苦痛の時間
次の日、学校に行く足取りは
いつもの倍重かった。
今日はテスト前の練習という
時間が設けられていて、
各々が個室で練習した後に
大きなホールで科の人間全体を集め
模擬発表会をするのだ。
私はこの時間が一番嫌い。
みんなはそれなりのレベルで
この学校に入学してるから
上手いに決まってるけど
私は所詮…親の七光りだもの、
そう思いながらも体は勝手に
学校へと向かっていた。
器楽科は楽器を演奏する実技試験
声楽科は歌を歌う実技試験
作曲科は課題の旋律の続きを
作曲する実技、筆記試験
療法科は音楽療法に関する筆記試験
各々の科が試験に向けて
勉強や実技の練習に
取り組んでいるこの時期、
私は孤立する他無かった。
教室に入ると既にみんな
練習に行ったらしく
誰ひとり残っていなかった。
和音「…はぁ」
私はAS-155室が当たっている。
東棟の最上階の端にある
一番良い実技練習部屋。
学校は余程私の両親を
気に入っているみたいね
そんな悪態を心の中でつきながらも
必要な荷物を持ってさっさと教室を
出て行こうとした時だった。
「失礼…、神海和音さんはいますか?」
後ろのドアの辺りで
聞き慣れた声がしたのだ。
私は驚き持っていた荷物を
床に落としてしまった。
そう、ドアの辺りにいた人物は正に…
和音「が、楽斗先輩!!!!?」
学園主席の楽斗先輩が訪ねて来たのだった。
楽斗「ああ、丁度良かった。和音さん。君に話があってね。」
思わぬ訪問者に固まってしまった私。
慌てて表情を繕った。
和音「楽斗先輩は練習しないんですか?テスト難しいんじゃないですか?」
この学園のテストは読んで字の如く鬼畜だ。
ある程度の練習を積まなければ即刻赤点となってしまう。
まあ、楽斗先輩レベルになったら即興も可能なのかもしれないけど…。
楽斗「君の話は昨日兄さんから聞いた。最も、君の名前とクラスだけだけどね。まあ…、この学園で君は有名人らしいから直ぐに突き止めてしまったけど…。」
苦笑いを浮かべる楽斗先輩に私まで苦笑いを浮かべてしまう。
和音「そうだったんですか。私も楽斗先輩みたいな意味で有名になりたかったですね。」
"学園始まって以来の劣等生"
"親の七光り"
"血筋の持ち腐れ"
上記が私の代名詞だ。
言われる度に
うるせーんなの分かってらぁアホんだら
と、悪態をつくのがお決まりになっていて。
これが余計に悪評に輪をかけている。らしい。
…ちなみに私はこれっぽっちも気にしていないから平気なんだけど。
和音「…あの、それで、どうしてこんな劣等生の私に主席の先輩が用事なんて…。」
語尾を詰まらせる私に先輩はすっ、と手を差し出した。
え、何これ先輩がめちゃくちゃ輝いて見える。
楽斗「おいで、僕が君に音楽を教えてあげる。聞けば教えてくれる先生もいないそうじゃないか。」
和音「はい?」
瞬間、脳がフリーズした。
先輩が、私に、音楽を、教えてくれる。
Why?
和音「いやいやいやいや!!ダメですって!!先輩!!私につき合ってたら先輩の才能を沈めちゃいますよ!!本当にダメですって!!」
私は首と腕が千切れるんじゃないかって位ぶんぶん振った。
楽斗「和音さん。貴女は兄さんを助けてくれた。僕はそのお礼をしたいんだ。」
和音「お礼なら昨日お茶貰いましたって!!あれで十分です!!十二分です!!」
楽斗先輩は不意に私の持つ楽譜をちらりと見た。
楽斗「革命…か。まだ指が覚えているといいが…。」
和音「え、え、え?!」
楽斗「ほら、練習室に行くよ。」
こうして先輩に半ば引きずられる形で練習室へ向かっていった。