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十月三十一日 (ショートストーリー・ちょっとファンタジー・ハロウィンのお話)

 十月三十一日。太陽が出ていなくて、その日は寒かった。たぶん、昨日より寒かった。

 僕が、長袖のTシャツ一枚だったからかもしれない。半ズボンをはいていたからかもしれない。

 お母さんは、セーターをタンスからだしてくれない。厚い生地の長いズボンもまだだしてくれない。

 お父さんはずっと家に帰って来ない。


 十月三十一日。僕はなんということもない、いつもの普通の道にいた。自分の家に向かっていた。お昼をだいぶすぎていると思う。お腹がなんどもなんどもカエルの声みたいに鳴る。お昼ご飯は食べていない。

 空は灰色の雲がふさいでいる。どこまでも灰色。この道も灰色。じきに真っ暗になるだろう。そんな中を僕はTシャツの袖の中に手をまるめながら、下を向いて、歩いていた。灰色の、家に向かって。


 ふと、足もとに、オレンジ色の何かが落ちているのに気がついた。僕の頭くらいの大きさ。

 持ち上げてみると、それはカボチャのかぶりものだということがわかった。オレンジ色のカボチャ。三角の目が二つ、逆さの三角の鼻が一つ、そしてギザギザの口が、それぞれその形にくりぬかれている。


 なんだろう、これ。


 僕はなんとなく、それを頭からかぶってみた。僕の頭にぴったりだった。かぶると同時に、


「ジャックオランタン!」


 と、男の人でも女の人でもないような声が頭の中に響いた。


「そうだ、僕はジャックオランタンだ」


 僕はふわりと宙に浮き、そのまま空を飛んだ。


 コンビニにたどり着くと、僕はカボチャをかぶったまま「トリックオアトリート!」と店員さんに言った。店員さんは「ハッピーハロウィン!」と僕に笑いかけて、コンビニのお菓子をたくさん僕にくれた。お金を払わなくていいのかな? と思ったけれど、今日は十月三十一日だし、僕はジャックオランタンなんだから、いいのだと思いなおした。


 再び僕は空を飛び(なんと僕の背中にはマントがあった!)町の市役所に降り立った。「トリックオアトリート!」と僕が受付の女の人に言うと、女の人はにっこりして「ハッピーハロウィン!」と言い、たくさんのあめ玉をくれた。僕はそれをひとつ口に放り込んだ。あまずっぱい、レモンのような、みかんのような味がした。


 その次は公園で犬の散歩をしているおじいさんに「トリックオアトリート!」おじいさんは「ハッピーハロウィン!」としわくちゃの顔をくしゃくしゃにして笑い、ボケットからだしたミルクチョコレートを僕にくれた。おじいさんの手はあたたかかった。そばにいたおじいさんの愛犬も、わんわんとしっぽを振り、くわえていた骨のおもちゃをくれた。


 それからも、僕は空を飛びながら、色々な所をまわった。

 商店街で、「トリックオアトリート!」「ハッピーハロウィン!」

 床屋さんで「トリックオアトリート!」「ハッピーハロウィン!」

 眼鏡屋さんで「トリックオアトリート!」「ハッピーハロウィン!」

 ただ歩いている人に「トリックオアトリート!」「ハッピーハロウィン!」

 だれかの家で「トリックオアトリート!」「ハッピーハロウィン!」


 両手いっぱいのお菓子。食べても食べてもなくならない。もうお腹いっぱい。とっくに日も暮れて、あたりは真っ暗。厚い雲に月はかくれて、星の瞬き一つもない。

 そろそろ家に帰ろうかな。

 僕はカボチャのかぶりものを脱ごうとした。けれど、カボチャは頭からどうやっても抜けなかった。

 でも、僕はジャックオランタンなんだから、脱ぐ必要なんてどこにもないんだとすぐに気がついた。

 

 僕は自由さ。


 僕はジャックオランタン。お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞ。そうやって、色々な場所をまわる。みんな僕に笑いかけてくれて、お菓子をたくさんくれる。誰も僕をぶったりしない。もうお腹はすいてない。いつのまにか体もぽかぽかだ。


 だけど、十月三十一日が終わったら、僕はどこへ行くのだろう。僕は何になるのだろう。あてもなく、さまようのだろうか。それもいいかもしれない。


 真っ暗な空を飛びながらふと見下ろすと、僕の目に、古びた二階建てのアパートが映った。僕は胸に冷たい風が走ったような気がして、そのアパートの方に降りていく。ニ階の一番はじっこの部屋に、明りは点いていない。真っ暗な部屋。

 僕の半ズボンのポケットには、この部屋のドアの鍵が入っている。

 もう使うことはないだろう。僕は泣きそうになった。

「ハッピーハロウィン」

 小さく呟いて、僕は再び月も星もない空へと上昇する。

 ハッピーハロウィン。そしてさようなら、お母さん。


 さようなら、みんな。


 あと少しで、十月三十一日が終わる。 

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