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冬の記憶(改稿版)(SF  ちょっと長いお話)

冬童話2013で書いた「冬の記憶」を大幅に改稿したものです。色々詰め込みました。相変わらず童話という体裁を無視しております。SFだと思ってください。

 トリムはベッドの上にうつ伏せになって眠っていた。深い深い眠りだった。毛布一枚も掛けてはいなかったが、部屋の空調設備は万全で、問題はない。

 ここ数週間ほぼ休みなしで仕事をしていたため、彼女は部屋に帰るなり着替えもせずベッドに倒れた。一瞬のうちに、まるで底知れぬ穴の中に落ちていくかのように現実世界をシャットアウトしたトリムは、数週間ぶりの休息らしい休息を心ゆくまで堪能していた。

 だから、約十二時間後、うっかりカードキーをかけ忘れた自分の部屋に、腐れ縁ともいえる幼馴染が勝手に侵入して来て、隠してあった菓子をベッドのすぐ隣でばりぼり大きな音を立てて食べていても、全く起きる気配はない。


 ということはなかった。


「わたしのお菓子!」

 トリムは突如そう叫んで跳ね起き、隣でばりぼりやってる幼馴染の方を向いた。が、思考は完全に覚醒しておらず、その目はまだ開いていない。当の幼馴染、ホウプという青年はトリムの突然の叫びに驚いて、手にしていた菓子を床にばら撒いてしまった。

「ああ、もったいない」

 ホウプはすぐさま床に這いつくばる格好で拾った。「ふう。袋で小分けされている菓子でよかった。中身丸出しの菓子だったら床に落ちた瞬間食えなくなるところだ。とんでもなく汚ねえ床だ。最後に一体こいつはいつ掃除したんだ、それでも女か」

「とか、今あんた、思いながら拾ってんでしょ」

 トリムは冷めた目を四つん這いになっている幼馴染に向けた。ようやく薄目を開け、底知れぬ眠りの世界から現実に戻ってきたところだった。寝癖で頭の上が台風通過後のように渦を巻いている。

「俺の気持ちを代弁できるぐらいなら、実行に移してもらいたいね」

「よ・け・い・な・お・せ・わ」

 トリムはそう言い放つとベッドから立ちあがり、顔を洗いに洗面所へ向かった。トリムが鏡の前に立つと照明が自動的につき、消毒された水が容器に入ったまま手元に現れる。

 目の前の鏡には二十五歳の可もなく不可もなくといった顔立ちの女が映っている。眉だけが異様に凛々しい。見あきた自分の顔は連日の徹夜で幾分老けて見え、トリムはげんなりした。

「ったく、お菓子は貴重なんだから、勝手に食べないでよ。ていうかそれ一個五百アースだから。それ十ニ個入りだから六千アース、ちゃんと払ってよね」

 トリムは顔を洗い、タオルで拭きながら言った。使った水はリサイクルできるようにセットする。水も貴重品だ。

「ろ、六千アース? ぼったくりだよ、そんな金あるかよ。てか、それが恋人に言うセリフかよ」

 ホウプは冗談だと分かっていながらも膨れてみせた。六千アースは冗談なんかじゃないけどね。トリムは二十三にもなってふくれっ面をしている恋人を見つめた。トリムとは対照的に、うすい眉をしている。というかホウプは顔のつくり全てが薄い。お前は曇りガラスかと問いたくなるほど、特徴的なパーツがなく、全てがぼんやりしていて、薄い。ちなみに髪の毛は一応、まだ、ある。


 え? 幼馴染じゃないの? 恋人なの? と不思議に思う読者の方もいらっしゃるだろうが、ごく最近

幼馴染から恋人へと発展したわけなので、その境界は未だあいまいなのである。


「恋人」という言葉に恥ずかしさを感じて、トリムは話題を変えた。

「あんた、なんでわたしの部屋パーソナルスペースにいるの? 今日仕事じゃないの? まさかまたクビ?」

「違うって。昨日工事してたらちょっとした発見があってさ、今日は急きょ仕事休みなんだよ。いやあ、昨日の工事は大変だったぜ。新しくパーソナルスペース造りたいってのはいいんだけど、それが可能な限り地中深くに造ってくれってんだよ。依頼人は婆さんなんだけど、地球を離れたくないって……あ、いや、ごめん」

 ホウプはしまった、というように俯いた。

「ううん、いいよ。それより、ちょっとした発見ってのは、その工事中にあったの?」トリムは特に表情を変えず、聞いた。

「ああ、うん。その発見で工事は一旦中止でさ。なんと、地中から、大昔の絵が見つかったんだよ」


 *** *** ***


「大昔の、絵? 絵って、絵具とかで描いた絵でしょ?」

「そう。絵画。ちょっとしてから研究員風の男がやってきて、年代一発測定機でピピッと調べたら、どうやら古代のもんらしい。実はこっそり写真とったんだ。見る? 現物は考古学や絵画の専門家が詳しく調べるために持って行っちまったから」

 ホウプはそう言うなり上着のポケットからペンライトのようなものを取り出した。二つ三つボタンを押してからトリムの乱雑な部屋の一角に、光を放つ。

「あーあ、部屋が散らかりすぎてて撮った写真を映し出せるだけの場所がないぜ」

「天井に映せばいいでしょ」

「あ、そっか」

 ホウプはペンライトもどきを天井に向け、ボタンを押し、「写真」を天井に映し出した。

「ちょっと拡大するぜ」


「わあ」

 トリムはほとんど無意識に声を上げていた。単純に、この絵を綺麗だと感じたからだ。

 天井いっぱいに大きく映し出された大昔の絵画は、一言で簡潔に言うと、白い中の赤い少女の絵だった。キャンパス真ん中に小さくぽつんと、真っ赤な奇妙な服を着ている十歳位の幼い少女が、見下ろす形で描かれている。十歳くらいといっても、絵に対して少女がとても小さく描かれていて、顔のつくりや背丈がよく分からないため、年齢は判然としない。もしかしたら、もう少し幼いのかもしれないし、また逆にもう少し年上なのかもしれない。

 赤い服の少女は頭上から降ってくる白くまるいものを、受けとめようとするかのように両手を広げて立っている。まっ白な中で無邪気に楽しそうにはしゃいでいる、そんな風にトリムには感じられた。

 少女の頭上から降ってきている白いものが、少女の足もとに積もっていっているのだろう。そんなふうに見える。少女と白以外のところは、黒く塗られていた。

 とても、綺麗な絵だ。とても丁寧に描かれている。少女の浮かれて弾む心が伝わってくるようで、こちらまで心の温度が上がる。いた人は、きっと強い思いをこの絵に込めていたに違いない。トリムにはなぜかそう思えた。


「な? なんか感動する絵だろ? 女の子が世界を造ってる絵」

「は?」

 ホウプの突拍子もない絵画の解釈に、トリムは目を丸くして彼を見た。誰が、何を造ったって?

 トリムの疑問に満ちた視線を、「お願い、ホウプ、あなたの鋭く天才的な感性でこの絵のことを上手く説明して」だと勘違いしたホウプは自信満々に絵についての自己解釈を述べた。

「どう見たって、これは、あれだよ、女の子が今まさに世界を造っている、という意味の絵だよ。そういう非現実的で、たとえの絵なんだ。女の子を見てみろよ。見たこともない赤い洋服を着て、首にも赤い何かを巻いて、手も真っ赤だぜ。きっと、俺らとは違う人間なんだよ。この女の子は、白い丸を積み上げて、まさに白い世界を造っているのさ。新しい世界をね」

「ファンタジー小説みたいね。あ、あんた書いてるんだっけ? 小説」

「真面目に聞けよな」

 ホウプは真っ赤になった。小説を書いているのは本当らしい。トリムは年上のお姉さんらしい含み笑いをして、もう一度絵を見た。絵の解釈は人それぞれだ。それほど、この絵は不思議だった。

 トリムの生まれてからの記憶には、この絵のような場所は存在しない。

(わたしが知っているのは、散らかり放題の自分の部屋と、意外と綺麗に片付いているホウプの部屋と、自分の両親の部屋と、仲間がいる仕事場と、たまにくつろぐヒーリングルームと、あとは、そうだ、熱に覆われた地上。灼熱の大地。白い世界なんて、知らない)

 知らないのに。

 この絵はわたしの胸をたしかにえぐる。突きあげる。なぜだろう。突きあげるこのどこか優しい激しさは、どこから来るのだろう。嫌な感じではけっしてない。この絵を、自分ではなく、自分を構成している物質が歓迎しているのだ。快く迎えている。懐かしく、迎えている。


「この絵ってさ、なんか惹きつけられるよな。だから君に見せたかったわけなんだけど」

 天井に映し出された絵画にただただ魅入っているトリムに向かって、ホウプは柔らかく笑いかけ、さりげなく後半部分を強調して言った。そのまま彼はもそもそとトリムのほうに近づくと、彼女の肩をそっと抱いて、その半開きになった唇を塞いだ。


 *** *** ***


 赤い幼い少女が身に付けてるのが赤いコートとマフラー、手袋だと、今この地球上の一体誰が気付けただろうか。コートもマフラーも手袋も、そう言った防寒着は今の地球に必要ないものだった。

 トリムたち人類はずっとずっと前から地球の地下で暮らしている。地上は高温で、ヒトが住むのに適さないからだ。地下に人の文明を築いた世界、それが今の地球の姿だ。

 トリムもホウプも生まれたときから地下で生活している。トリムの両親も、その親も、そのまた親も同様だ。それが当り前の生き方だった。

「大昔、人類は地上で生活していた」そんなことは皆なんとなく知識として知っていることで、トリムたちには一体どう生活していたのか、想像もつかない。「以前地上は人類が住むのに適した気温だった」これも知識としては皆学ぶことだが、じゃあどうして今はこうなったのか、そのことについては様々な考えが出されているが、どれも推測の域を出ておらず、確信的なことは何一つ分かっていない。古代人が地球を酷使したためだとか、地球の軌道が変わってしまったのだとか、軌道が変わったのは古代人の恐るべき科学の力だとか(実際古代人はかなり高い文明を持っていて、その文明が地下世界を造り、わたしたちに継承されているのだといわれている)いやいや変わったのは我々人類の方で、大昔は超高温の大地で生活していたのだという説まである。

「ねえ、ホウプ」

 トリムはホウプにそっと寄りかかりながら呟いた。

「その見つかった絵って言うのは、地中から見つかったのよね? よく、綺麗なまま発見されたね」 

「ああ、とても頑丈な入れ物に守られていたからね。透明なケース。透明だったから中身が絵だと分かったんだ。取り出した絵自体にも、耐熱加工と耐菌加工がちゃんとされていた。これを地中に隠した人は、これを見つけて欲しかったのかな」

 ホウプはトリムに頬を寄せながら低く囁く。「絵を描いた本人が、隠したのかな」

 何のために?

 トリムはホウプの体温を感じながら考えを巡らせた。

 わからない。

 そもそも何の絵なのかさっぱりだ。この少女の方へと降るような白いものは何? トリムは少女の世界構築というファンタジックなことをいうけれど。わたしは。

 トリムは直感的に大昔の地上の風景ではないかと感じていた。何を根拠にそう思うのか、と聞かれても、明確な説明は出来ない。強いて言うなら懐かしさだ。トリムのなかの細胞が、この少女に降り積もる白いものを、もう取り戻せない何かを懐かしんでいる。トリムの細胞もまた、地球だからだ。地球が、懐かしんでいる。トリムは地球にあるものから生みだされ、死んだら地球に返っていくはずなのだ。

 だけど。トリムは、いや、人類は、地球を捨てていこうとしている。

 トリムはホウプの目をまっすぐに見て、おもむろに言った。

「もうすぐ完成するよ。『夢鳥』(ゆめどり)が。今の地球人口全て乗せられる。完成したら機体テストだけど、今までの試作品データから見て、まったく問題はない。地上の大気、温度などの環境にはもちろん耐えられる。全員搭乗したら、地下から宇宙にとばす」

 ホウプも思わず真剣な顔になる。

「そうか。ここんとこ、徹夜続きだったもんな。心配してたんだぜ。いくら君が優秀だからって、こう休みも無しじゃ」

「仕方ないよ。はっきり言って、時間がない」

 科学技術者であるトリムにははっきりと分かっていた。もう人類はこれ以上地球に住めない。地球では生きていけない。年々上がる地球の温度、逆に下がる人類の平均寿命、そして出生率。かなりの高水準の科学技術を駆使して遺伝子までも操作しても、もうダメだった。人類は地球の内部に新たな生活圏を築いたが、コンピューターがはじき出した結果は、このままでは近いうち人類は終焉を迎えるというものだった。

 地上は熱波に覆われていたが、地下から宇宙の様子を調べることは可能だった。ときには宇宙に向けて有人宇宙船をとばす。そして見つけた。われわれ人類が地上で暮らせる星。トリムの曾祖母が科学者として現役だったころのことだ。同時に大型宇宙船「夢鳥」の建造が始まった。


 人類は「夢鳥」に乗って、地球を捨て去る。


「大昔の絵を見て、センチになってる場合じゃないね」

 トリムはホウプから目をそらし、笑いながら言った。自分でもひきつった笑いだと感じた。この綺麗な絵は「夢鳥」に乗せられるだろうか。

「宇宙は巡る」

「は?」

 耳元でホウプがいきなり囁いたので、トリムはまた彼を見つめた。

「地球だって、宇宙の一部だ。いつかは終わるよ。だけどそれは宇宙に還るだけさ。俺らとおんなじ、巡ってるのさ」

「さすが、小説化志望。よく分かんないけど、分かったような、もっともらしいこと言うね」

「おい」

 ホウプが怒ったふりをして、もう一度、キスをしようとした。トリムはそれを交わすふりをして、自分から口づけた。甘いお菓子の味がする。


 巡っていつか人類はまた地球と出会うのだろうか。懐かしさとともに。


「やっぱさ、この絵は予言の絵なんだよ、そうに違いない」

 ホウプが突然思いついたように天井に映し出された絵を見上げて言った。

「予言?」

「そう。俺ら人間は新しい世界を造るんだ、夢鳥に乗って。そうだろ? この赤い女の子みたいに、一から造るんだ」

 なんとポジティブな……。

 トリムは半ば呆れ、半ば頼もしく思って、隣の恋人を見つめた。


 やがてペンライトもどきのエネルギーが切れ、天井の絵が消えた。


 ホウプが転寝をはじめたので、トリムはもうさんざん眠って眠くなかったが、目を静かに閉じた。そして、やがて自分とホウプの鼓動が一つになるのを感じ、夢鳥が羽ばたくのを思い描いた。


 

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