3.護衛騎士と弟
シルヴィアはアリストン邸の長い廊下を歩きながら弟のことを考えた。
デリック・アリストン。
十六歳で自分と同じ金の髪に、藍色の瞳。アリストン公爵家の世嗣。
自分の双子の弟で、ついでに言うと容姿は端麗。もちろん双子の自分もなかなかの容姿だが、そこは置いておこう。
弟は冷静沈着でクールな印象で、王宮で開かれる舞踏会では、ご令嬢やその御付の侍女達に「その冷たさがたまらない」なんて言われてるみたいだけど、恋人にするかと問われれば、自分なら絶対に御免だ。
恋人にするなら絶対優しい人がいい。冷たい人なんて嫌だ。優しくて、背が高くて、髪が白くて、瞳は赤で――――っいやいやいやいや、話を戻そう。
昔は、双子だから何をするにも一緒だった。遊びも勉強も何でも仲良くやっていた。
けれど、十二歳くらいの頃。その日はいつもと変わらない晴れた日で、これまたいつものように公爵邸の一室で、二人くっついて受けた魔法の授業の時のこと。
普段の魔法の授業は、王宮に仕える宮廷魔術師で将来有望とされている青年を家庭教師として公爵家に招いているのだが、その日は青年魔術師が用事があるとかで代わりに老齢の魔術師が来ていた。
そしてその授業が終わった時にはいつも通りだった弟が、次の日から距離を置きだして、ついでに魔法の授業も別々になり私には新しい教師がついた。
青年魔術師よりも厳しい老齢の魔術師のその態度に、自分が弟の足を引っ張っていたのだとようやく気づき、弟はそんな私が嫌になったのだと思い至る。
悲しい気持ちのまま授業を終えたシルヴィアは、同じく授業後の弟に会うために部屋に足を向けたのだが、弟は話を聞く必要はないとばかりに部屋から出てきてもくれなかった。
それ以来、弟は冷めた目つきで自分やその周りをみるようになったのだ。
冷たい態度の弟に近づきにくくなったシルヴィアも、いつしか弟を避けるようになったのだが、このまま仲違いが続けば弟とヒロインに家を追い出される。
そこまではまだいい……、いいとしよう!
問題はその後だ。追い出された後、別の町へ向かうところを山賊に誘拐され、散々乱暴された挙句殺されるというなんともいえない終わり方が待っている。
この一年の間に弟との仲を良くできれば防げるだろう未来に向けてやるしかない。
拳をぎゅっと握り締め、シルヴィアは弟の部屋へ急いだ。
「あれ? シルヴィー、ここで何してるんだ? そんな怖い顔して 」
後ろから声をかけてきたのはシルヴィアの護衛騎士で幼馴染であるグレンだ。
「あら、グレンじゃない。ちょっとデリックの所に用事があるの。それにしても怖い顔って失礼じゃない? 」
シルヴィアの言葉にグレンは目を丸くして口をあんぐりと開けている。
「……どうしたの? 変な顔して 」
幼馴染のおかしな様子にシルヴィアは片眉を上げて目を細めるとグレンを見つめる。
「えーと、お前って本当にシルヴィーか? 」
「はぁ? 何おかしなことを言ってるのよ 」
嫌そうに顔を顰めたがグレンはやっぱり目を丸くしたまま、シルヴィアの周りをぐるぐる回って何かを確認している。
「うーん。どう見てもシルヴィーだな…… 」
「だからそうだって言ってるじゃない 」
「いや、だがな……。いつもと感じが違うんだが……喋り方も違うし 」
(あああああっ! そうだった、喋り方っ……… )
シルヴィアは怪訝そうな顔でこちらから目を離さないグレンににっこりと笑顔を見せると口元を手で隠す。
「あら、何を言ってるのかしら。ホホホホ。グレンたらおかしいわ 」
目を細めてじーーっとこちらを見ているグレンはどうやら疑いを持っているようだ。
「な、何をそんなに見ているのかしら? ホホホホ 」
「………やっぱりお前いつものシルヴィーじゃないな。いつものお前なら俺が”シルヴィー”と呼ぶことも、”お前”って呼ぶことも許さないしなー 」
「えええーーー!! そこからおかしいと思ったんだったら言ってよ! 」
叫んだ後でハッとしたが、時既に遅しだ。
グレンはシルヴィーの体を掴み、そのまま肩に担ぎ上げると何も言わずに歩き出した。
「ちょ、ちょっとー! 何処へ連れて行くのよーーー!! 」
廊下をずんずんと歩くグレンの背中を強く叩いてみたがビクともしない。
流石は自分の護衛騎士である。が、今は腹立たしいだけだ。
抵抗しながら「降ろしなさいよ!」と叫んでも無視されるし、それを見かけたメイドには驚いた顔をされるし最悪だ。
「グレンたら、いい加減にしな―――ぶはっ!!!! 」
言いかけたところで自分の部屋のベッドに放り投げられた。
「――――もう! 何するのよ! 」
「何するのって、そりゃあ、男と女がベッドの上ですることといえば………なぁ? 」
ギシリとベッドが軋む音が響くと、シルヴィアの上にグレンが覆いかぶさってきた。
「グ、グレンさん? 一体何を…… 」
「ほら、もう黙って…… 」
グレンの顔がシルヴィアの顔にゆっくりと近づいてくる。何故か彼の瞳から目が離せない。
「シルヴィー…… 」
甘い声で囁くグレンの唇がシルヴィアの唇を捉えようとした時―――――。
「ヤラレテたまるかーーーーーー!! 」
グレンの顔に決まった右ストレートだったが残念なことにグレンはビクともしなかった。
真剣な眼差しのままシルヴィアをじっと見つめるグレンを睨みつけたところで、急に顔を背けた護衛騎士はそのまま大きな声で笑い出した。
「冗談だよ、冗談。あー、”昔”のシルヴィーに戻ったみたいだったから、つい確かめたくってな 」
手を口に当てて笑いを堪えているグレンはシルヴィーと目が合うと再び噴出した。
「な、な、な、な―――― 」
「なんだよ? な、が何だって? 」
「何すんのよ! この馬鹿オトコーーーーーー! 」
再び右手がグレンの頬を捉えようとしたがその前にグレンに手を押さえつけられる。
右が駄目なら左でどうだ、と動かそうとした時には既に押さえられてしまっていた。
面白がった表情でニヤニヤと笑っているグレンに、顔を真っ赤にしながらシルヴィアは再び睨みつける。
二人の視線が交わり、耳に響くのはお互いの息づかいと心臓の音だけだ。
何かを確かめるようにシルヴィアを見るグレンは、今は護衛騎士ではなく幼馴染のグレンで、そんなグレンからシルヴィアは目が離せなくなり琥珀色に輝く瞳を見つめることしかできない。
「それで………、あなた達は一体なにをしているんですか? 」
部屋の入り口から聞こえてきた声に慌てて顔を向けると、そこにいたのは自分と同じ顔。
双子の弟であるデリックが冷めた目つきで扉に背を預けて立っていた。
「デ、デリック!? どうしてここへ? 」
「お~。デリックじゃないか 」
シルヴィアの慌てた声とは真逆である、のんびりとした声を発したデリックの図太さが正直うらやましく感じるのは何故だろうか。
二人に呆れるような視線を残したまま、デリックは腕を組むと口を開いた。
我が弟ながらそれだけで様になっていて、ふとそれに似たスチルが頭を過ぎる。
(ああ、この感じはヒロインと王宮の庭園で初めて会った時のスチルに似てるんだ…… )
シルヴィアがゲームのことを思い出している間に、二人を見つめていたデリックは大きく嘆息する。
「…………メイドから執事長へ報告があったんですよ。どこかの馬鹿騎士が、どこかの双子の姉を担ぎ上げて部屋に篭ってるってね…… 」
にっこりと笑ったデリックの顔を見ると、その瞳は一切笑ってなくて怖い。
グレンはグレンで引きつった笑顔でデリックから目が離せないようだ。
「それで、執事長から私に話が来たんです。で? グレン、いつまでその格好でいるんです? とっととシルヴィアから離れなさい 」
「…………はい 」
グレンがシルヴィアの両手の拘束を解くと、二人揃ってベッドの上に正座する。
「シルヴィア…… 」
冷たい声がシルヴィアの耳に届いた。
「ひゃ、ひゃい! 」
あまりの怖さに声が裏返ったがそんなことは気にしていられない。
デリックから目線を逸らして返事だけはしてみたものの、扉のほうからひしひしと感じる視線に居たたまれなくなってくる。
グレンに助けを求めてちらりと見るが、グレンはパッと横を向いてしまった。
(この裏切りものっ! 大体グレンのせいじゃないのっ! )
「それで、シルヴィア………。いいえ、違いますね。………あなたは誰です? 」
その質問で”以前”のシルヴィアとは違う――――、デリックがそう認識しているのが理解できた。
冷気を纏ったデリックに二人共息をのむ。
弟から発せられた言葉に動揺を隠せないまま、シルヴィアはデリックの瞳を見つめるが、弟もただシルヴィアの瞳を見つめていた。
その藍色の瞳の中に映るのはシルヴィアだけだった。
護衛騎士と弟がでてきました。
いつもと様子の違うシルヴィアに気づいた二人は
流石に近しい人間です。
今回は大変お待たせしてしまい申し訳ありません。
仕事と、子猫の世話に忙殺されております。
更新が遅くなるかと思いますがよろしくお願いいたします。
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