表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

奏斗と楽斗

この日は何時もより沈黙が多くて、気が付くと日はとっくに傾いていた。


不味い。こんなに長居しては怒られてしま

う。


そう思い、私は奏斗に別れを告げて橋の上まで登ろうとした時だった。



奏斗「…げほっ!ごほごほ!げほっ!!!!!!」



奏斗くんは喉元を押さえ、

激しく咳込んでいた。



和音「え?!ちょっと、大丈夫!?奏斗?」


奏斗「はぁ…、げほっ!げほげほっ!…っあ、くす…り…、くすり…」


和音「薬って…」



奏斗はいつも持ち歩いている手帳を指差していた。


私は手帳を開き探ると、

筆記用具を仕舞うスペースに

膨らみを発見した。



和音「吸入器…?…あ!」


奏斗は乱暴に私の手から吸入器を奪うと薬を吸入した。



徐々に奏斗の呼吸は落ち着いてきたけど、

顔色はイマイチ優れていなかった。



和音「アンタって、喘息持ちなの?」



奏斗「……お前には関係無い。ただ、俺も立派な訳ありだ。」


そう言って奏斗がふらふらと立ち上がった時だった。



「兄さん!?こんな所で何をしているんですか!」



橋の上から男の人の声がしたと

思ったらその人が下まで降りてきた。


その人物は正しく…、



和音「楽斗…先輩」



みんなの憧れの存在、

瀬川楽斗先輩だった。



楽斗先輩は私をちらりと見た。


楽斗「…君、橘の生徒だね」


和音「1Aの神海和音です。」


楽斗「神海…、聞き覚えがあるな…、まあいい、和音さん、兄さんを運ぶのを手伝ってもらってもいいかな?」


奏斗「おい!こら!離せよ!げほげほっ!」



そう言いながら楽斗先輩は

嫌がる奏斗に肩を貸して歩きだした。



和音「あ…、はい!」



私は楽斗先輩の反対側に回り奏斗に肩を貸した。



こうして力を合わせて

なんとか橋の上に三人で上がった。










和音「…ここって……、」



三人で泥だらけになりながら着いた場所が


"向日葵総合病院"



楽斗「兄さん、大丈夫ですか?」


奏斗「はぁ…、っ…、」


和音「あの、楽斗先輩…、奏斗って…」



その時、病院の正面玄関の入口が開いた。



「奏斗さん!どこに行っていたんです!心配しましたよ!」



奏斗を抱きしめた女性と数名の看護士が現れた。


多分奏斗の母親、かな…。



楽斗「この近くで見つけました」


母親「そう、ありがとう楽斗さん」



楽斗先輩は母親に一礼すると

私を連れて歩きだそうとした。


すると母親は奏斗に肩を貸しながら

こちらを振り返った。



母親「楽斗さん、その子はどうしたの?」


楽斗「兄さんを一緒に探してくれたんです」


母親「そう…、そこの貴女、ありがとう、今度何か御礼をするわね」


私は慌てて両手を顔の前でぶんぶん振った。


和音「い、いいえ!大丈夫です!そんな、通りすがりですし!」


楽斗「じゃあ母さん、僕は稽古をしに行きます」


母親「えぇ、頑張りなさいよ」



こうして病院を楽斗先輩と後にした。






無言の楽斗先輩と

やってきたのは近くの公園、

私はベンチに座り、

楽斗先輩は私の前で立っていた。



和音「あの…、楽斗先輩」


楽斗「ごめんね、急にあんな所に連れ出しちゃって」


和音「いえ、全然大丈夫です!…あの……、」


私が聞きたいことをなかなか聞けずに俯いていると楽斗先輩の方から喋りかけて下さった。


楽斗「兄さんから何か聞いたの?」


和音「あ…、いえ…、特に何も…」


楽斗「うーん…、ここまでさせちゃったしな、君になら話しても大丈夫かな?」



楽斗先輩はぶつぶつと独り言を

言った後に私の隣へ腰掛けた。



楽斗「これから少しだけ僕の話に付き合ってくれるかい?」


和音「はい、大丈夫です」



楽斗先輩はニッコリ笑って話し出した。



楽斗「奏斗は僕の一つ上の兄さんだよ」


和音「え…?でも…」


楽斗「あ、そうだ、ちょっと待っててね」



楽斗先輩はここまで言うと

ベンチから立ち上がり

自販機へ向かった。


そして戻ってきた

楽斗先輩の手には

緑茶とジンジャーティーがあった。



楽斗「はい、これはお礼、安いお茶でごめんね」


楽斗先輩は私に緑茶を差し出した。



和音「え!?そんな、悪いですよ!」


楽斗「いいからいいから!ね?」



楽斗先輩は私に無理矢理

緑茶を握らせると

再び私の隣へ座った。





楽斗「兄さんはね、呼吸器系の病気なんだ、もともと喘息持ちで体弱かったんだけど…、少し前から声帯に悪性のポリープまで出来ちゃって…、そこから体調が良くなることはあまり無かったんだ」



楽斗先輩はジンジャーティーの

封を切り一口だけ飲んだ。



楽斗「本当は僕よりも声楽の技術はすごいんだよ、でもね…、入退院を繰り返してたら一年ダブっちゃって、僕と兄さんは同じ学年になっちゃったんだ」


和音「そう…、だったんですか」



楽斗先輩は悲しそうに俯いていた。



橘学園って、基本的に留年はあり得ないんじゃなかったかな。

才能が無い人間は容赦なく切り捨てるから。


それ程までに瀬川奏斗という人間は素晴らしい才能を持っているんだ。




私は緑茶の封を切り二口三口飲んだ。


胃に緑茶が落ちていく感覚が

妙にリアルに感じられた。


そして、黙っていた楽斗先輩は

小さな声で言った。



楽斗「…兄さん、喉の手術をしなきゃ余命はあと少しだけなんだって、でもね…、手術をしたら一生声が出なくなるって」


和音「え…っ!」


楽斗先輩は悔しそうに缶を握った。


楽斗「…出来るなら僕が代わってあげたいよ、歌の才能も表現力も兄さんの方が格段に上なのに…!」



私はどう声をかけていいか分からずに

ただ黙るばかりだった。



.





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ