河原
帰り道。途中で数名の女子に絡まれた。
理由は簡単、先ほどの模擬試験の演奏の件である。
土手の近くを歩いていると、川辺に降りるよう声をかけられた時点で分かっていたけど。
演奏中のことを自分でも良く覚えていない上に有り得ない評価が出されたことを周りから指摘されても上手く説明出来ないのは当たり前だ。
なのに、ねちねちねちねち。
コイツらのしつこさと言ったら。
貴様らは納豆か。
「いい?あの試験は厳かに行われるべきなの。貴女みたいなのが参加している時点で可笑しいのよ!」
和音「それ誰かにも言われたんだけどな。」
「どんなマジックを使ったの?まさか先生に色目でも使った?」
和音「誰があんなじーさんに色目なんか使うか。」
「大方、録音したテープでも流したんでしょ。そうに決まってるわ。」
和音「逆に聞きたいんだけど。360度目がある場で堂々とテープが流せますか。」
さっきからこれの繰り返しで、このヒステリック女×4はまだ飽きたらず私を取り囲んで喚いている。
「…もういい、埒が明かない。貴女達!!早くやりなさい!!」
和音「…何する気でしょうか。こう見えて私ひじょーに忙しいんですけど…」
瞬間。持っていた手提げ鞄を取り返され、川に投げ込まれた。
和音「…………………………は?」
手提げの中には財布にケータイ、楽譜に教科書にハンカチ、先ほどの評価表、その他衛生用品等々、普通に必要なものが入っていたのだが、運が悪いことに口が開いていた為、すべて宙に投げ出され散り散りに川に落ちていった。
ヒステリック女×4はそれを見て高らかに笑いながら走り去っていった。
…今時小学生でもこんな陰湿なことしないっての。
和音「最悪。ふざけんな。」
仕方なく、ローファーと靴下を脱ぎ捨てて川の中に足を入れる。
ピチャンッ!!
和音「冷た!!」
いくら春先でも水温は限りなくゼロに近いと思う。
それでも鞄を取らねば必要な物が全て川の藻屑になってしまう。
今一度川岸に上がり、ブレザーを脱いでスカートを下着が見えない程度に捲り、再び川に入った。
*************
和音「へっくしゅん!!…うぅ、寒い…。」
1時間は経っただろうか、見つかったのは鞄本体とケータイに財布。教科書数冊だけだった。
足の先は氷のように冷え、指もとっくに感覚が無くなっていた。
和音「もう諦めようかな。バイバイ私の持ち物。」
そんな時だった。
奏斗「お前、何やってんだよ。」
ブレザーやローファー等荷物を置いた所に奏斗が立っていた。
その表情は正に呆れかえっているという表現が正しく。私を見る瞳は冷め切っていた。
和音「…………み、水浴び?」
奏斗「こんな時期に水浴びするアホどこにいんだよバーカ。」
和音「ここにいるし。」
仕方がないので一旦川岸に戻り、陸に上がった。
あ、不味い。ハンカチも無いんだった。
和音「へっくしゅん!!」
奏斗「……ほら、足と手拭けよ。」
おもむろにぽっけからハンカチを取り出し私に差し出す奏斗。男子でハンカチ持ってる人初めて会った。
貸しを作りたくなかったけど、このまま風邪を引くのはもっと癪だと思ったからありがたく受け取る。
和音「…………どーも。ってか、アンタ体大丈夫なの?!昨日あんなに咳き込んでたじゃないの!!」
そこで楽斗先輩に色々聞いたことは黙っておくけど。
奏斗「うっせーよ。あんなの日常茶飯事だ。」
和音「日常茶飯事であんなに咳き込むんだったら病院で寝てなさいよ。」
奏斗「ヤダ。暇。」
和音「…子供じゃあるまいし。今日はどうしてここまで来たの?いつもの橋はあっちじゃないのよ。」
奏斗「別に誰がどこで何しようと勝手だろうが。」
何時しかヒートアップしていた口論は奏斗の視線の先を見た瞬間止まった。
奏斗「で、水浴びするのにハンカチも持たないアホは川で何を拾ってきたんだ。」
和音「………別に。何だって良いじゃない。」
びしょびしょに濡れた教科書や財布。画面のつかないケータイ。型くずれしそうな鞄。
言わなくてももうこの現場が全てを物語っていた。
和音「転んで川に落としたの。」
奏斗「土手から水面まで何メートルあると思ってんだ。」
和音「川岸に居たの。そしたら河原の石に躓いちゃって。」
奏斗「お前はこんなに足場が悪い河原で走り回ってたのか。普通足場が悪い所はよっぽど何もない限り注意してゆっくり歩くはずだ。」
和音「犬が居たの。可愛くてつい追いかけちゃった。」
奏斗「第一。転んだんなら何で無傷何だよ。石まみれの河原で転んだら足も腕も血塗れになるのが普通じゃないのか。」
返す言葉が無く。
悔しくて顔を背けた。
和音「……あー言えばこう言うヤツ大っ嫌い。」
奏斗「俺も言い逃ればっかするヤツは嫌いだ。」
そう言って奏斗は水の中に足を入れた。
ぱしゃん!!
和音「ちょっ!!バカ!!アンタこそ体冷やしたら毒になるでしょ!!」
奏斗「俺も久しぶりに水浴びしたいんだ、だから黙っとけ。」
ぱしゃぱしゃと水を弾きながら段々川の中央へ行く。
さして深くもない川なので奏斗の膝の上くらいまでしか水がかかっていなかった。
奏斗「…やっぱりな。ほらよ!!」
ぽいっと投げ渡されたのは衛生用品が入ったポーチとハンカチ。
そして次々ともう諦めていた物を拾い集めていく。
私はその姿をただ見つめることしかできなかった。
***************
奏斗「…これで全部か?」
奏斗は水から上がると飛沫で濡れたTシャツの裾を絞りながら言う。
和音「……うん。ありがと。」
奏斗はびしょ濡れになった足や手を先ほどのハンカチで拭いながら呟いた。
奏斗「やられたんだったら素直にそう言え。誰も責めたりしねぇよ。」
和音「…………見てたの?」
奏斗「いや、大方その評価表関連で嫌がらせされたんだろうって思っただけだ。」
和音「……バカ。」
その手には、水でぐちゃぐちゃになって、印刷も滲んでよく見えなくなった評価表が握られていた。
何だか悔しくて、よく分からないけど、涙が出そうになった。
でも、こんなところで泣いてる場合じゃない。
っていうか、泣くなんて私らしくない。
和音「………早く病院戻って寝てね、奏斗のハミング聞けなくなるの嫌だから!!」
わざと笑顔を作って、拾ってもらった小物をびしょ濡れの鞄に詰める。
せっかく良い鞄を、ママに買ってもらったのにな。これじゃあ台無し。
仕方ないからお小遣いから出して鞄を買おう。
お小遣いは毎月いらないくらいママとパパが口座に振り込んでくれるから、少しくらい使っても支障はない。
教科書は学校に言えば個別に販売してくれるし、その他の小物は替えがあるから心配ない。
楽譜は家に同じ物があるから構わない。
評価表は正規版の物が自宅に郵送されるから紛失したって構わないし。
ほら。全然平気じゃない。
平気平気!!
気にすることなんて何一つ無いのよ!!
奏斗「……なあ、お前。無理してねぇか?」
和音「っ…!?」
《和音ちゃん、無理してない?大丈夫? 》
ふと、叔母さんに言われた言葉が蘇った。
和音「………………………平気!!じゃあまたね!!」
奏斗「あ、おい!!」
素足にローファーを履いて、右手に靴下、左手に鞄を持って駆け出した。
もうこんな場に居られない。
居たら私が私じゃなくなってしまう。
そう思ったから。
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