表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

都会の月

作者: 白井佐帆

 私は影かもしれない。


 高校三年間ずっと、ただ見ていた遠くも近くもない私の影。あまりにも鮮明で体が一気に熱をかき集めてドクドクと脈うつような微かな期待を含んだ興奮でずっと私は光だった。



 「出会いは突然に訪れる」とはよく言うが本当にふざけていると思う。生涯を通じて付き合っていく友人なり恋人を瞬間的に見抜くことなどできない。私が直感的に物事を見抜ければ人間関係で苦労することもなかった。むしろ元々独りでいるのが好きなのだからわざわざ交友関係という繋がりの相関図を持つ必要もなかった。だからあれはほんのちょっとした気の迷いかと思い込んでいた。

 初めて見たのはどうと言って見ようもない教室前の廊下。彼はロッカーの鍵を付けていた。クラスは隣同士。後々になっていつが初めてだったかなと考えて頭を絞り上げて思い出したが特に何かあったわけではない。あの人も同じ学校の同級生だとぼんやり顔と雰囲気を把握した程度。頭の中では後から入ってきた彼の詳細な情報に上書きされて実際より鮮明さが増している。一年生の頃は割と目立たなかった彼は卒業するころには学校の有名人となった。三年生では遂に同じクラスになれたわけだが一年生の頃から彼を知っていることは少し自慢だった。隣のクラスの彼と話す機会ができたのは部活動だった。


 部活動。これには散々手を焼かされた。手を焼くという表現は上からの言い方になるがそう言いたくなる程本当に私は困り果てていたのだ。運動系文化系どちらも関係なく陥れられる問題にはまったのだ。人間は正常ならば共食いはしないが他者を貶めることは平気でする。どんなに些細なことでも優劣をつけられ喜び悲しむ。集団になるとますます厄介だ。自分たちの群れにとって相応しくない者は排除する。高校生にもなるとそこそこの進学校だったのであからさまなイジメや暴力があるわけではない。ただ排除するのだ。例え悪口の対象になったとしても本人に直接アプローチを仕掛ける奴はいないだろう。

 私は部活動の上級生であったとき幹部という立場もあった。私が引退するまでにやめっていった後輩は五人。内二人は実力ある経験者だった。黙って一人また一人と消えていく。悔しくても為す術もない。高校生の私には重すぎる現実だった。

 いつの間にかそれが過去になっている。


 彼とは同じグループだった。最初はこぞってみんなでアドレス交換したうちの一人。名前と顔がそこで一致した。交換した次の日廊下で会ったから軽く会釈をした気がする。彼は驚いてた。たぶん絶対私のことが誰だかわかっていなかったのだ。それでも彼のいつもと違う表情が見れて心が跳ねた。結構重症だったのかも。

 歓迎会や合宿であっという間に友人としては仲良くなれたと思う。むしろ仲間だった。彼にとって私はいつでも大切な仲間の一人。それだけが支えで苦痛だった。一年の秋にもなると部活の仲間という括りがもどかしくなってくる。しかしちょうどその頃幹部として来年度の私の地位は確立された。部活が

恋人。それが全てだった。

 二年生になって彼は変わった。いや、変わりつつある彼に忙しすぎて気づけなかったのだと思う。とにかく二年生で彼は人付き合いが良くなった。今までは打ち解けた人以外とは消極的で話さない人だった。特にチャラい感じではなく好青年だった。イケメンではないがマスコットキャラクターのようなクラスからいじられながら可愛がられていたような印象があった。二年生のとき彼とはまたしても隣のクラスという一歩距離があった。しかし彼は部活に熱心で幹部である私にとってそれは不純な理由で喜ばしいことだった。今まで以上に話す機会は増えたし彼とそれ以上の関係は望んでいなかった。引退する三年の4月末まで実際に私は彼と同じように仲間として彼が好きなのだとしか考えてなかった。

 部活動は後輩が5人も抜けてコミュニケーション不足が何とかイジメの疑いで停部したことがある。引退の3ヶ月前。時はあっという間に流れ部活再開してすぐ引退した気がする。はっきり言って廃部にならなかったのが不思議だった。精神的に私は廃れていたが。

 予想以上の責任と周りの重圧に耐えているようで耐え切れてなかった。引退して受験期間になっても周りの存在が苦しかった。私が何もできなかったことに対する自己嫌悪を周りの評価にすり替えて自滅していただけだと今なら笑える。当時は真面目に思い詰めていたし頭も胃も痛みにおそわれ身体を引きずりながら卒業を何とか迎えた。

 三年生のとき彼とやっと同じクラスになれた。相変わらず彼は仲良くしてくれた。授業を抜け出すことが多くて周りから少し浮いてた私に普通に接してくれた。もちろん私のことが眼中になかっただけだと思う。彼は少々変わり者だったけど頭は良かった。提出物はあまり真面目に出してないと打ち明けていたがそれでも凡人以上の成績でだけど謙虚だからみんな彼が好きだった。

 卒業式は私は出席はしたがその後逃げるように学校を出た。仲の良い友人とは写真をとって別れを告げたりしたが本当に限られた人だけだった。もちろん彼は入っていない。私の友人に随分と前から第二ボタンをせがまれていた。それを式が終わった直後に見せつけられたらいくら大切な友人でも学校に残って歓談する気は失せる。結局何も彼に告げなかった。


 後悔しているわけではない。彼とは今でも時々連絡をとる。大学の行事には誘ってくれるし夕飯も食べに行く。仲間と一緒に。気持ちを伝えていたら取り繕うことないくだらない話しをしたりふざけあったりすることが続くことはなかったと思う。こういうグループの輪にいることには積極的ではない。だけど彼の笑顔をあと少し傍で見ることができるのなら。


 私は影でありたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ