闇の中の逢瀬
その日、美弥子さんや保大さん、杏くん愁くん藍ちゃんがお見舞いに来てくれて分かったことだけど。
私はあの日から一週間眠り続けていた。
私が意識を失った後、この病院まで送ってくれたのが奏斗と楽斗先輩で、色々手配して下さったのが2人の親御さんらしく、叔父さんと叔母さんでお礼を言って下さったらしい。
私もお礼を言わなきゃな。
そして、面会の時間が過ぎて消灯し、院内が更に静まりかえった頃、私は眠れなくて小さなスタンドライトを使って本を読んでいた。
杏くんが持ってきてくれた文学小説。
杏くんはこの類の本が好きらしく、良く私にも貸してくれていた。
そして、漸く眠気が回ってきたのでスタンドライトを消そうとすると、
コンコン…
扉をノックする音がした。
見回りの看護士さんが来たのかと思ったけど、どうやら違うようで。
カラカラと扉が開き、
現れたのは奏斗だった。
もちろん私は声が出せないので何のリアクションも取れなかったが、奏斗はつかつかと歩き、私のベッドの脇にある丸椅子に腰掛けてじっとこちらを見据えた。
寝間着姿を見たのは初めてで何だか新鮮だった。
奏斗「……声、出ないんだってな。」
私はこくりと頷く。
そうすると奏斗はぽっけから紙とペンを取り出して私に渡した。
奏斗「今の時間見回りが終わったから抜け出してきた。」
私は渡された紙とペンを使って文字を記していく。
どうやら奏斗は話して私が筆談といいう形を取るらしい。
楽斗先輩と似てるようで似てない感じが何だか微笑ましい。
和音[見つかったらどうするの?]
奏斗「その時はその時に考える。」
奏斗らしい考え方で笑ってしまった。
そしたら酷く咽せて苦しかった。
和音「…げほっ!!げほげほっ!!」
奏斗「声出すなっての、バカ。」
涙目になりながらも紙に必死に返事を書く。
和音[どうして今きたの?]
奏斗「アイツに会いたくなかったから。」
アイツって、楽斗先輩のことかな?
そういえば初めて奏斗に楽斗先輩の事をきいたときにすごく悲しそうな顔をしてたような…。
和音[奏斗は、楽斗センパイのこときらいなの?]
奏斗「…嫌いじゃない。でも、許せない。」
自分の手元しか見てなかったから分からなかったけど、よく見ると奏斗はあの時と同じように酷く悲しそうな顔をしていた。
和音[私には2人に何があったか分からないから何も言えないけど、言わなきゃ伝わらないこともあるよ。]
思えば奏斗とまともな話をしたのはこれが2回目。
それ以外は全部下らない言い合いだった。
けど、その言い合いがすごく心地良かった気がする。
そんなことを考えていると急に奏斗が話さなくなってしまった。
…何か失言しちゃったかな。
和音[あの、何か気に障るようなこと…]
奏斗「それはお前にも言えることだ。」
ギクリと肩が震えた。
奏斗「お前、寝てる間夜になるとずっと泣いてた。覚えてないだろうけど。」
私が、泣いてた?
奏斗「看護士が煩いから夜にしかお前のところに来なかったけど、俺が来る頃に必ず魘されて泣いてた。」
思わずペンを持つ手をぎゅっと握り締めてしまった。
和音[そんな、私が泣くなんて、]
奏斗「…ママ、パパ、ゴメン。」
和音「っ!!…」
心臓が高鳴った。
奏斗「許して。」
やだ、止めて…!!
奏斗「お家に帰りたい。」
嫌!!その先は言ったらダメ!!
奏斗「嫌だ。私は神海じゃない、麻木だよ。」
息が詰まったような感覚がした。
身体が震えて寒気がした。
全部、全部私の核心。
奏斗「声が掠れてたから聞き取りにくかったけど、こればっか言ってたぞ。」
もう、ペンなんて持てなかった。
頬を涙が伝った。
気が付くと、酷く咽せながら泣いていた。
涙が止まらなくて、泣き顔を見られる恥ずかしさなんて考えないで感情のままに涙を流した。
私はきっと無意識に心が疲れていたのかもしれない。いや、疲れていたんだ。
和音「げほっ!!げほげほっ!!…っ、ひっく、ひっく…げほっ!!」
奏斗には見せたくなかったな。
こんな情けないところ。
そう思っていると、急に何かふわりと温かい物に包まれた。
俯いていた顔を上げると、それが奏斗自身だってことに気付いて。
私は奏斗に抱き締められていることに気付いたのは、奏斗の吐息が耳元にこぼれた時、自分の背筋に走る電流のような感覚がしたからだった。
奏斗「もっと、人を頼れ。バカ。無理すんなって言ったのに。」
戸惑いから身じろぐと、更にぎゅっと抱き締められた。
奏斗「こんな細っちい身体しやがって。ろくに飯も食ってねえんだろ。」
…そんなことを言っている奏斗の身体は見た目より華奢で、病気に蝕まれていることが、抱き締められたことによってよく分かった。
和音「かなと……げほっ、ひっく、…ゴメン…、げほげほっ!!」
声にならない声で、何度も奏斗に告げた。
***************
奏斗の胸に抱かれながら一頻り泣いた後、紙に記した。
和音[声出るようになったら、私の本当のこと話すね。だから、奏斗の話も聞かせて。]
奏斗はこくりと頷き、そっと私から身を離した。
…………思えば、私はなんて恥ずかしいことを…!!
いくら奏斗とは言え抱き締められながら慰めてもらうなんて、まるで子供みたいじゃない!!
急に恥ずかしくなって顔に熱が上がる。
いくら薄暗いと言ってもそれは奏斗に丸見えだったらしく、くすりと笑われてしまった。
奏斗「今更何赤くなってんだよ、ブスの癖に。」
和音[うるさい!!奏斗のバカ!!]
筆談だからいまいち迫力が無い言い合いだけど、やっぱり心がほかほかする。
奏斗「…元気出たようで良かったな。」
急に微笑むものだからドキリとしてしまった。
あまりにも綺麗に笑うんだもん、黙っていれば結構整った顔してると思うんだけどな。
…って、私は何を…!!
また気恥ずかしくなって、ペンを走らせた。
和音[ありがとう。奏斗。]
紙に記した後、ニコリと笑うと奏斗は右手で口元を押さえてそっぽを向いてしまった。
そっぽ向かれたら筆談にならないんだけど。
奏斗「……明日、またこの時間に来るから。」
そう言って一方的に出て行ってしまった。
…変なの。
**************
ベッドに横になり、目を閉じた。
奏斗と楽斗先輩に何かがあって、2人の間に埋まらない溝が出来てしまったのかもしれない。
2人とも話したがらないから、きっと言いにくいことなんだろうけど。
…って言うか、それよりも。
どうして奏斗も楽斗先輩も私なんかに目をかけてくれるのかな。
奏斗はたまたまあの橋の下で会ったからだけど、
楽斗先輩は…。
確かに奏斗の弟だけど、学園の劣等生と交流を持つなんてあまりよろしいことでは無いんじゃないのかな。
あれ?そういえばあの橋の下。
小さい頃、誰かと遊んだ記憶があるけど、そもそも誰と遊んでたか覚えてないな。
私、小さい頃から友達なんて居なかったし……………。
何だっけ?
わたし、誰と…、
そこまで考えたけど、結局睡魔に負けて意識が暗転した。
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