6 約束
ニコニコ笑っている増井。
「さっきまで会社のやつらと飲んでましてね。うどん、食い損ねましたよ」
「あなたに会えなくてしょんぼり帰ろうとしたら、姿を見つけてビックリしました。いやあ、こんなところで会えるなんて、嬉しいなあ。運命感じちゃいますね」
「すいません、今日は職場の飲み会なので、部外者はご遠慮ください」
樹が食って掛かる。
「そうですか。それは失礼。でも、見たところ、君と彼女の2人しかいないみたいだけど」
「え?」
いつの間にか、他の人は消えていた。
気を利かせたのか、居心地が悪くなったのか。
時計を見れば、11時を過ぎている。
お開きの時間だ。
会費は既に払っているし、問題はないのだろうが。
それにしても、挨拶もなく解散って、どんな飲み会なんだろう。
「で、私もご一緒して良いですよね?」
穏やかな笑みで言われて、私はうなづいた。
「でも、席を移動しないとダメですね。店員さん呼んできます」
「お願いします」
私は店員に声を掛け、空いている席に案内してもらった。
「2人とも、あっちに移動です」
元の席に戻ると、樹が増井を睨みつけていた。
「ったく、暇人なんだね、おたくも」
悪態をつく樹。
「ちょっと、相手はお客様よ。そんな口のきき方しないで」
「ここは職場じゃない」
樹が私にも怖い目を向ける。
「その通り。僕たちはただの酔っ払い同士だ。気にしなくていいよ」
増井は笑顔を崩さない。
「俺はあんたの、その飄々としたところが気に食わない」
「そうか。残念。僕は君のそのギラギラしたところ、好きだけどなあ」
「っけ」
「いいね。怖いもの知らずの若さ。うらやましいよ」
「ふん。白けた。帰る」
樹が席を立つ。
「お先失礼します!お疲れ様でした!」
大きな声で言って樹がドタバタと走っていく。
「あっ・・・」
止める間もなかった。
引き留めたところで、何も解決しない気もする。
先程から注目を浴びることばかりだ。
恥ずかしい。
「店を出ようか」
「あ、でも、さっき店員さんに・・・」
「そうか。僕が断ってこよう」
レジ前で増井が何度も頭を下げている。
店員は困り顔で手を振っている。
そんなに丁寧に謝られても、逆に迷惑だろうに。
手招きされ、私もレジへ向かう。
「すいません。案内してもらったのに」
「いえいえ。大丈夫です。またお待ちしてます」
「ありがとうございました」
威勢のいい声に見送られ、私たちは居酒屋を出た。
「時間、平気?」
「あ、はい。あと少しなら」
「そ。じゃ、また1杯だけ付き合って」
「はい」
昨日と同じバー。
今日は自分でグラッドアイを頼んだ。
「気に入ってくれた?」
増井がグラスを見つめる。
「はい。色もキレイだし、飲みやすくて美味しいです」
「それは良かった。本当に君によく似合うよ」
「乾杯」
グラスを合わせて、口をつける。
「その口元が、すごく色っぽい」
増井の視線が、口に注がれる。
「酔ってらっしゃるんですね。機嫌がいいみたい」
「ああ。今日はとても気分がいいよ。君にこうして会えたからね」
「またそんなことを」
「本当だよ。本当に嬉しいんだ」
そう言われて嫌な気はしない。
「ああ、そうだ」
増井がポケットから何か取り出す。
「会社が入ってるビルで、日本画家が個展を開いててね。チケットをもらったんだけど、行かないか」
絵は大好きだ。
高校生の頃から、たまに1人でぶらりと美術館に出掛けていた。
帰りに売店で、一番気に入った絵の絵葉書を買う。
増えたコレクションを1人でニヤニヤ見るのだ。
結婚してからは行けていない。
そろそろ行きたいと思っていたところだ。
「是非!」
即答してチケットを受け取った。
「あれ?2枚?」
「うん。誰かと一緒に行くかな、と思って」
「え?一緒に行くんじゃないんですか?」
驚いて聞くと、増井の方がもっと驚いて聞き返した。
「え?一緒に行ってくれるの?」
「ご主人に怒られちゃうんじゃないかと思って」
「ああ・・・大丈夫です。どうせ休日は夫、1人で出掛けちゃうし」
「そうなんだ」
「はい」
「じゃあもしかして、明日、空いてる?」
「はい」
「そうか。善は急げだ。明日、一緒に行こう」
「はい」
ウキウキした気分のまま、家に帰ると、珍しく夫が起きて待っていた。
「おかえり」
「ただいま。今日は早かったんだね」
「まあ、早いって言っても日付かわってるけどな」
「あ、ほんとだ」
「珍しいな。お前、職場の飲み会つまんないっていつもさっさと帰ってくるのに」
「うん。今日はちょっと盛り上がっちゃって」
「そうか」
夫の顔を見られない。
何で今日に限って、私に興味を示すんだろう。
「明日さあ、どっか2人で出掛けようか」
夫が唐突に言う。
「へ?」
変な声が出た。
「たまには2人でさあ」
「あ・・・ごめん・・・明日、先約があって」
「そうなんだ」
「ごめん」
「そっか。じゃ、俺は釣りでも行こうかな」
なんて間の悪い。
なんで今更。
でも、これくらい、いいよね?
私、ずっと我慢してきたんだから。




