理由 ( SF )
どこかで聞いたような話で申し訳ありません(笑)
それは、やっとのことで、完成した。
それは、この星から脱出する宇宙船。死へと向かうこの星から脱出できる唯一の希望。
ハロルド博士は完成した宇宙船を前に座り込んだ。彼は今年百歳の老人だった。人生のほぼすべてを、この宇宙船造りにかけたといって過言ではない。
彼の多くの助手たちも宇宙船の完成を心から喜んだ。
これでこの星から脱出できる。
「まさか本当に完成するとは思いませんでしたよ、博士」
博士の一番信頼している助手は、思わず本音を言った。
「だって、必要な材料も、環境も、人材も、とにかく不足していたんですから」
博士は黙ったまま、宇宙船を見つめている。
「博士、どうやら相当お疲れのご様子ですね。無理もない。あなたときたら、この八十年間、まるで何かに取りつかれたかのように宇宙船を建造していたんですもの。たくさん失敗もしました。何人もの助手が、度重なるやり直しに、ついには諦めて去っていきました。しかしあなたはこの死にゆく星から人々を救いたい……人類を存続させたいがために、最後まで諦めず、この宇宙船をお造りになったのですよね。ご立派です」
八十年前のある日、ものすごい勢いで宇宙から隕石が衝突して、この星の環境は一変してしまった。
地軸が変わってしまったのか、星の軌道がずれたのか、詳細はわからないが、とにかく天変地異が次々と襲い、建物は崩れ去り、この星の生き物は死んでいった。そしてそれは回復する見込みはなく、ただただ人々はこの星とともに破滅を待つだけであった。
そこに現れたのが、このハロルド博士。
当時二十歳の若き科学者だった。
彼は天才だった。荒廃しきったこの星で材料をかき集め、人材を募り、この星に生き残った人々を全て乗せられる宇宙船造りを開始した。
隕石が衝突する前のこの星の科学水準だったら、ワープ機能付きの宇宙船などすぐに造ることができた。だが今の星には文明と呼べるものすらない。そんな中、ハロルド博士はワープ機能付き宇宙船を造り上げたのだ!
「この星を出発して光速でワープする。目的地は隣の銀河のオット星。隕石が衝突する八十年前までには、何度か交流があった星です。そのようなデータファイルを見つけました。もうオット星に助けを求めるほかありません。さあ博士、皆を乗せて、出発しましょう」
助手は鼻息も荒く、博士を促した。しかしかの老人は、座り込んだまま、うつろな目で宇宙船を見上げるばかり。
(おやおや。目的を果たしたことで一気に力尽きてしまったのかな。そういうことなら仕方ない。僕が主導権を握らせてもらうとするか。どうせ百のおいぼれだ。そら、何か独り言を言っているぞ。ついに呆けたかな)
助手は侮るような目つきで博士を見た。博士は抜け殻のようにぼんやりして、なにやら呟いていた。
「ああ、今、すべて思い出したぞ……私は確かにこの宇宙船に乗って、ここを脱出した。だがワープは上手くいかなかった。どういうわけか時空の歪みに捕らえられ、宇宙船は八十年前のこの星に墜落したのだ。隕石ではない。まさに今出発しようとしているこの宇宙船がこの星を死の星にしたのだ。なんということだ……。時空の歪みのせいで、気がつけば私は二十歳に若返り、今の今まで記憶を失い、ただひたすら何かに追い立てられるかのようにこの宇宙船を造っていた。今なら分かる。私は歴史にこの宇宙船を造らされていたのだ。なぜならすでに宇宙船はこの星に衝突したからだ。宇宙船が衝突したのならその宇宙船を造らねばならぬ。私が若返って、一人だけ助かったのもきっと歴史が決めた、必然なのだろう。ああ、今この宇宙船を破壊すれば歴史は変わるのだろうか。いや、無理だろうな。この歴史の輪を断ち切ることは、きっと無理なのだろう。私は疲れ切っている。きっとすでに、何度も何度も、私は試したのだろう……」