表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

彼の名前

翌日、私はまたあの橋の下に来た。



またあの子がいるかもしれない

っていう微かな希望があったから。


別に会いたくなかったけど、落とし物を渡さなきゃいけないから。仕方なく来たんだから。



そして、



~~♪、~♪~~~♪



和音「やっぱりいた!」



すると男の子がこちらを振り返った。



「またお前かよ、何の用だ?」


和音「お前じゃなくて和音だって言ってるでしょ!それよりもほら!これ!」



私はポケットを探り、

小さな手帳を取り出した。


すると男の子は慌ててその手帳を取り返した。


そして、一層低い声で

私に呟きかけた。



「…中、見たのか?」






私は慌てて首を振った。



和音「見てない見てない!表紙を見ただけ!…って言うか、アンタも橘学園の生徒だったのね。瀬川奏斗。」


奏斗「…チッ、」



手帳の表紙に表記されていた彼の名前は"瀬川 奏斗"(セガワ カナト)、だったはず…、

どうして彼が同じ橘学園の生徒だって分かったかと言うと、この手帳は学園独自で生徒に配布しているものだったから。

中には五線譜や音階表等、音楽に役立つ物が全て導入されている。

勿論私も愛用しているし。


でも…、


私は彼の名を知った時、

心の中にある取っ掛かりができた。



話は橘学園の先輩のことになる。


瀬川(セガワ) 楽斗(ガクト)先輩、

三年生で声楽科の首席であり

学校の首席である

みんなの憧れの存在。


私は器楽科だし

成績なんて並の並以下だから

かなり遠い存在だけど、


一度だけ先輩を

見る機会があった時、

確かにみんなが憧れる理由が

分かった気がした。




私は瀬川奏斗の顔を

さりげなく見た。


…うん、顔立ちがそっくり。


そして何よりハミングを

歌っている時の歌声は

楽斗先輩とよく似ている。


とすると…、瀬川奏斗は楽斗先輩の双子?



色々悶々と考えたけど、

結局何も分からなかった。



奏斗「…おい、何だよ。用が無いなら早く行けってブス。」


和音「うっさい。私がブスなんて元々知ってるわよ。…瀬川奏斗、悪いけど気になることが出来たから明日も来るから。」


奏斗「は?!…おいブス!!ふざけんなよ!!」


和音「和音だっての!!じゃあね!!瀬川奏斗!!」






そして私は数日間この橋の下に通い詰めた。



その度に瀬川奏斗は文句を言っていたものの、質問には一応答えてくれるようになった。


…まあ、本当に一応だけど。



和音「瀬川奏斗は何科なの?」


奏斗「お前に教える義務はない。少なくとも器楽科ではない。」


和音「三年ってことは、卒業演奏会の課題決めたのよね。どんな曲にしたの。」


奏斗「さっさと帰れブス。曲なんてまだ決めてねぇし。」



本当にこの男は、語頭に嫌みを言わなきゃ会話が出来ないのか。


あと、ブスブス言ってんなよ。

好きでブスに生まれて来たんじゃないわ。




そして、一週間が過ぎた頃だった。




奏斗「…おいブス。」


和音「和音だっての。ふざけんな。」


奏斗「毎日毎日ここに来て、放課後のレッスンはどうしたんだよ。サボりか。」



チクリと、胸が痛んだ。


初めて会話が成立した喜びも多少はあったけど。


まあ、触れてほしくはなかったところだよね。





和音「……私にレッスンしてくれる人、いないから。」



珍しく、沈黙が走った。


いつもならどちらかが文句を言い合っているのに。


チラリと隣を見ると、これまた珍しく瀬川奏斗が言葉を選んでいるようだった。




奏斗「……………………お前、訳ありなのか。」



和音「別に…。私は言われたことやってるだけだから。問題も何もない…はず。」



私の父と母、先生、友達…みんな。


私のことなんてね。


何とも思って無いだろうし。



いや、これは言わなくていいことだよね。


第一、コイツに話してもバカにされるだけだ。




私が口ごもっていると瀬川奏斗は

どこか遠くを見てこう呟いた。



奏斗「…音楽ってのは"音を楽しむ"って書くんだよ。

音を楽しまなきゃ音楽にならないんじゃねぇのか?

お前の奏でる音は"音が楽"じゃなくて、"音が苦"だよ。きっと。」




和音「瀬川奏斗…。」



奏斗「奏斗でいい。フルネームヤメロ。」



まともなこと、言えるじゃん。


ちょっとだけ感動しちゃったよ。


本当にちょっとだけね。




私は空気を変える意味も込めて

楽斗先輩との繋がりを

奏斗に尋ねることにした。



和音「ねぇ、話題変わるんだけど…、奏斗って瀬川楽斗っていう人知ってる?」



すると奏斗は一瞬だけ

目を見開き、悲しそうな顔になった。



和音「…え?」



奏斗「俺の前でその名前を出すな」




奏斗の悲しそうな

顔を見ていると何だか

これ以上聞く気には

なれないと思った。



なんて言えばいいんだろ。この気持ち。


切ない?悲しい?苦しい?


奏斗の顔はそんな顔だったから。


.



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ