2.記憶の整理
まずは攻略者の詳しい情報を記す為、シルヴィアは羽ペンと紙がある机に移動する。
椅子に座って気合を入れ、羽ペンを手に取った。
気分的には試験を受けているような感じで、その緊張に少し懐かしさを覚えた。
名前も覚えてない前世の自分に苦笑いしながら、とりあえず攻略者の名前と、それからどんな結末だったかを書いてみることにした。
「えーと……まずは近しいところで弟からね 」
頭に浮かび上がるゲームの台詞と様々なスチルを書き連ねていると時折、思い出せない部分があったがそこも含めて書き進めた。
一人目は同じ顔である双子の弟、デリック・アリストン。アリストン公爵家の世嗣だ。
デリックとの仲は険悪というほどではない。小さい頃などはとても仲がよかったらしい。
理由は忘れたがとある理由で弟がシルヴィアを避けていたとか。
シルヴィアは身内で双子の弟と仲良くしたくて何かと構っていたが、それが余計二人の溝を広げる結果になったとか弟がヒロインに向けて言ってたような気がする。
ヒロインと出会うまでは姉とは挨拶程度は交わす程だったのが、出会った途端ヒロイン一直線になってしまいますます溝が深まったんだっけ。
ここまで見るとそんなにシルヴィアに落ち度はないような気がするけど。
結局、弟との仲を裂いたとおかしな勘違いをした姉がヒロインを落としいれようと色々と仕掛け、最後には家を追い出されちゃうのだ。
家を追い出されるだけならまだしもその後が悲惨で、盗賊に捕まって殺されるという悲しい最後だ。
ここは弟との仲をどうにか改善かつ、もっと仲良くして死亡エンドを回避しよう。
二人目は近衛騎士団副団長のレイ・エアハート。エアハート侯爵令息である彼とはそんなに接点はない。
しかし数年前、なにかの祭りで一時的に護衛騎士として派遣されてきたレイと”以前”の自分が衝突したのは覚えている。
いやむしろこちらが一方的に「役立たず」と吐き捨てたのだ。それ以来、お互い会っても会釈程度で近づくこともしない。
彼の表情を見る限り、嫌われているということだけははっきりとわかるのだから”以前”の自分が恨めしい。
正直シルヴィアと彼との間に恋愛フラグなどは一切ないのだが、”以前”のシルヴィアの取り巻きである子爵令嬢が問題なのだ。
現時点、子爵令嬢は相変わらず取り巻きのまま。だって先程記憶を戻したばかりで、彼女との関係を変える時間はなかった。
そんな問題の子爵令嬢がどうなるかというと、「レイ様を奪う女が許せない 」とシルヴィアを引き込んでそれが暗殺未遂にまで発展する。
レイと険悪なままで進むとシルヴィアは投獄されるのは免れないだろう。
となると、こちらも仲良くとまではいかずとも取り巻きの子爵令嬢に引き込まれないよう今後は手を切る方向で行きつつ、彼とは関係改善に乗り出そう。
三人目は幼馴染であるアール・フレミング。フレミング伯爵家の世嗣だ。
昔はすごく仲が良かったのだが、ある日突然シルヴィアを避け出した。弟同じく、理由は不明で向こうが勝手に避けている。
社交界にデビューした頃に向こうが以前より余所余所しくなったのだが、理由がさっぱり分からない。
しかしたまにふらっとやって来ては弟と、アリストン家で雇っている幼馴染兼シルヴィアの護衛騎士グレンのところには顔を出しているらしい。
廊下でばったり会った時などは顔を背けて足早に去っていくので正直傷ついている。いや、腹立たしいことこの上ない。
アールの場合は竜の里に流刑エンドなのでましといえばましなのだが、とにかく避けている理由を今度捕まえて聞き出してみることにする。
昔は何でも言うことを聞いてくれたので今度もお願いすればきっとなんとかなるはずだ。
四人目はレイ・エアハートと親友と言われている竜騎士団副団長のルイス・ナイトリー。ナイトリー伯爵の令息だ。
彼ともあまり接点はない。接点は父親であるアリストン公爵と、ナイトリー伯爵が旧知の仲という程度だ。
アリストン邸には父親のナイトリー伯爵は訪れることがたまにあるが、彼は来たことが一度もない。
むしろ喋ったこともないのだが何故かレイと同じく嫌われているのだ。
ルイスの場合はあまり覚えていないが、確か竜騎士団の竜を毒殺したのが発覚し死亡エンドになってしまう。
一体どうして毒殺をすることになったのか、その経緯を全く覚えていないのでどうしようもない。
ついでにいうと、彼とは接点がないので会うことも難しいかもしれない。
彼については情報を仕入れていくしかないようだ。
そして五人目……。この国で花婿にしたいナンバーワンの男。
竜騎士団団長の”ミスターパーフェクト”こと、ヒューバート・エイジャー・ディラック王子だ。
シルヴィアが彼に猛アタックをかけていたのは周知の事実だ。
花婿にしたいナンバーワンの彼は金髪碧眼の美丈夫だ。
令嬢や貴族夫人にまで愛想のいい彼は何処へ行っても大人気で、そんな彼が欲しくてたまらなかったらしい。
公爵令嬢である”以前”の自分が「自分以外に王子に似つかわしい者などいない」と豪語していてもおかしくないほど身分的にはつり合いが取れている。
王子を見かけると、所かまわず話しかけ科を作りもたれ掛かる。
彼には女として見て欲しいが為にそれはもうひどいくらいにアタックしていた。
ゲームの中なら別になんとも思わないが、それを自分がやっていたかと思うと……。
思い出すだけでも恥ずかしい……いや、恐ろしい。
もちろん王子からもきっちり嫌われているのだが”以前”の自分は全く気付いていないのが更に恐ろしいところだ。
まぁでも、それは仕方ないと思う。周りが引くくらいのアタックを見せたシルヴィアは、王子にアタックするのに夢中で周りの迷惑を一切省みない、自分でいうのもなんだが相当嫌な女だった。
どう考えてもシルヴィアが好かれる理由が全く見つからない。そりゃ王子も逃げたくなるだろう。
結局ヒロインが現れて、彼女と楽しげに話す王子を見て悔しがり、ヒロインが王子を誑かしている……なんていう勝手な妄想で彼女を殺めようとしたところを王子以外の攻略者に取り押さえられるというなんとも豪華なスチルが思い出された。
どちらにしろ既に王子にはとことん嫌われているので、残念ながらこのままいくとこちらも死亡エンドしかない。
この一年でどうにか挽回していきたいところだ。まずは今までのことを謝罪しなければいけないだろう。
とにかく、この五人だけはなんとか仲良くしておくべきだ。
隠しキャラはこの際どうでもいい。ヒロインと仲良くなるのも忘れなければ何とかなるだろう。
如何せん今の状況だけ見ると、全員と既に仲がよろしくないのだからどうしようもないけれど。
今後の見通しを考えただけだが何もしないでただ死を待つより足掻いて後悔したほうがずっといい。
そう考えると、漸く肩の力を抜くことが出来た。
するとタイミングよくメイドがお茶を運んできたのでお茶を飲んで一息ついた。
「おいしい…。ありがとう 」
ぽつりと呟くとメイドは少し驚いた表情をみせたが、それは直ぐに元に戻る。
流石公爵家に使えるメイドである。”以前”の自分の態度を思い返してみてもメイドを人とも思っていないような節があった。
そんなメイドはというと、少しだけ興味深そうな眼差しでシルヴィアを見るとすぐに頭を下げて出て行った。
「私がお礼を言うとそんなにおかしいということね…… 」
ゲーム大好き女子高生だった自分はお礼くらいちゃんと言えるのだが、公爵令嬢である自分が言うとそんなにおかしいものだろうか。
いや、”以前”の自分が言うとおかしいってことか。
そう言えば、今の今まで気付かなかったのだが自分の口調が前世の自分寄りになっている。
「ど、どうしよう。公爵令嬢ってどうやって喋ってたっけ? 」
ゲームの台詞を思い出してみるが、出てくるのは攻略者の甘い台詞ばかり。
脇役で悪役の彼女の台詞は「なんとなくこんなこと言われた」レベルでしか思い出せない。
「ああああ……やばい。あっ、令嬢はきっとやばいなんて言わないよね。ええと、やばいじゃなくてなんていうの!? 」
パニックになりながら「やばい」に変わる言い方を思い出そうとするがなかなか思い出せない。
それにしてもおかしい……。先程までは取り乱すことを良しとしない貴族の令嬢として過ごせていたはずなのに。
前世の記憶を思い出し整理するにつれ、前世の自分が”以前”のシルヴィアと成り代わっているような、そんな気がする。
(……仕方ないか。あとで誰かにそれとなく聞いてみよう。考えてもわからないしね…… )
そこでようやく大きく嘆息すると一口お茶を含む。温かいお茶がシルヴィアから肩の力を抜かせた。
お茶と一緒に出されたお茶受けを口にしたところで、何故か急にあの人のことが頭を過ぎる。
零れた涙が机の上の紙を濡らしてはじめて泣いていると気づくあたり重症だ。
今までなんともなかったのに、急に思い出した内容は自分の胸を締め付け息がしづらい状態に追い込む。
先程までは自分が殺されないようにと色々考えていたから思い出すことはなかったが、ちょっと余裕が出来るとすぐにこれだ。
「―――お前なんか消えてしまえばいい 」
そう言い放ったのあの人は、あの時王子と共にいた。
王子を見つけたシルヴィアが嬉々として近づいて王子の後ろにいた彼と目が合った時、シルヴィアは一目で恋に落ちた。
彼を目にするまでは王子に「ごきげんよう。麗しのヒューバート王子様 」なんて近づいていたのにだ。
白く長い髪を高く結い上げ、赤い瞳でこちらを見つめるあの人は、シルヴィアをみると目を見開いていた。
驚いたような表情にシルヴィアが気を取られている時、消えろ発言をされてしまった。
その表情が怒りに溢れていることは誰が見ても明らかで、シルヴィアはそこで意識を失ったのでそれからどうなったかは分からない。
覚えているのは、あの人の美しい顔と冷たく硬い声、そして憎憎しげな表情だけだった。
「はぁ………。どうしてあんなに嫌われているのかな…… 」
大きくため息をつきながら思い返すがやっぱり分からない。
もしかしたら”以前”の自分が何かをやらかしていたのだろうか?
「嫌われるようなことしたなら謝らなくちゃいけないよね…… 」
まずは謝罪したいことを書いて手紙でも――そう思ってハタと気付く。
一目惚れしたあの人の名前を知らないのだ。家名も名前もどちらも知らない。
王子と一緒にいたということと、容姿だけはしっかりと覚えている。
王宮にいて、王子と同じ部屋にいたあの人はきっとそれなりの身分なのだろう。
しかし、王宮で見かけたことのない顔であることは間違いない。
何故そういい切れるか。それはシルヴィアが貴族の令嬢だからだ。
公爵家令嬢であるシルヴィアがこの国の貴族の顔や名前、家名を覚えるのは彼女の身分では当然のことらしい。
所謂、腐っても鯛だ。いや、腐っていても鯛の中の鯛であるシルヴィアには出来て当たり前のことだった。
それにしても都合の良い所だけはしっかりと覚えているのだから不思議な物だ。
「”以前”の自分の記憶に引っかからないってことは、もしかして隣国の人なのかも知れないよね。今度父にでも聞いてみよう…… 」
分からないことをあれこれ考えても仕方ない。
誰かに聞けばきっとあの人のことを知っているだろう――そう思えば気分は晴れた。
カップのお茶をぐいと飲み干すと勢いよく立ち上がる。
「よし! あの人のことはとりあえず後回し。まずはデリックからね! 」
決意も新たにシルヴィアは早速弟のもとへ行くことにする。
今の時間だと座学や修行がないはずだ。きっと部屋にいるだろうと予測をつけた。
(それにしても……鯛ってこの国にあるんだろうか…… )
歩きながらふと頭に浮かんだ疑問に苦笑いしながらシルヴィアは歩き進めた。
以前のシルヴィアは腐ってたようです。
今のシルヴィアはまだ腐ってません。
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