アベルとカイン
「竜騎士隊コランザム!出るぞ!!」
アベル・チェンが右手を大きく上げるとそれに呼応するように数十人の屈強な男達が大声を上げる。
魔法王国アーレフ、この大陸ノアの最も古い国の一つである。
千年前の時の大戦でノア唯一の王国キクは滅亡の危機に陥っていた。
大陸の四分の三を保有していたキクは内部分裂を起こし、この大陸に大きく分けて15の部族を残しそれぞれの国の建国を認めざるを得なかった。
一つはキクを取り囲むように作られた「薔薇騎士の国 グラジオラス」
もう一つはキクに反旗を翻した国「偽りの国 フィサリス」
そして。この大陸に産まれた偉大なる魔法使い「ミストリアン・エンジラード」彼が築いた国。
それが「魔法王国アーレフ」
キクの時の女王「マリ・エンジラード」それはミストリアンの実の姉であり、ミストリアンがこの世界で最も大切にした女性である。
そんな彼女の王国を守るためでは無く、彼は時の大戦が終わると不意にキクの南へと趣きこの国を建国した。
そしてこの国はノアの覇権を奪うかのように進撃を繰り返した。
南方のフィサリス、西方の他部族を攻めその国土を元老院と知のインテリ、読唇のリーディング二つの部族の血を結合させて他の国を侵略していった。
なぜアーレフは侵略を繰り返したのか?
それはアベルが子供の頃から抱いていた疑問であった。
信愛なる姉の国、それを固い絆で守ろうとする他人の国「グラジオラス」
そして信愛なる姉の国・・・。
それを全て自分達の物にしようとする弟(血縁者)の国「アーレフ」
歴史とは実に不思議なものである。
特に人の気持ちは誰にも簡単に理解し得ない物である。アベルは数10年前の事を考えていた。
そう。それは神童と呼ばれたアベルの心の中にある闇の部分・・・。
忘れたくとも忘れられない過去の話である。ただアベル自身はまだ過去にする事が出来ないあの出来事。
当時アベルは5歳だった。当然カインも5歳である。
穏やかで物静かなカインとは違い活発なアベルはアーレフでも有名な少年だった。
まだ5歳であるにも関わらず彼はインテリの血を引いている事を裏付ける才能の片鱗を惜しみなく見せつけていた。
それは時としては戦いに赴く戦士への指揮であったり、戦略における的確な意見であったりした。
そう・・・。わずか5歳の少年がアーレフの兵を指揮していた。
元老院の加護の元で・・・。
そうアベルとカインは産まれた時から何もかもが特別だった。
幼い頃の母の記憶はアベルとカインがまだ5歳の頃・・・。
ノアの西方の部族抗争が激しさを増してきた頃だ。
アキレギアを建国した部族「マーシナリー」の始祖ガンフィールド・チェフコフスキー通称ガンナーは西方の覇権を狙って隣国であるアーレフに同盟を求めていた。
小柄ではあるが筋肉質なその男は時のアーレフの軍務を司っていた「インテリとリーディング」の始祖そうアベルとカインの母である「セシリア・チェン」とこれからのノアについて語り合う仲であった。
そんな母の姿をアベルは幼心に覚えている。
「セシリアさんよ~。西方の国は古代から誰も治める事の出来ない暗黒大陸だ。そこを俺たちアキレギアが治める。それが俺の野望だ・・・。その為には力がいる。アーレフのように強い力が必要なんだ!頼む俺に力を貸してくれ!」
その男は背も小さい見栄えもたいして良くない男だった。
ただ元老院のような老人達を見て育ってきたアベルには強く輝く瞳でありその奥に秘めた野望は男性のみならず世の女性達も引きつけていた。
そう・・・。それはアベルとカインの母であるセシリアも同じであった。
「アベル、カインあなた達二人には始祖の血が流れている。私は祖父の時代にインテリとリーディングを一つに纏めた言わば実験体のような人間なの。あなた達兄弟は祖父が築いた秘法を使って元の二つの部族に戻る事が出来た。そうインテリとリーディングの二人に・・・。私がそうした事をいつか恨む日も来るでしょう。でもこれだけは信じてほしい。私はあなた達の幸せを考えてそうしたの。インテリとリーディング・・・。いいえ始祖の力を併せ持つ事・・・。それは普通の精神ではいられない・・・。
私はあなた達二人に普通の幸せを感じて欲しいそれだけは信じて。」
アベルとカインが覚えている母セシリアの最後の言葉である。
母セシリアはその言葉を残してアキレギアへ旅立った。
ガンフィールド・チェフコフスキーの後を追った。一人の女性として。
そしてその国で女性としての新たな夢を見た母が失意のうちにその人生を終わらせた事をアベルが知ったのはアベルが15歳になった時だった。
西方を手中に収めたガンナー率いるアキレギアの軍が今まで同盟を結んでいたアーレフに突如攻め込んで来たのだ。
予想外の展開にアーレフが揺らいだ。
ただこの侵略を想定していた人物がアーレフにはいた。
そうリーディングの能力を持つカインである。
カインはガンナーの戦略を先読みし更に罠を張っていた。
アベルとカインにとっては当時のガンナーは母を連れ去った憎い敵に過ぎなかった。
アキレギアとの戦いが混戦となるにつれアベルとカインはアーレフの軍の先頭に立ちその才能を発揮させていた。それは敵国の母に成長した自分達の姿を見せつけるかのように・・・。
ただ・・・。
この時すでに母はこの世を去っていた・・・。
ガンナーはセシリアを散々利用した後、西方を統一するとセシリアと別れた・・・。
アキレギアにもアーレフにも居場所の無くなったセシリアは途方に暮れ・・・。
やがてその身体を病魔が蝕んだ。
アベルとカインが母の死を知ったのはアキレギアが反旗を翻した戦いの後だった。
「兄さん・・・。無理をしないで・・・。」
アベルが戦場へと赴く前に言ったカインのその一言が・・・。
この世界にただ一人の肉親を想う過剰とも言える愛情がその一言にはこもっていた。
亡き父・・・。
家族を失ったライクの胸に突き刺さる・・・。
「カイン!アベルは僕が守る!心配はいらない!!」
カインに精一杯の笑顔を見せた。
一瞬ほころぶカインの笑顔を見てライクはウインクをした。
国境の町コキアへ・・・。
ライクはアベルと共に竜の背に乗り旅立った!
アベルとカイン・・・。
聖書に名を連ねる二人の兄弟。ノアには聖書が無い。宗教というもの自体が過去の物なのである。
時の知の女王セシリアはそんな自分の血を分けた子供達に何故か兄と弟を逆に名づけた
セシリアはそんな二人に何故か兄と弟を逆に名づけた。
それはセシリアの願い・・・。
兄弟が争わず・・・。そして神の祝福を二人が平等に受けられるように・・・。
そんな母の優しさや気持ちがアベルとカインには強く伝わっていた。
「コランザイム!出るぞ!!」
再びアベルが右腕を上げる。
亡き母の敵・・・。
アキレギアへの敵意を剥き出しにして。