あることないこと
「ちぇっ、なんだよ。なんで俺だけ男と肝試しなんだよ。」
心底悔しそうな顔で短パンの少年が呟く。
夏休みの一大イベントのひとつ、キャンプ。
その夜を彩る肝試し。
森の中に二人一組で入り、森の奥にある墓場に手を合わせて戻ってくる。
もちろん、男にとっては合法的に女子と手を繋げるようなイベントであり、男女でやりたいと願うのが当たり前である。
しかし、このキャンプのメンバーは残念ながら男5人に女3人なのだ。
「僕がペアじゃ嫌かな?」
ペアを悔やむ短パンに、その相手となった少年が、少し不安そうな顔をして問いかける。
細身で、簡単に折れてしまいそうな少年であり、かぶった麦わら帽子が、どこか幼さを感じさせる。
「いや、お前が嫌なわけじゃないけど…。やっぱ女子とがよかったぜ…。」
特に短パンにとっては、意中の女子が3人の中にいるのだ。
悔しがって当然である。
ペアとなった男子と、その子が手を繋いだりすることだってあるのだから。
さすがに抱きつくなんていうことはないと願いたい短パンである。
「まあまあ、誰かにはあることなんだから。僕との肝試し楽しんでよ。」
麦わら帽はそう言って笑う。
「まあ、そうだよな…。お前との親睦を深めるのも悪くないか!」
短パンも、ペアについて悔やむのをやめたようだ。
「じゃあ、行くか!」
「うん、行こ?」
短パンと麦わら帽は、森へ足を踏み入れた。
「しかし、男二人だとほんと退屈だよなー…。ただ歩くだけだろ…。」
「そうかな?」
「だって、鳥の音でびびって『キャッ!?』って腕掴まれたりするイベントないんだぜ?」
「現実の女子は『キャッ!?』とか言わないよ…。」
そこで、麦わら帽が少し意地悪そうに笑う。
「なんだったら僕がやってあげよっか?」
「なっ!?なんで男同士でそんなことっ!?」
「大丈夫だよ。僕は男好きだから。」
「まじでっ!?」
「知らなかったの?ていうか、他のみんなも男好きだよ?君以外は。」
「まじか…。」
友人たちの衝撃的な性癖を唐突に暴露され、短パンのテンションがだだ下がる。
「なんでこんな特殊なやつらとつるんでたんだ俺…。」
そんな短パンの様子に、麦わら帽は苦笑いをする。
「嘘だから安心してよ。」
「嘘かよっ!」
「僕はあることないこといろいろ口に出しちゃうから。あんまり真に受けないほうがいいよ?」
「見た目正直そうなのに…。」
「えへへ、つい言っちゃうんだ。まあちょっとした法螺話だからあんまし深く考えないでね?」
「お、おう。」
「そういえば、このキャンプに来てる女の子達、あの3人で三角関係に片想いしてるみたいだよ?」
「まじでかっ!?」
学習しない短パンのリアクションをみて、麦わら帽はクスクスと笑う。
「君は正直すぎるね。あることないこと言うかいがあるよ。」
「くそう、分かりにくいんだよお前の法螺話」
「むしろわかりやすいとおもうんだけどなー。」
心底楽しそうに微笑みながら、麦わら帽は森を先へ先へと歩いていく。
「そういえば夏休みの課題早く終わらせねえとなあ…。お前終わってる?」
「僕?もちろん。」
「お、それは法螺だろ?」
「残念。これはほんとだよー。」
「うそだろ…。あれを終わらせたのか…。」
「宿題は早く終わらせたい方なんだー。」
「偉いなあ…。」
「でしょー?あ、そういえばここまでやった内容で数学のテストあるみたいだから早めに課題やって勉強したほうがいいよ?」
「順番的に嘘か?」
「えへへ、これもほんと!」
「うっわまじかテストかあ…。困ったな…。どうして俺に都合の悪いとこだけほんとなんだ…。」
「ほんとってことがうそだって疑わないから君はほんとに純粋だね。」
「なっ…。」
麦わら帽は、短パンをまっすぐに見据えて満面の笑顔で言う。
「僕ははあることないこといろいろいうよ?あることをないことって言ったり、ないことをあることって言ったり」
そして、スッと真顔になって言う。
「だから、ないことをあることにしたことがないことかもしれないよ?」
「今どっちだ?」
「さあ、それを僕が答えてもそれがほんとだとは限らないよ?」
「頭いたい…。お前、なかなか変なやつだな!」
「普通、嫌なやつっていうと思うんだけどね。やっぱ君はいい人だね。」
短パンにクルッと背を向け、麦わら帽は再び歩き始める。
そのあとを、短パンもついていく。
「しっかしやっぱ退屈だな。怖くもなんともない…。」
「そう?」
短パンの呟きに、麦わら帽が反応する。
「僕は結構わくわくしてるよ?」
「それも嘘か?」
「さー、どうだろね。」
「じゃあ、ちょっと怖い話でもしてあげるよ。得意なんだ、僕。」
「へえ、そりゃ楽しみだ。」
「これもあることないことでっち上げるだけだからね。」
「あ、確かにそうだな。しっかし、お前にそんな特技があったとはな…。」
と、そこで短パンの動きがピタッと止まる。
「あれ…?」
「どうしたの?」
麦わら帽が首をかしげる。
「いや…。俺、お前のことよくしらないなと思って。」
「ふふっ、まあそうだよね…。」
麦わら帽はクスクスと笑う。
「さ、それじゃ、怖い話でもしよっかな。」
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ひとりの少年が森に迷いこみました。
森の中で、自分がどこにいるのかわからなくなった彼はあてもなくさ迷います。
鳥の鳴き声もしないような深い深い森。
孤独に耐えきれなくなった彼は、闇雲に走り始めました。
深い、深い森の奥にたどり着いた彼が冷静に周りをを見渡すとどこかから見られてるような気がします。
ひとつ、大きく風が吹き、木々がザワザワと音をたてます。
周りを見渡した彼が、ふと視線を正面に戻すと、
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「そこには、開けた場所が見えました。」
二人の目の前に木々はなかった。
「そこには、ひとつのお墓がありました。」
二人の目の前にはお墓があった。
「そのお墓の墓碑銘は…。」
麦わら帽が短パンを見据えて言う。
『その少年の名前でした。』
お墓には短パンの名前が。
「なっ!?」
「さあ、問題。」
麦わら帽がニヤッと笑う。
「この話は、あること?ないこと?」
「ないこと、だろ。こういう大道具だ…。人によって変えるんだろ?」
「次の質問、君はどうしてここにいるの?」
「学校の友達たちとキャンプに来て、そのイベントの肝試しで…。」
「そのキャンプ、あること?ないこと?」
「あることだろ、だって全部覚えてる。」
短パンが、怪訝な顔をして問う。
「なあ、お前、何が言いたいんだ?」
麦わら帽は、その問いに笑みだけを返す。
「次の質問、じゃあ、そんな君の記憶の確実性ってなに?誰かに見せつけられてる"ないこと"じゃないっていえる根拠は?」
「そんなことっ!?」
考えてたらきりがない。
と、続けようとした短パンの言葉を遮るように、麦わら帽は続ける。
「じゃあ、そんな君を悩ませてる現実、あること?ないこと?」
「ないことなわけないだろっ!」
「どうして?幻覚じゃないってどうして言えるの?」
麦わら帽は首をかしげる。
「もしかしたら、幻覚を見せられてる人が、幻覚のなかで見てる幻覚がこれだっていうことだってあるんじゃないかな?」
「お前っ、なんなんだよ!?」
「それも問題。君がよく知らないっていった僕はだれ?仲良しでキャンプに来たはずなのにね。」
短パンは沈黙する。
その沈黙をみて、答えが帰ってこないと踏んだか、麦わら帽は再び言葉を紡ぎ出す。
「だけど、ひとつだけ確かに"あること"なんだよ?」
チラッと建っているお墓を見る。
「もう君は、"亡いこと"になってるから。」
その言葉につられてお墓を見た短パンの意識は、吸い込まれるように途切れた。
麦わら帽の少年は、倒れた短パンをみてクスクスと笑う。
「君の記憶はないこと。」
「僕が植え付けた嘘。」
「このキャンプもないこと。」
「森に迷いこんだ君に見せた嘘。」
「あの怖い話はあること。」
「法螺話じゃないホラー話。現実の君に起きたこと。」
「じゃあ、現実の君に何が起きた?」
「未来がないことになった。」
「それを語る僕は?」
「森に迷い混んだ人の未来をないことにする何か。」
「君の未来も美味しくいただきました。」
また、麦わら帽子の少年は笑う。
「ごちそうさまでした。」
そして、少年は空を見上げる。
「さて、問題。」
「こんな話、あること?ないこと?」
あなたはこれをどう解釈しましたか?