模擬試験
昼休みを挟み、午後の授業ではいよいよ模擬試験が始まる。
何時もはさして緊張もしない癖に、今日は何だか緊張が解けなかった。
模擬試験は学園の敷地内にある文化会館を利用し、学年合同で行われる。
器楽科はAホール。
声楽科はBホール。
作曲科はCホール。
療法科はDホール。
一年生から三年生まで各科が集まるため威圧感やら何やらは毎度のことながら萎縮してしまうぐらい常に流れている。
この模擬試験、そして本番の試験の結果が今後の成績や発表会の代表者に深く関わることになるため躍起になって取り組む者も少なくはない。
既にAホールには全学年の器楽科の生徒が集まり、談笑する者や譜面を指でなぞり復習している者、楽器を持ち込んで音を出している者等、個々が模擬試験開始まで好きなように時間を過ごしていた。
私はと言うと。特に仲の良い友達もいるわけでもなく、復習をするわけでもなく、ひたすらぼーっと空を眺めていた。
楽斗先輩からレッスンを受けた後、自分で言うのもあれだけど、前より少しはマシになった気がする。
ダメな部分を具体的に、どうすれば改善するのかを教えてくれた楽斗先輩。
その思いを無碍にするわけにはいかないけど、やっぱり自分に自信が持てなくて。
自分の番が回ってくるまで悶々としていた。
『……No.23 一年 神海 和音 フレデリック・ショパン 革命』
コツコツと、ローファーを鳴らしながらステージ上のピアノへ向かう。
〔来たよ、親の七光り。〕
〔今回もビリが確定してるから安心して弾けるな。〕
〔落ちこぼれが試験をしてくれるだけありがたいと思えよな。〕
〔鳶が鷹を生む、じゃなくて。鷹が鳶を生んだな。あれは失敗作だよ。〕
……勝手に言っとけ底辺が。
わざわざ聞こえるように言う辺り心の底から神経を疑うわ。
そんなとき、ふと2人の言葉が蘇る。
《今日の模擬試験では落ち着いて。…音を楽しんで弾いてみて。》
《 …音楽ってのは"音を楽しむ"って書くんだよ。音を楽しまなきゃ音楽にならないんじゃねぇのか? 》
…音を、楽しむね。
お辞儀をして、ピアノ椅子に腰掛ける。
命一杯肩の力を抜いて、鍵盤に手を添えた。
…~♪
~~~~♪~~~~~~♪
あ、これ。この感覚何だか覚えてる。
《…いい?和音、この曲はね、ショパンが演奏 旅行でポーランドを離れていた時に、革命が失敗、 故郷のワルシャワが陥落したって報告を受けて作曲 したのよ。 "革命"というタイトルはフランツ・リストが命名したものなの》
初めてこの曲を聞いた時。
《かく…めい……?》
《そう、革命》
素直に一つ。
何てすごい曲なんだって思った。
私も弾きたい。
ママみたいに格好良くなりたいって思った。
《ふぅん…、ねぇママ!かずもかくめい弾けるようになりたい!》
《いいわよ、教えてあげる、和音も頑張って立派なピアニストになるのよ》
ピアニスト、
そう。
ピアニスト。
《うん!かずがんばる!ぜったいにピアニストになる!》
ああ、何て楽しいんだろう。
素直に、音を楽しむってこういうことなのかな。
得も言われぬ快感が体を駆け巡る。
もう何も考えられない。
奏でる度に、音楽が私の体を支配する。
何だか会場がざわめいた気がするけど、気にしなかった。
気にもならないくらい、今はピアノを弾くことで頭が一杯だった。
****************
模擬試験の結果が配られたのはその日のHL。
試験の結果はいつも五段階で表記される。
試験の結果と言ってもA~Eまでのアルファベットと、簡単な講評がプリントに書かれているだけ。
どうせ、何時もと変わらないE評価で、"次回は頑張りましょう。"って、書かれているだけだろうと思い担任が名前を呼んでから気怠い雰囲気を纏いプリントを取りに行く。
次回は頑張りましょうって、小学生の通信簿かっての。
手渡されて瞬き3回。
目をゴシゴシ擦ること30秒。
もう一度プリントを見て首を傾げる。
和音「先生、これ間違ってますよ。」
担任「間違っていない。これがお前の成績だ。」
…………万年E評価の私が持つプリントに表記されているのは驚くこと無かれ、
B評価。
ちなみにうちの学校ではクラス順位と学年順位と科の順位が出ている。
B評価だと大体クラスで一桁、学年と科で二桁位の順位。
これさ…、
おかしくないか?
「う、嘘だ!!何でこんな落ちこぼれがB評価なんて貰ってるんだ!!」
「そうよ!!きっと何かの間違いだわ!!」
和音「皆して私が思ってることと同じこと言いやがってる。」
担任は溜め息を一つつくと、細かな講評が書かれている紙を取り出す。
ちなみにこの紙は教師にのみしか配布されていない。
担任「いいか聴け、神海の講評は間違ってなどいない。理事長の判子だってここに入っている。文句があるやつは理事長に直談判してこい。ほら次!!斎藤!!結果取りに来い!!」
「は、はい!!」
私は評価表をぎゅっと握り締めて、鞄の奥へ追いやった。
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