表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

7 衝突

夫は朝早く釣りに出かけた。

いつもの友達と一緒らしい。


1人の部屋で、私はゆっくり念入りにメイクする。

ワンピースなんて何年ぶりに着たかな。

そわそわと出掛ける。


11時にビルの前で待ち合わせ。

個展を見て、一緒にランチの予定だ。

夕方には帰ると決めている。

夫が釣った魚を捌くのは、私の仕事だ。


個展はそれなりに混んでいた。

私の好きな画風とはかけ離れていたが、なかなか興味深かった。

自分では選んで出掛けないだろう。いいチャンスをもらった。

たまには好みと違うものに触れるのもいい。


「ありがとうございました」

「気に入ってもらえて良かったよ。僕は、この画家が好きでね。何枚か家にも会社にも飾ってるんだ」

それはきっと本物の絵の事だろう。

絵葉書で満足している私とは、ちがう。


「さて、お昼も僕の選んだ店でいいのかな」

「はい。お願いします」


増井に連れられて店に向かう。

オフィス街から離れて、駅前へ。

「駅の向こう側なんだ。ちょっと歩くけどいいかな」

「大丈夫です」


駅前は日曜だから混雑している。

雑踏の中、トントンと背中をたたかれて振り返る。


「美絵、何してんだ」


夫だ。


「え。何って・・・絵を見てきたの。そっちこそ何してんの?釣りは?」

「途中までいったら、竹沢から電話が来て。子供が調子悪いってドタキャンされた。仕方ないから帰ってきて、飯食いに出てきたところ」

「そうなんだ」

「で、その男は誰?」

「あ、えっと・・・うどん屋によく来る常連さんで・・・」


うまく説明できないでいると、増井が口を開く。

「どうも。はじめまして。増井と申します。いつも奥様にはお世話になっております。たまたまチケットをもらったので、今日は個展にお誘いしました」

「ふーん。ご丁寧なご説明、痛み入ります」

夫は不機嫌な様子を隠さず言った。


「おまえ、学生時代もちょこちょこ絵を見に行ってたよな。あれも男連れだったわけか」

「え?何言ってるの?」

「別に」

「・・・」


「ちょっと落ち着こう」

増井が夫をなだめる。

「俺は冷静ですよ。お邪魔しましたね。失礼します」

夫がくるりと向きを変え、足早に去る。


「どうする?」

増井に聞かれ、私は唇を噛んだ。

「すいません。帰ります」

「そう。それがいいね」

走って夫に追いついたが、何もかける言葉がみつからない。

謝るべきなのか?

謝らなきゃいけないのか?


家に着くと、何もなかったように夫はソファでテレビを見始めた。

「腹減った」

言われて、私は適当に残り物で食事を用意する。


「いただきます」

何もなかったように食べ、何もなかったようにくつろぐ夫。


責められた方が楽だ。

見て見ぬふりは、一番残酷だから。



「ごめんなさい」

私から謝った。


「別に、怒ってない。勝手に誰とでもどこでも行けばいい」

「怒ってるじゃん」

「ガッカリしただけだよ。おまえが2人で出掛けたいってうるさいから、せっかく予定空けてやったのにさ」

「・・・なにそれ」

「は?」

「なんか、嫌々私と出掛けてくれるみたいに聞こえるんだけど」

「そんなことは言ってないだろ。ただ、俺は友達と色々楽しみたいのに、おまえは2人がいいって言い張るから」

「なんで?たまには2人きりで出掛けたいって思うの、いけない?結婚してから全然デートなんてしてないんだよ。私、3年、ずっと待ち続けてるんだよ」

「別に毎日2人でいるんだから、いいんじゃないか?」

「は?毎晩遅くて顔合わせる時間なんてほんの少しじゃない。飲んでばっかりで」


夫が沈黙する。

言い過ぎたのだろうか。

でも、ここまで来たら止まらない。


「平日は誰かと飲んでくるし、休日は誰かと出掛けちゃうし。私の存在ってなに?友達?それとも友達以下なの?」

「なんだよそれ。おまえとは家族だろ」

「家族は話し合わないの?イチャイチャ出来ないの?」

「・・・だって今更だろ」


着地点が見えない。

このまま平行線をたどっても、何も変わらない。


「私、本当はもっとあたなと一緒に過ごしたいのに。いろんな所に出掛けたいし、いろんな話したいし、キスもしたいし」

「キスはしてるだろ」

「あれは・・・ただの挨拶じゃない。そういうんじゃなくて」

「・・・」

「キスだけじゃない。セックスだってしたい」

「・・・」


ここまで来たら、もう全部ぶちまけるしかない。

その結果がどうなるかは、わからないけど。


「俺も言わせてもらうけど」

夫が決意したように言葉を発する。

「我慢してたのは、おまえだけじゃない」


「俺はおまえに家にいて欲しかった。昼間はいいけど、夜、帰って部屋が暗いのはいやだった。冷めた飯を自分で温めるのも、嫌だった。結婚ってもっとあったかいと思ってた」

私は夫の次の言葉をじっと待った。

「まあ、もともと俺が早く帰ってこない日が多かったからな。おまえも遅くても良いって思ったのかもしれないけど。でも、早く帰れる日もあったのに。どうせおまえ居ないからって思ったら、帰るのが面倒になってきた」


結婚して化粧もあんまりしなくなったし。

服もジーパンばっかだし。

夜な夜なうどん食ってるせいか、ずいぶん太ったし。

朝だって、寝ぼけ眼でボサボサな頭のままキスされても、正直、やる気なんて起きないんだよな。


「俺が放っておくからいけないんだ、っておまえは言うんだろうけど」

「俺としては、俺が惚れ直すくらい、良い女でいてほしいわけだよ」


男なんて、身勝手な生き物だ。


だけど、そんな男に惚れたのは、自分。



私は泣くつもりもなく泣いていた。

感情が高ぶると、涙は勝手に流れ落ちる。


「泣くなよ」

「ごめん。泣きたくないんだけど。ごめん」


夫は抱きしめて慰めてくれない。

私は抱きついて甘えられない。


私たちは、もうダメなのだろうか。


「ごめん、シャワー浴びてくる」

「ああ」


夫を1人残し、風呂場へ駆け込む。

熱いシャワーを頭からかぶり、止まるまで泣き続けた。


ひととおり泣いて部屋に戻ると、夫の姿はない。

どんな顔をすればいいのかと思っていたから、ありがたかった。


テーブルには書置き。


「ちょっと出てくる。先に寝てていい」


私は、ぼんやりとソファに座っていた。

カーテンを空けたままの部屋が、真っ暗になる。

ようやく重い腰を上げたが、夕飯を食べる気もしない。

私はそのまま布団に潜った。


夫はちゃんと帰ってくるだろうか。

このまま居なくなってしまったりしないだろうか。


眠れないまま何度も寝返りを打つ。


私は言うべきではないことまで言ってしまったのではないか。

今まで通り我慢していれば、ぶつかることなんてなかったのに。

飲み込み続けていればよかったのに。

表面上、うまくいっていたじゃないか。


でも。


それって夫婦なのかな。


結婚ってそんなものなのかな。


ガチャ

ドアの開く音がして、夫の気配が近づく。


帰ってきてくれた。

ホッとしたが、どう接していいかわからない。


私は寝たふりを続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ