2.偽善者
その後、沙里は警察の中へと連れて行かれた。あれからあの警官とは何も喋らず、黙ったまま車へ乗せられた。
ーどうでもいい。
そう思っていたから、沙里が反論も、講義も何もしなかった。きっと、明日にはテレビで報道されるのだろう。その時、どんな反応をしようか。
沙里はそれしか考えていなかった。
「この子が」
若い警官は、おそらく上官だろう女の人に、少し声を押さえ気味にしながら話す。
「はい、被害者のお嬢さんです。けど、少し変わっていて。泣きも喚きもしないんですよ」
女の人は困ったように沙里を見る。哀れむように見られると、自分は可哀相なのか、と初めて分かる。
女の人がため息をつき、沙里が座っている椅子の、反対側にある椅子に腰掛ける。机を前にして、出されているお茶に手も出さず、ただ見つめている沙里を不審に思ったのか、女は沙里に微笑みながら飲んでいいよ、とつぶやく。
「結構です。別に欲しくありませんから。それより、私はいつまでここに居なければいけないんですか」
笑いもせず、悲しみの色も見せない沙里を、女は可哀相に思ったろう。きっと、『悲しすぎて、心を失ったのだわ』と。
「どこかいくあてはあるの?」
「別にありません」
男の方が、女の耳元で何か小声で喋った。女は沙里に向き直り、微笑みながら沙里と向かう。
「あなたは、父親がいるらしいわね。そこへ行けば安心よ」
沙里は意外そうにその話を聞き、鼻で笑ったように口元をゆがませる。
「あの男が、私を受け取るとでも?そんなことするはずがない。安心だって?安心なんて言葉、気休めにもならない」
女と男は顔を見合わせ、先ほどよりも困ったような顔をする。
「別に、あなた方には関係ありませんから。困らなくていいですよ。これは私個人の問題だから関わらないで下さい」
十四歳の中学生が言う言葉とは思えぬほど、はっきりと、そして淡々と語る。
するとまた違う男の警官が入ってきて、上官の女に耳打ちする。すると女の顔が少し明るくなり、取調べ室の扉を開ける。
「どうぞ、こちらへ」
その声が、ただじっとして待っている沙里にも聞こえた。
「お嬢さん。この方、知ってる?」
女の警官が手招きして取調室に迎えた人間は、顔には少し皺があり、とてもだが若いとは言えない様な女の人だった。ぽっちゃりとした体型に、どこにでもいそうな顔。そしておそらく五十代ぐらい。
「分かりません」
沙里はそっぽを向いたまま、そのおばさんの方もろくに見ずに、答える。
「無理もないわ。あったのは五歳の時だもの」
おばさんは苦笑する。
別に何歳に会っていようが、そんな特徴のない顔、覚えてないと、沙里は心の中だけで思う。
「それで、ご用件は」
沙里は向きを直し、おばさんの方向を見る。おばさんの瞳に集中し、どんな瞳の動きも見逃さないように、それこそ食ってしまうのではないかと言うほど、見つめる。女の警官は笑顔でその光景を見ている。
「私の名前は津川多恵子。小さい時に近所だったの。今日はちょっと引越しの用事でこっちに来たんですけどね・・・・殺人事件があったって・・報告を受けて」
多恵子と名乗った女性は、はらはらとまるでドラマでも見ているのかと思うほど、嘘っぽく涙を流す。
だがそれに気づいてないのか、回りの警官は残念そうに目を伏せる。
「気になって寄ってみたら、知り合いじゃないの。で、聞いたところによると殺害されたのは母親だけで、子供は生きてるって。だから急いでここに来たの」
いつまでその演技をし続けるつもりか。いや、演技ではない。彼女自身、夢を見てるだけなのだ。この年頃の女性は、ドラマをよく見る。それに出てくる人間は警察と、そして死んだものとその遺族。それを支える人間達。
よくあるドラマの内容だ。だから彼女は近くはその、支える人間達の役をしようとしているのだ。
彼女の勝手な妄想だ。
『この子の母親は死んだ。きっと支える人間はいない。だったら私が支えなければ。彼女はかわいそうなのだから』
馬鹿な人間。
沙里は声を出して笑い出す。多恵子は目を丸くして沙里を見つめる。自分はいい事をしているのに、なぜこの子は笑っているのかとでも言うように。
「それで、ご用件は」
すぐに元の無表情な顔に戻し、沙里は問う。
「あなたを、私の家で預かろうと思うの。三人家族でね。息子が一人と主人がいるの。来て・・くれるわよね」
やはり、か。
言っている意味が、この女は分かっていない。私の事を預かるという本当の意味を。
「はい。行かせてもらいます」
にやりと微笑んだその顔を、多恵子は微笑んだととって、にこやかに笑う。
さあ・・・・楽しいゲームのスタートだ。
試験前ですけど書いてみた。
またしばらく更新はできないと思います。