戦慄のコキア
「お前の言ってる事を信じていいんだな?」
小柄ではあるが筋肉質な体付きをしたその男は念を押した。
何も言わずにただ頷くその男は全身を黒いローブに包み込んだまま小柄な男をみた。
「しつこい男は嫌われるぞ・・・」
チッと舌打ちしその男は筋肉質な男を見た。
「アキレギアに風が吹いてきたようだ・・・。どんな風になるんだろうなっ」
小柄な男から白い歯が見えた。
「ガンフィールド様!コキア上空です!レーザーに竜騎士の編隊を探知しています!!」
「竜騎士か?アベルのガキが出てきやがったのか!?」
ガンフィールドと呼ばれた小柄な男はしゃがれた声を上げた。
「そろそろ、因縁って奴に決着をつける時がきたようだな!」
ガンフィールドは全身を奮い立たせて声を上げた。
「アーレフのアベル・チェンが来た!野郎ども!今こそ時代錯誤な坊ちゃんに科学の力を見せつけてやろうぜ!!」
「あれは・・・。飛空艇ってやつか?」
アベルの後ろでライクが問いかけた。
「ああ、そうだ。科学の力ってやつで動いているらしい・・・。もっとも始祖のガンフィールドって奴は科学の力と言う物をまるで分かっていないようだがね・・・。」
アベルが返す。
「わかっていない?始祖なのに?」
「ああ。ライクいいかい?始祖だから部族の中でも飛び抜けた能力を持っている。でも全ては万能ではない。すぐれた能力だから優れているのでは無いのだよ・・・。それを如何に使えるのか?また如何に使うのか?最も・・・。君にそんな事を言うのは愚問かもしれないがね・・・。」
フッと鼻にかけたようにアベルが笑った。
それはライクを馬鹿にした笑いでは無く諦めにも似た笑顔だった。
ライクはそんなアベルの態度に不思議と不機嫌になる事は無かった。
何故なら彼は良くも悪くも自分に正直な人間なのである。
ライクはそんなアベルに好感を持っている。
たとえ、同性と知りつつ告白してきた人物ではあっても友人として信頼の置ける人物である事は理解している。
と、飛空艇から銃弾が火を噴いてくる。
「おっと!敵の攻撃が始まった!!ライク奴らはバカだが・・・。戦闘に置いては西の地域を制圧している・・・。強敵だ!ここからは気を抜くなよ!!」
アベルが右手を上げると竜騎士達は編隊を組んで火矢を放つ。
「フレア!!」
アベルの呪文の詠唱と共に放たれた火矢が大きな火の玉となって飛空艇に向かっていく。
ライクにとって空中戦と言うのは初めての経験である。
飛竜の背中で全体の指揮を執るアベルを見ながら彼の能力を再び見直した。
縦横無尽に空を駆ける巨大な飛空艇に対して個別に隊列を整える竜騎士隊をアベルは巧みに指揮している。
「もっと火力を上げろ!!火トンボを出せ!!」
大きな火力を持ちながら戦果の上げられないアキレギア軍に苛立ちが見えてきた。
ガンフィールドが大きな声で叫ぶ。
「俺も出るぞ!!」
「なんだ?あれは?」
飛空艇から小型の人が一人やっと乗れる程度の大きさの羽がついた機械が飛んでくる。
その背中にはアキレギアの軍人が銃を手に竜騎士目がけて打ち放す。
「小型の飛空艇?」
ライクは見たことも無いその乗り物に興味を奪われた。
「個人用の飛空艇だ、奴らは火トンボって呼んでいる。白兵戦になるぞ!!」
アベルがライクに言う。
「各隊、ここからが正念場だ!アーレフの誇りを持って戦え!総員!死ぬなよ!!」
アベルが再び右手を上げる。
周辺からは竜騎士達の雄叫びが聞こえる。
ライクの血潮を湧き上がる事を抑える事が出来ない。
「アベル!俺も参加させてもらう!!」
そう言ったかと思うとライクは火トンボに乗っている兵士に飛び掛かった。
「ライク!勝手な事をするな!」
そう言って止まる男では無い事はアベルが一番よく知っていた。
兵士を振り落とし火トンボの操縦を覚えようと必死で足掻いているライクを見てアベルの頬が綻ぶ。
「全く・・・。無茶な奴だ・・・。」
何とか操縦方法が解ったライクがアベルの横に並び白い歯を見せる。
「アベル!指示を!」
アベルは失笑しながら言った。
「わかった!ついて来い!」
コエンザイムを大型の旗艦に向かわせると共にライクを誘った。
「見つけたぞ!くそガキ!!」
不意に大きな声が聞こえた。
「ガンフィールド!!」
明らかにアベルの顔色が変わった。
「ライク!旗艦攻略を頼む!俺の隊はライクの指揮下に入れ!!」
そう叫ぶアベルをライクは不安そうに見つめている。
「頼む・・・。」
プライドの高いアベルが何かを人に頼む事が今までありえない事であった。
ライクはアベルの覚悟を悟っていた。
「全員!俺に続け!!」
アベルに変わり、ライクが右手を上げる。
アベルの竜騎士隊がライクの後ろに続く。
「何?」
ライクの後ろに続く竜騎士達を遮るようにガンフィールドが銃を放つ。
「お前の相手は俺だ!フレア!!」
ガンフィールドの前にアベルが立ち塞がる。
「この・・・。くそガキ!!」
ガンフィールドは血管を浮き出させた額を前面に出しながら大きな目を開けてアベルを睨みつけた。
「ワンパターンなセリフだ・・・。この辺りで二度と聞かなくてもいいようにしたいものだ。」
アベルの一言にガンフィールドの額の血管が更に浮き出る。
「く・・・。そ、ガキ~~~!!!!!」
ボキャブラリーの低さにアベルが苦笑した。
「母さんは君に教養を感じる事はなかっただろう・・・。きっと母性が理性を失わせたのだな・・・。」
アベルが含み笑いを浮かべながらガンフィールドへ襲いかかる。
「貴様!!実の母親を!!そんな風に言うなんて!!」
ガンフィールドは普通の感覚を持っていた。
そう、それは父と母が居て、何不自由ない生活、貧困ではあったが幸せな生活。
だから、アベルの言葉を理解する事が出来なかった。
「貴様のようなクソガキは俺が引導を渡してやる!」
銃をアベルに向けて放つ!
「下らない・・・。母さんはあんたの何処に惚れたのか。きっと自由が欲しかったんだろうな・・・。
そう・・・。誰にも縛られない、自分なりの人生を・・・。母さん・・・・。」
アベルの目に涙が浮かぶ。亡き母の笑顔だけはいつも鮮明に覚えている。
その爽やかな声、柔らかな手、春の南風のような体温全てがアベルの幼い頃の記憶に生きている。
そんな母を奪った男、ガンフィールドはアベルから見れば憎しみの対象でしかなかった。
「くそがき!素直に俺と手を組んでこの大陸を治めてみないか?俺は言ってみればお前の義理の父親だ!
お前が頷けばアーレフは落ちる!」
「あなたの言う事にはいちいち癇に障る。綺麗ごとを並べて人を惑わす・・・。僕には・・・。いや、僕たちには・・・。父はいない・・・。母のいない今となっては僕の家族はカインだけだ!!」
アベルがフレアを放つ。ガンフィードの火トンボが火を噴いて落ちて行く。
「くそ!!この・・・。くそガキ!!」
相変わらずの言葉を残しガンフィールドが落ちて行く。その姿を見下ろしながらアベルが寂しそうな顔をして舌打ちをした。
「こんな事・・・。誰が得をするって言うんだ?」
アベルは自分の姿に嗚咽した。