1.思い出した前世
少しずつ覚醒していく意識にシルヴィアはゆっくりと目を開けた。
「ここは……? 私の部屋……だよね? 」
いつもの見慣れた部屋であるはずなのにどこか違和感を覚えたのは何故だろうか。
ゆっくりと体を起こすといつものように顔を洗いに洗面室へと向かう。
顔を洗うと冷たい水に幾分か気分も良くなった気がした。
タオルで顔を拭き、顔を上げて目の前の鏡を見て、呆然とした。
(ええと…誰これ? )
鏡の中に写る人物は紛れもなく自分なのだが、どうしてか自分ではないと思ってしまった。
しかしよくよく見ると自分はやっぱり自分で、そして見覚えのある誰かであると感じる。
そういえば、どうして自分の部屋にいるのか?先程まで自分は王宮にいたはずなのに何故。
記憶を手繰り寄せどうして自分の部屋にいるのか、どうして意識を失っていたのか、それを思い出すと同時に全てが腑に落ちた。
「ああ、そうだった…。私はシルヴィア・アリストン 」
大きくため息をつくと、誰にも聞こえないように呟いた。
「乙女ゲームの悪役令嬢だったんだ…… 」
おぼつかない足取りで洗面室からでるとすぐさまベッドに座り込んだ。
そして両手で顔を隠すとベッドに伏せる。
(そうだった。記憶を思い出したのってあの時だ……… )
シルヴィア・アリストンには前世の記憶がある。
いや、つい先程前世を思い出したというのが正しい。
それも一目惚れした人に消えてくれと願われたショックで。
あの時のショックを思い出すと勝手に涙が溢れてきた。
ただでさえ失恋の大きな痛みを抱えていると言うのに、何故前世の記憶までも抱えなければならないのだろうか。
心の負担が半端ではなかったが、それでも一度頭の中を整理してみようと思ったのは現世の自分が貴族の令嬢だったからだろう。
取り乱すことを良しとしない貴族にとって、冷静に考えることが出来る頭はなによりも必要だ。
「まずは、自分のことから整理しよう 」
前世の名前は……正直覚えていない。
そこまで詳しくは覚えてないが、自分がゲーム大好き女子高生であったのは覚えている。
ゲームが大好きすぎて毎日徹夜してゲームをやりこんでいた前世の自分は、いつものようにギリギリ歩いて間に合う時間に家を出て学校へ向かっていた。
欠伸をしながら、眠い目をこすり歩くのが毎朝の風景。いつもの道を歩いて、いつものように交差点で信号待ちをする。
その日はけたたましい音が耳を劈いた。驚いて眠い目を無理やり開けると一台の車が信号無視して交差点に突っ込んでいたのだ。
そしてその信号無視した車を避けようとした車が歩道に乗り上げてきて、避ける間もなく轢かれたのも思い出した。
横向きの世界と、クラクションと騒然とした空気。遠くで誰かが叫んでいるのが最後の記憶だ。
きっとその時死んだのだろう。
死んだのは仕方ない。
だって自分ではどうしようもない出来事だったから。
ただ、その時脳裏に浮かんだ唯一の心残りが、やりかけの乙女ゲームの事だったのがイタイとこであるが。
しかし理由は簡単。だって、残すところ隠し攻略キャラあと一人だったのだ。
しかもその攻略キャラが誰かも分かってなかった、というのも大きい。
ゲーム大好きな自分としてはそれは大きな心残りだったに違いない。
それにしても何故だろうか。
何故自分はヒロインではなく、悪役令嬢であるシルヴィア・アリストンに転生しているのだろう。
普通だったら、ヒロインでしょ! と突っ込みたくなるほどだ。
ヒロインだったら、隠しキャラが誰だかきっとすぐに分かるはずなのだ。だってヒロインだからね!
ハッ! 話が脱線してしまった。
とりあえず、悪役令嬢になってしまったのだからそこも仕方ないとしよう。
しかし、やはり納得がいかない。
だって、どの乙女ゲームの悪役令嬢の行く末は明るくない…寧ろ真っ暗というのがテッパンなのだ。
かく言う、シルヴィアだって例外ではないのだから、やっぱり納得がいかない。
彼女は基本死んじゃうか、死ぬまで投獄されるかのどちらかしかない。
いや、ひとつだけマシとも言える終わり方もある。
あるにはあるのだが、それが竜の里にて一生暮らすというものである。
一応里の中は自由に動けるのだが、竜からは嫌われて居場所がないうえ、竜の里は国からかなり離れた隠れ里の為人間に会うことも滅多にないという、所謂流刑というやつなのだ。
うん、どれもこれも結局救いがなくてどうしようもない感じである。流石悪役令嬢だ。
とりあえずは前世のことは大抵思い出せた。
次は現状を把握しよう。
自分の周りにはゲームと同じように攻略者が全て集まっている。
流石はゲームの世界。どいつもこいつもイケメン揃いであることは間違いない。
王子で竜騎士団長なんていうミスターパーフェクトや、公爵世嗣っていう(今の)自分そっくりの双子の弟や、近衛騎士団副団長、竜騎士団副団長なんていうのもいる。
隠しキャラだけはどうしてもわからないがきっといるはず。ああ、忘れていたけど幼馴染の伯爵世嗣もいました。
因みに前世の一押しは王道も王道のミスターパーフェクトな王子様だ。
記憶が甦るまではなんともなかったが、今ではどの顔を思い出してもゲームのスチルが出てきてしまう。
歯の浮くような台詞をスラスラ言っちゃう王子や、堅物だけど真面目な竜騎士団副団長のスチルを思い出すと涎物である。
うん、いまは涎は出てないので良いことにしよう。
そしてそのスチルの端々に出てくるシルヴィアはいつも悔しそうな顔をしていた。
「こうやって思い出してみると、どのルートに入っても全部邪魔しちゃうシルヴィアって……… 」
さて、遠い目をしてもどうしようもないので続きを思い出そう。
そうだ、今はゲームが始まる一年程前だ。
あと一年でヒロインである彼女が王宮の侍女として入ってくるのだ。
それまでに、色々打開策を考えなければ!
流行の悪役令嬢をどーしても書きたくて書いたものの
この先どうやって収拾をつけようか既に悩み中です(汗