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F.O.G incubator  作者: アナタが神か……!
4/21

4 (改稿)



 人間サルが居た。

 見つけたものは全て殺したと思った。

 だが、それは知っている人間(サル)とは大きく異なっていた。

 いや、ちょっとばかし前にじゃれてきた、でも鬱陶しかったから叩き潰したサルも同じくらい弱かったか?

 思い出そうとするが、どうでも良い記憶だったのだろう、そんな事があった気がするという既視感だけがあった。

 ともかく、弱々しくか細く、触れれば壊れてしまいそうな程の脆弱さを感じた。

 だから、二匹いるうちの一匹が何かを仕掛けていた時もあわてなかった。

 先ほど殺しきった奴らは、そこそこの強さだった。

 中でも最後に殺した奴は、俺の腕を切落とし、足も失うところだった。

 放っておけばいずれ再生するが、それでも苛立ちが募った。

 あの下等な物質生命ごときが調子に乗りやがって。

 明確な怒りがあった。

 だが、目の前のそれは正直言って拍子抜けだ。

 戦うつもりらしいが、まるで風船で叩かれたような弱々しさで俺の腕に光る棒を当ててきて、それから身構えた。

 最初は挑発しているのか、とも思ったが、違うらしい。

 試に軽く指先で弾いてみるが、腕を変な方向にまげて床に転がった。

 だが、面白い事に、それは今までの連中と同じように、明確な意思を、強い光を目に湛えて立ち上がる。

 面白い。

 面白い。

 もう少し遊んでみよう。

 飽きたら殺してもう一匹を追えば良い。

 臭いは覚えたから。



 ニヤリ、と獣の顔が歪んだように見えた。

 俺は、痛む腕を庇いつつ無事な方の、右手でデバイスを盾の様に構えて身構えた。

 冗談じゃない。

 という焦りが湧き上がる。

 きっと俺はコイツの事を察知できなかったんじゃない。

 余りにも存在がかけ離れていたから認識を拒んだのだ。

 対峙している今、漸く実感を伴ってそれを認識する。

 牛頭の化け物は、何時の間にか俺の前に居て、人差し指を突きだしてくる。

 咄嗟に剣身で受けるが、エネルギー体で構成されているはずのそれは音もなく砕け散る。

 同時に激しい衝撃が俺を弾き飛ばした。

 背中から壁に激突し、そして、立ち上がろうにも足はまともに言う事を聞かない。

 だが、意識を集中して念動を使い無理やり体を動かせば、ぎくしゃくした動きだが立ち上がることが出来た。

 幸い弾き飛ばされた先は二階層へ向かう昇降路の入り口で、扉は破壊されて開きっぱなしだ。

 ましろも十分に離れたようだし、ここからどうにか逃げよう。

 そんな算段をしつつ、よろめく足で壁に寄り掛かって昇降路へと近づく。

 牛頭の獣はそんな俺を興味深そうに眺めていて、どう行動するのか見守っている様子だった。

 昇降路の入り口にたどり着いたとき、そいつはまた間合いを詰め、指先で俺を弾いた。

 何のことはない、デコピンの要領で俺の額を撃ったのだ。

 咄嗟に、体に纏っていた念動エネルギーをかき集め頭部を保護する。

 だが、拙い俺の技量では完全にエネルギーを集めきることもできず、激しい衝撃が頭部を襲い、地面とのつながりが絶たれた。

 宙を舞った身体は昇降路から放り出され、吹き抜けの、無骨な骨組みだけの螺旋階段の傍を落下していく。

 もうろうとする意識の中、錐もみしながら落下する俺に対して一気に間合いを詰めて喜びに満ち溢れたような歪な笑顔で止めを刺そうとする化け物を見た。

 その背後には青空。


 ああ、ここにも空があるんだ。





 鈴木ましろは走った。

 今までのこの十数年という人生の中で、これほど必死に走った事は無いだろう。

 それも誰かの為に。

 自分の体力なんか考えない。

 それこそ、通路の曲がり角に肘をぶつけようが、パイプを固定しているボルトの頭で肌を切ろうが意に介さない。

 必死と言う言葉通り、自分のことなど無視して走った。


 西の区画を抜け、十数キロ程を一気に走り抜ける。

 途中、訓練生らしき集団ともすれ違う。


「この先には進まないで」


 すれ違いざまに声を上げる。

 意図が伝わるかどうかは分からないが、立ち止まって説明している暇はない。

 きっと、立ち止まってしまえば、不安になるから。

 いくら精神防壁によって心の揺らぎが抑えられているとはいえ、人の心配をしないわけではない。

 きっと、考えてしまう。

 彼は無事だろうか、助けが行くまでに……、思考が嫌な方向に進みかけて、無理やり今の自分がするべきことを強く思い浮かべてそれを振り払う。

 暫く走っていると、外周連絡路の先に一際明るい光が目に映る。

 光に照らされた場所は広場になっていて数人の、揃いの制服を着た人間が棒のような、杖のようなものを持って立ち話をしている。

 だが、彼らはこちらに気が付くと警戒するようにその杖を身構える。


「訓練生、止まれ。何を慌てている」


 一人が前に出て私に停まる様に促す。

 声はそれほど強くは無かったが、警戒する色が見える。

 私は徐々に速度を落とすと肩で息をしながら


「十一番昇降路に妖魔が侵入しました。……これ」


 無意識のままに、手にしたままでいた自警団に支給されている杖型デバイスを手渡す。

 それは血にまみれていて、無数のひっかき傷が刻まれている。

 男は受け取ると眉間に皺を寄せる。


「これは……、廃妖魔か」


 

 自警団の対応は早かった。

 その人物、部隊長は近くの団員を呼び止めると直ぐに指示を出し始める。


「ここまでご苦労だった。そこで休んでいてくれ。おい、一人残ってこの娘を見てやっててくれ」ぐるりと見回して、「アイヴィ、丁度いい。お前は残って娘と一緒に居てやってくれ、本隊の連中が到着したら俺達は先に行ったと。それと、おい、マークお前はそっちじゃない。お前は向かいの十二番に行って通路を封鎖するように指示しろ」


 指示を受けて素早く動き出す。

 そんな慌ただしい光景を眺めつつ、もう一つ言うべきことを伝えるために枯れかけた気力を振り絞る。


「私を行かせるために残った人がいるんです。あの人を助けて、下さい」


 声が通路に響き、指示の声、慌ただしい靴の音がぴたりと止む。

 指示を出していた部隊長が口元を引き結び、私の方を向く。


「そいつは、訓練生か?」


 その瞳は、暗がりの為か暗く底がないように見えた。


「はい」


 数瞬の沈黙。


「そうか、なら覚悟しておくんだな」


 息を吐きだす様に。

 何を、とは言わない。

 だけど、それは十分に私の心を揺さぶった。

 言い知れぬ不安と恐怖が沸き起こり、膝が震える。


「アイヴィ、後は」


 部隊長は私の肩越しに誰かを見た。

 優しげな手が私の肩に触れる。

 振り返れば憂いを帯び、多分に同情を含んだ表情の白人女性が居た。


「行動開始だ。サラ―、先行しろ」


 部隊長の指示が通路に反響し、了解の声と共に靴が床を叩く音が辺りを満たす。

 いつの間にか、そこには私と、そしてアイヴィという自警団員の二人だけ。

 打って変わった静けさに、私は膝を折った。

 震えを押さえるように体を抱きすくめて。




 青空を背に俺に止めを刺そうとする化け物よりも、抜けるような青空の方が俺を惹きつけた。

 蒼くて深くて、とても晴れやかでこんな空を見たのは何時ぶりだろうか。

 全く関係のない思いが浮かび、すべてがスローに流れるなか、俺は見た。

 牛頭の獣の背後から輝く槍を片手に渾身の力で投擲する何者かの姿を。

 血にまみれ、手足を失い、それでも目には戦意と、そしてその身には激しい憎悪が宿っていた。

 光の一撃は牛の延髄の辺りを貫通し、そして胸の先から鋭利な輝きを生やす。

 落下する中、投擲の主は無事な腕で階段の手すりにぶら下がり、落下していく俺に憐みの視線を向けていた。

 自警団員の一人、生き残りだろうか。

きっと彼は復讐のチャンスを伺って息を潜めていたのだろう。

 あの化け物が隙を見せる時を、俺を餌にして。

 そのもくろみは上手くいったようだ。

 牛頭の化け物は空中でバランスを崩すと、その肉体がボロボロとほころび始めた。

 話に聞く妖魔の死に違いなかった。

 良くも俺を餌に使いやがったな。

 だが、おめでとう。

 賛辞を贈ろうともアバラが折れているらしい、息を大きく吸い込んだ途端に痛みが走りせき込む。

 迫りくる地上に目を向け、もう一度視線を上げると、階段の手すりには既に男の姿は無かった。


 浮遊感と、吹き付ける風、精神防壁が張り巡らされている今はそれが少し心地よい。





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