5 相談
今日は午後からのシフト。
まだ時間がある。
簡単に家事を済ませ、パソコンに向かう。
ネットを彷徨うと、卑猥な広告が勝手に表示される。
これ見よがしの直球過ぎる表現には、そそられないどころか、げんなりする。
ニーズがあるのだろうか。
私が枯れたのだろうか。
ふと、検索欄にグラッドアイと打ってみた。
昨夜飲んだカクテル。
ヒットしたページをいくつか見ると、「色目を使う」なんて由来が載っている。
すごい名前だ。
増井は知っていて選んだのだろうか。
自分に似合うかどうかはわからないが、なかなか美味しかった。
今夜、職場の飲み会がある。
でも、居酒屋には置いてないだろうな。
残念。
洒落た店など、行く機会は滅多にない。
夫を誘っても、そういう店にはきっと行かないだろう。
よく考えれば、夫と2人で飲みに出掛けたことは無いかもしれない。
サークルでワイワイ飲むことはあったけど。
「やだ、こんな時間」
ボーっとしてる間に午前中は終わった。
慌てて簡単なメイクをする。
5分も掛からない。
どうせ仕事中は釜の湯気でメイクなど落ちてしまうのだ。
自転車を漕いで職場に飛び込むと、大急ぎで着替える。
更衣室を出ると、樹が既に準備万端で待っていた。
今日は閉店まで一緒だ。
始業まで5分。間に合った。
「何かあったんですか?」
「ん?」
「いや、高杉さんが遅刻ギリギリなんて珍しいし、何か今日は色っぽいから」
「は?何を言ってるの。大人をからかわないでちょうだい」
「俺だって成人してますよ。大人です。子ども扱いしないでください」
21歳。自分では大人だと思ってたなあ。
でも、まだまだ若い。
「そっちこそ、何かあった?そんなに突っかかってくるなんて珍しい」
「・・・まあ、色々」
「ま、生きてりゃ色々あるわよ。話くらいなら聞くわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、夜、ちょと相談乗ってもらえますか」
「了解。とりあえず時間だから仕事しましょ」
10時の閉店を待ち、片づけをして、樹と居酒屋に急ぐ。
職場の飲み会は9時からスタートしている。
既に皆、出来上がっている頃だろう。
土曜日の居酒屋。
宴会コースは2時間で追い出されてしまう。
合流するとすぐ、子持ちの主婦がまとめて帰って行った。
酒に弱い店長は隅でつぶれている。
未成年者はウーロン茶片手に、スマホに夢中だ。
毎度思うが、まとまりのない飲み会だ。
サークルの飲み会は、団結していた。
あまり打ち解けていない自分でも、そこにいるだけで楽しかった。
同年代が集まると、それだけで賑やかなのかもしれない。
「ちょっと、高杉さん、聞いてます?」
隣の樹が肩をたたく。
「あ、ごめん。聞いてる聞いてる」
樹は彼女との接し方に悩んでいるようだ。
「奥手な彼女で、キスするだけで震えるんですよ。怯えちゃって」
「大切にしたいんです。無理強いはしたくない。だから我慢してるんですけど」
「好きだから、やっぱり、キス以上もしたくて」
「俺も男なんで」
酒も手伝ったのか、よほど切羽詰っているのか、プライベートなことを赤裸々に話した。
「キスを嫌がってるわけでもないんでしょ?だったらぎゅっと抱きしめて安心させてあげてさあ」
「反応見ながら、少し攻めてもいいんじゃない?お互い成人してるわけだし」
「女だって、あんまり手を出されないと不安だよ。自分のこと本当に好きなのかな?とか、他に誰かいるのかな?とか」
相手が真剣なら、こちらも真剣に応じないと。
年上ぶって経験豊かなふりをして、でも、本心で答えた。
私は、夫に抱かれない自分をそうやって悩んだから。
「次のステップに行ってもいいかもよ」
「そろそろ」と言いかけてやめた。
2人の問題だ。
他人が「そろそろ」なんて決められない。
彼女の気持ちは、彼女にしかわからないんだから。
氷の溶けたモスコミュールをグイッと飲む。
「ちゃんと話し合ってみたらどうかな」
「彼女のこと好きだって大切だって伝えて。その上で彼女の気持ちを確認してみたら?」
樹がグラスを置いてこちらを見つめる。
「強引に迫ったらダメですかね。ちょっと強引な方が女の人は喜ぶんでしょ?」
「なにそれ。誰の受け売り?漫画とかの影響受け過ぎじゃない?」
「違うんですか」
「うーん。人によるでしょ。優しいのがいいって女もいるだろうし。そもそも、好きでもなんでもない相手に強引にされたら怖いわよ」
「高杉さんは?」
「私?私はまあ、多少強引な方がドキッとする・・・かなあ。でも、もちろん、相手によるよ」
「俺は?」
「は?」
あごをつかまれ、上を向かされる。
顔が迫ってくる。
「ちょ・・・何してんの?」
スマホに夢中だった男の子が、顔を上げた。
「ちょ、ほら、皆見てるから。冗談はそこまでにして」
机に突っ伏してる店長の肩がピクリと動く。
寝たふりしてるのか。
「ほら、手、放して」
樹の胸を押し返すが、ビクリともしない。
「これ以上は怒るわよ」
顔をそむけたいのに、ガッシリ掴まれていて動かない。
マズイ。唇が触れそうだ。
「こんばんは」
聞きなれた声に、渾身の力で樹を突き飛ばす。
「ひどいなあ、高杉さん」
ヘラヘラ笑う樹。反省の色は見えない。
冗談にしてはたちが悪い。
慌てて振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた増井が立っていた。