白いワンピース
『海辺のヘルマ』
電車に2時間ほど揺られ、たどり着いたのは、海沿いの小さな町。
目前に浜辺が広がる無人駅のホームには、カモメが独特の鳴き声を響かせている。
都会からローカル電車で一時間と少しの土地、そこに親の実家がある。
そこの家主は、自分からすれば祖父、通称ヒデじいちゃん。
駅から徒歩10分の場所にある住宅街に実家がある。ヒデじいちゃん曰く、近くにある漁港が一発当てた時に、だとか。漁獲量ニッポンベスト何位、だとか。そんな、時代には若者が多かったそうだ。今この土地には年寄りばかり、隆盛を極めた港町も、今となっては息を潜めている。
「こんちはー!ヒデじいちゃーん!来たよー!」
返事が無い。
近所の公園にでも散歩に行っているのだろう。
誰もいない空間に向かって小声でおじゃましまーすと言う。
サンダルを脱いで玄関に上がり、台所へ向かう。
10年くらい前に改築したこの家は、手すりやら床材やら、お年寄りが住むのに適したものになっているそうだ。
間取りも洋風になっており、台所もお洒落なダイニングキッチン。ヒデじいちゃんにはあんまり似合わないな。
そんな事を考えながら冷蔵庫に手土産を仕舞う。ちなみに手土産は母さんから渡された瓶ビール2本だ。
母とヒデじいちゃんは嫁と舅の関係だが、お互いに酒飲みということで、仲が良い。酔っぱらいの相手はいつも俺だ、仲が良いのは素晴らしい事だけど、勘弁してくれ。
踏むたびにみしみしと軋む階段を登り、俺が実家に来た時の定位置、半分物置と化している二階の子供部屋に荷物を置かせてもらい、また一階へ戻る。
「ばあちゃん、来たよ」
御仏壇が置いてある8畳の部屋。改築前は全室和室だったこの家だったが、今となってはこの家唯一の和室になった。
微かに い草の香りが残るこの部屋だけは、ヒデじいちゃんが改築を許さなかった。
部屋を見上げると、ご先祖達の遺影の数々。その中の一番右端、真新しいカラー写真に写っているのは、俺の祖母、キミばあちゃん。3年前に亡くなったばかりだ。原因は脳梗塞、俺たち家族にも、いつもそばにいたヒデじいちゃんにも、どうする事も出来なかった。
「今日もお世話になります。」
御仏壇に手を合わせてから時計を見ると時刻は午後4時、夕飯にはまだ早い。
それまで散歩がてら、近所の商店街へ向かうことにする。
じいちゃんのうちから徒歩5分の商店街は、
肉屋、魚屋、八百屋、と懐かしさを感じさせる店が建ち並び、
賑やかな店先でのやり取りや
奥様方の井戸端会議を見ていると人情を感じる事ができて、とても気に入っている。
目的も無く、何を買う訳でもなく、
以前来た時と変わった所を探してみるが、何も無いよなと笑いつつ、
ふらふらと歩いていたら、曲がり角で人にぶつかった。
「あ!すみませんっ、お怪我は…」
ぶつかった反動でよろけてしまった女性に咄嗟に声をかけ、手を差し伸べる。
大丈夫です、と小さな声で言いながら
こちらの手を取ったその人と、
ぱちりと目が合う
黒髪に
白いワンピースの
女の子、
が、
同じクラスの男子?だった。
自分が何を言ってるかわからないが、
自分もよく分かってない。
「かの、こ…か…?」
「……は…ぇ…!?」
思い当たる人の名前を口にすると、
返ってくる驚嘆。
やっぱり、鹿子だ。
「あっ、ちょっ、待てって!」
踵を返して逃げようとする鹿子に声をかける。
脚の動きで少し翻るスカートに、
色々な意味でどきりとした。
「頼むから待てって、怪我、無いか?」
そう声をかけると、
ゆっくりと歩を遅める。
ようやく止まってくれたが、
帽子の少し大きめのつばを指先でつまんで、顔を隠すように くいっ と下げてしまった。
顔が見えず、どんな表情をしているか分からないが、
鹿子は今にも泣きそうな声で呟いた。
「ごめん、あんまり、
見ないでほしい…
何も言わないでくれ…」
まあ、そうだろう、
こういった趣味はなかなか繊細な問題だと思う。
でも、そう言われると、
余計に見てしまうのが人間の悪いクセだ。
黒髪ロングヘアのかつら?を着けているが
鹿子は元々黒髪だから違和感は無いし、体の線も細い。
顔だって女の子とまではいかないが
男にしては整っている部類に入るんじゃないか、と
思ったから
「え?普通にかわいいよ?」
なんて口にしていた。
それを聞いた鹿子は、
真っ赤っかな顔で口をぱくぱくさせた。
あれ?
なんか鹿子、変な顔してる
「あー…俺…なんか変なこと言った?」
「え!?あ、いや、違う、お、驚いただけ…」
へえ、
鹿子も驚いたりするんだ、
少し意外だ。
同じクラスではあるが、
あまり話した事は無い。
クラスで見かけた時に、
多くは語らないクールなやつなのかなぁと思っていたくらい。
「…今の僕を見て…気持ち悪くないのか?」
鹿子が己をじっと見つめる俺に尋ねながら、
帽子をおさえていた手を離し、
こちらを ちらりと覗き込む。
眉尻が下がった不安げな表情が
鹿子の気持ちと、
俺の様子を伺っている事を伝えてくる。
「んー、まあ、ビックリはしたけどな!」
「はは、そうだよな…」
「だって、最初見た時
普通に女の子だと思ったし」
「っ、おんな、のこ?」
「うん、なんていうかさ、
センスが無い俺から言われても嬉しくないと思うけど。
洋服とか帽子とか、オシャレですごいよ。
似合ってるし」
目を閉じ腕を組んで、
うんうんと頷くジェスチャーをする。
黙ってしまった鹿子が気になって目を開けてみると、
鹿子の頬に
ほろり、流れる涙が一粒。
その涙に驚いて、
素っ頓狂な声がでてしまった。
「ご、ごめん!!
おれ、何かヒドイこと言っちゃった!?」
思ったことをすぐに言ってしまう、これも悪い癖だ。
分かってはいるんだけど、
いつもいつも、後に気付くからよくない
どうしよう、こんな街中で
女の子(?)を泣かせてしまった。
「あのっ、えっと、ごめんな、
おれ、ほんと無神経で…
傷付けたなら謝るよ…」
「ああ、ごめん、
違うんだ、これは嬉し泣き」
「え?嬉し泣き?」
「うん、嬉し泣き。
………ありがとう」
少し流れ落ちた髪を
耳にかける仕草、
そよ風に揺れるスカート、
ふわりと微笑む姿は
本当に綺麗で、胸に脈動が優しく響いた。
この海辺の町での出来事が、鹿子と仲良くなるきっかけ。
もっと、鹿子の笑顔が見たいと思ったのが、
この気持ちの始まり。




