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あのこがほしい (短編 ダーク系 暗い話)

ちょっと長いです。わたしのなかではホラーです。ダークです。

 今日も綾女あやめちゃんは、理沙りさちゃんといっしょにいる。

 まどかは教室の黒板がある方の入り口に突っ立って、二人を眺めていた。綾女ちゃんと理沙ちゃんは携帯電話を取り出して、楽しそうに笑いあっている。

 わたし、携帯電話なんて持っていないのに。綾女ちゃん、わたしに内緒でいつ買ったんだろう。

 綾女ちゃんとわたしは、親友同士なのに。

 まどかはTシャツの裾を両手でぎゅっと握りしめた。


「ねえねえ綾女ちゃん、どうしてまどかちゃんなんかと仲がいいの?」

 理沙ちゃんの大人ぶった声が聞こえて、まどかはトイレの個室から出られなくなってしまった。

「まどかちゃんって、はっきり言って、暗いじゃん。一緒にいて、楽しいの?」

 暗いじゃん、のところに馬鹿にした調子をはっきりと込めていた。

「わたしとまどかは親友だから」

 綾女ちゃんは穏やかに、ふわりと優しい声で答えた。まどかの胸は熱くなった。知らないうちに個室のドアに耳を押しつけていた。

 どうやら二人はトイレを使いに来たわけじゃなくて、入り口近くの手洗い場に掛っている鏡を使って、髪形チェックをしにきたらしい。二人ともクラスではオシャレな方だから。綾女ちゃんの方がだんぜん、美人だけど。

「ふうん。ね、今度都心までショッピングに行こうよ。まどかちゃんは興味ないだろうから、あたしたち二人でさ。」

 理沙ちゃんの甲高い声が響いた。

 なんて頭にうるさく鳴り響いて、カンに障る声なのだろう。その上、あの綾女ちゃんに対する態度と来たら。馴れ馴れしいにもほどがある。

 まどかはお腹のあたりから怒りがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。


 綾女ちゃんとわたしは小学校に入学したときからの仲良しなんだよ。人見知りでなかなか友達ができないわたしに綾女ちゃんが話しかけてくれたんだ。

 今でもその場面、はっきりと思い出せる。

 すっかり気のあったわたしたちは、それ以来五年生になる今までずっと仲良し。こういうの、親友っていうんだよね。二人でいろんなことして遊んだ。宿題を見せっこしたり、二人でいたずらをして叱られたりもした。わたし、綾女ちゃんと一緒なら、いつもより勇気がでるんだ。

 それなのに。

 最近綾女ちゃんは理沙ちゃんと仲がいい。最新のファッションや、昨日の連続ドラマや、芸能人の話をいつも一緒にしてる。わたしはそういう話はよく分からないから入っていけない。一緒に図書室へ行ったり、一緒にお絵かきしてるのはだめなの?


 「ショッピングかあ、うん、いいよ。まどかには内緒ね」

 綾女ちゃんの弾んだ声が聞こえて、まどかははっとした。

 綾女ちゃんの心から嬉しそうな声。

 まどかはとっさにお腹を抱えた。なんだかお腹が一気に空っぽになってしまって、体がクウドウになってしまって、今にもくずおれそうだった。

 まどかは結局、二人が立ち去るまで個室にうずくまっていた。


 携帯電話なんて、没収されちゃえばいいのに。

 お昼休みが終わって、五時間目の社会の時間。まどかは斜め前の席で必死にメールを打つ理沙ちゃんを暗い目で睨みつけた。まどかのクラスの担任は社会にかぎらず他の科目もひたすら板書するだけなので、児童の授業態度になんにも気付かない。いや、気づいてはいるが見ていないふりをしているのだ。他の子も、何人かは堂々と机に突っ伏して眠っていた。

 うちの小学校は学校に携帯電話を持ってきてもいいことになっている。理由は、この学校の児童が去年とおととし、続けて二人、謎の失踪をしたからだ。行方不明になったのはいずれも女子児童で、おととしは三年生、去年は四年生だ。つまりはまどかと同学年ということになる。二人ともいまだ見つかっていない。

 今年も失踪者が出やしないかと、大人たちはかなり心配していて、防犯の意味を込めて児童達の携帯電話の所持をみとめている。通学路には交代で行き帰り保護者が見張り、寄り道道草は厳禁となった。


 綾女ちゃんと理沙ちゃんはある日、おそろいの携帯ストラップを付けていた。まどかは勇気を出して綾女ちゃんに聞いた。

「二人だけででかけたの?」

「だってまどかちゃんは興味ないでしょ、ショッピング。携帯電話も持ってないし」

 横にいた理沙ちゃんが聞いてもいないのに答えた。せせら笑っていた。綾女ちゃんは困ったような顔でまどかと理沙ちゃんを交互に見ると、

「今日の帰り、三人で遊ぼうよ。ほら、いつものところで」

 と提案した。

 いつものところ、というのは学校の裏手にある広い土地のことで、ここは綾女ちゃんの家の私有地である。全く手入れされておらず、草が生い茂り、花がところどころ自分勝手に咲き、いろんな虫たちの住処となっている。まどかは失望した。

 あそこはわたしと綾女ちゃんの秘密の場所なのに。理沙ちゃんを仲間に入れちゃうの?

「そんなところがあるんだ。へえ、綾女ちゃん家の土地なの?綾女ちゃん家はお金持ちだなあ」

 まどかの暗い気持ちにまったく気付かず、理沙ちゃんはかなり乗り気になり、結局、学校帰りに寄ることになった。寄り道は厳禁だが、いちいち家まで戻るのが面倒くさいし、委員会で遅くなったとか、ウソをつけばよいことだ。

「わたしの携帯、GPSついてるから、教室に置いていこっと」

 どこか誇らしげに、理沙ちゃんが言う。「わたしのはついてないから」そう言いながらお愛想笑いをする綾女ちゃんが他人のように見えて、まどかは胸が苦しくなった。

 綾女ちゃんを、とられちゃう。

 まどかの体の中は、苛立ちと憎しみ、それと恐怖でいっぱいになった。綾女ちゃんが自分からいなくなってしまったら、一体どうしたらいいのか。

 するべきことは、一つのような気がした。



「えっ。何ここ。わっ虫が飛んでるよお」

 秘密の場所に着くなり理沙ちゃんは「こんな場所ありえない」というリアクションをとった。それもそのはずである。広さだけはたっぷりとあるが荒れ放題のこの土地に、ヘアアイロンで巻いた髪をリボンカチューシャでばっちりきめている理沙ちゃんは、どこをどう見ても浮いていた。チェックのミニスカートからのぞく脚は蚊にさされてボロボロになるだろう。綾女ちゃんもミニスカートだったが脚はニーハイソックスで守られているし、まどかはジーンズだった。

「あっ、学校に忘れ物しちゃった。ごめん、二人ともここで待ってて」

 そう言って綾女ちゃんがいなくなり、まどかと二人きりになると、理沙ちゃんはまどかに向かって露骨に文句を吐きだした。

「マジ信じらんない。何なのここ。ねえまどかちゃん、ほんとにいつもこんなとこで綾女ちゃんと遊んでんの?信じらんない」

 まどかは黙ってその文句を聞いていた。次々と文句を吐きだす理沙ちゃんのその顔は、美しい綾女ちゃんと違って、潰れた豚のように醜いとまどかは思い、彼女を直視せず、心の中で毒づいた。

 信じらんなくて結構。わたしはここで綾女ちゃんとお花を摘んだり、ごっこ遊びをしたり、バッタを捕まえたり、いろいろ楽しいんだから。わたしにはあんたがここにいる方が信じらんないよ。

 まどかはいっこうに荒れ地の奥に入ろうとしない理沙ちゃんに、あるものを見せつけるように、右手で高く掲げた。

「ちょっと聞いてんの?って、それあたしの携帯じゃん!なんであんた持ってんの?教室に置いてきたのに」

 激しく吠える理沙ちゃんを尻目に、まどかは奥へ奥へと走りだした。「まちなよ!」理沙ちゃんは追いかけてきた。奥はまどかや理沙ちゃんの背丈以上に草が生い茂り、視界を遮っていた。

 まどかはその場所にたどり着くと、後ろを振り返った。ほどなくして理沙ちゃんがやってきて、まどかを口々に罵りながら、こっちへ駆けてくる。豚さんこちら。まどかはつぶやいた。理沙ちゃんがあと三メートルとまどかに近づいたとき、あっけなく理沙ちゃんの足場が崩れ、理沙ちゃんはいなくなった。落ちたのだ。深い深い闇の底へ。

 理沙ちゃんが落ちたのは古い井戸らしき四角い穴だった。穴を囲む四角い淵は、まどかの膝ほどしか高さがなく、周りに土をうまく盛ってやれば、立派な落とし穴だ。二年前、偶然まどかが見つけた穴だった。

 まどかはそっと穴を覗き込む。なんの音もしなかった。前と同じだとまどかは思った。

 ぽっかりと口をあけたそこに、まどかは隠しておいた木の蓋をして、目印に石で重しをした。一仕事終えて、息をつく。やれやれ、この前からこっそり準備しといてよかった。こうなるんじゃないかと思ってたんだよね。理沙のやつ、綾女ちゃんにべたべたして、うっとうしくてしょうがなかった。理沙がいけないんだよ。わたしから、わたしの一番大切な親友を奪おうとするから。綾女ちゃんもタイミング良くここへ来ようって提案してくれた。おびきだす手間がはぶけて助かったよ。

 まどかは理沙ちゃんの携帯電話をジーンズのポケットにねじ込んだ。


 それから少しして、綾女ちゃんが戻って来た。「ごめんごめん」と謝る姿も可愛いとまどかは思う。

「理沙ちゃん、急用ができたから、帰るってさ」

 まどかはさらりと言った。

「えっそうなの。やっぱりこういうところは嫌なのかな。気を悪くさせちゃったかな、わたし」

 綾女ちゃんはしゅんとしてうなだれた。まどかはその姿を心底愛しく思い、綾女ちゃんの手を取って、こう励ました。

「気にすることないよ。理沙ちゃんがどうあっても、わたしはずっと綾女ちゃんの親友だよ。来て。向こうにニチニチソウが咲いてるの、一緒に見よう」

 綾女ちゃんはまどかのジーンズのポケットのふくらみと、そこからはみだしているストラップにほんの一瞬目をやった。まどかは気付いていない。まどかは綾女ちゃんの手を握りしめ、溶けそうな笑顔を綾女ちゃんに向けている。


 可愛いわたしのまどか。


 綾女ちゃんは心でほくそ笑んだ。

 ごめんね、まどか。だってやきもちを焼くあなたがとっても可愛いんだもの。去年もおととしも、あなたはわたしをとられまいと躍起になったね。わたしのためなら殺しだってするんだね。

 わたしのためなら人殺しだって平気でする、そんなまどかが、わたし大好きだよ。ずっと、ずっと親友でいようね。


「わあ、ほんと。案内して、まどか。可愛いんだろうな」


 綾女ちゃんはいつも通りの、ふわりとした優しい声で答えた。

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