだ。

 バスケットボールほどの大きさのそれは、彼の目の前に膝をつく男達に直撃する。


「ガァッ!!?」

「ぐうっ!?」


 若い男の方の横腹部に直撃し、髭の男に吹っ飛んだ。

 2人して倒れるも、髭の男はすぐに起き上がる。

 ミズヤも慌てて亜割りに目を向けた。


 そこには無言の住民達が集まっていた。

 光のない目線が3人に集中している。


「ユイダ……? おい、しっかりしろ! 起きろよユイダ!!」


 一方、金の兵は若い方が倒れ、腹の半分が焼けていた。

 髭の男が抱きかかえるも、既に手遅れであった。


「ッ……どうしよう。どうすれば……」


 ミズヤと髭の男は囲まれていた。

 ふらふらとにじり寄る住民達は足を止めず、残った2人を見てニヤリと笑う。


(手が……震えて……)


 カタカタと、幼き10歳の手は震えた。

 世界を超えて初めて味わう恐怖、殺気、目の前の人の死……腰が抜けてもおかしくないのだ。


「――オノレェェエエエエエ!!!!!!」


 突然の咆哮に全員が目を見開いた。

 鼻下に髭を持つ男が死体を置いて立ち上がり、勇猛な振る舞いで駆け出した。

 金の鎧には僅かに赤い光が帯び、それは赤魔法を使っている証――。

 赤魔法は身体強化や炎に使われ、彼は人間の身体能力を超える速さで迫る住民を殴りつけた。


「フンッ!!!」


 太い二の腕から放たれた1発の殴打、それだけで人が吹き飛び、後ろに続く人も吹き飛んだ。


「皆殺しにしてやる……役人に逆らうとどうなるか思い知らせてくれる!!!」


 ヒュンと風を切る音とともに、また髭の男は加速するのだった。


 ドォン!!


「!!?」


 男に目を奪われてるうちに、ミズヤの背後に爆発があった。

 先ほどと同じ赤魔法の球――そう予想しながらも、何が自分を守ったのかと背後を見る。


 背後を向けば、そこには湖の水面のように陽光に煌めく壁があった。

 透明ながらも波紋が広がり、その存在が認識できる。

 誰がこんなものを――そう思った時、1つだけ守ってくれそうなものがあった。


「……これが?」


 ミズヤは刀と反対の手に収めた2つの鈴を見た。

 赤と黄色の鈴は光を放ち、魔法を使っているのが理解できた。


(母上は、最初からこうなる事を予想して――)


 やっとお守りを持たされた意味が理解できた。

 親ならば、領内で攻撃をされるのがわかっていたのだから。


「オォォォオオオオオオオ!!!」


 先程から金色の兵が暴れ、さらに金の鎧を着た人物が増えて乱戦状態になる。

 ここに居れば死ぬ――ミズヤは直感的に死を感じ取り、人々の間を抜けて走った。


 どうすればいいのか、何をしたらいいのか、ミズヤにはわからなかった。

 争いを止める、そんな力を彼は持っていると思えなかったのだ。

 県は持った事もある。

 魔法も使える。

 だけど、それだけなのだ。


 魔力は多いというわけでもない。

 剣だってまだまだ未熟。

 甘えて育ってきた彼は、その場から逃げるのだった――。




 ◇




 街の外壁を抜け、ミズヤは1人、夜の空を見上げていた。

 草原にそよぐ風は少年の頬も撫でる。

 冷たい風だった。

 今日の絶望をさらってくれればいいのに、そんな事はなく、ミズヤの心に絶望はどっしりと乗っかっている。


(――僕は……)


 少年は悩んだ。

 自分にある罪のこと、優しく暖かかった家庭のこと、領地の惨状のこと、全部を含めたこれからのことを。


 彼には責任がある。

 前世の恋人のために良いことをしなければいけない。


 彼には責任がある。

 貴族の子として、親からの期待を裏切ることはできない。


 彼には責任がある。

 悲惨な領地を、次期領主として運営しなくてはいけない。


 しかし、その中で最も大切なのは、やはり前世の責任なのだ。

 人生を贖罪に捧げると誓っている彼は――


(霧代なら、きっと……)


 少年は思う。

 彼を好いたかつての恋人は、今の自分にどうして欲しいと思うかを。

 そしてそれはミズヤがいろんな責任を果たせるものでなくてはいけない。


「そうだなぁ……」


 ならばと、彼は1つ心に決め、雲の広がる空の下を再び飛ぶのであった。

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