素直になれない僕と君
改札の向こうに、彼女が立っていた。
二年ぶりではない。画面越しには何度も会っているし、たまに電話だってした。けれど、実際に同じ空気を吸って、同じ温度を感じるのは、遠距離が始まってから初めてだった。
少し伸びた髪も、眠たそうに細める目も、何も変わっていない。なのに、胸の奥だけが妙にざわついていた。
「久しぶり」
彼女は笑った。
僕も笑った。
その瞬間だけで、本当は十分なはずだった。
僕には、彼女に合わせすぎてしまう癖がある。
本当は毎日LINEをしたかった。
今日あったこととか、くだらない写真とか、「おはよう」と「おやすみ」だけでも送りたかった。
でも彼女は、連絡を頻繁に取るタイプじゃなかった。
LINEは必要な時だけでいい、そういう人だった。
だから僕も平気なふりをした。
連絡が少なくても寂しくないふり。
返信を待っていないふり。
会えなくても慣れているふり。
そうやって、自分の気持ちを少しずつ押し込めながら、二年が過ぎた。
駅前のカフェで、彼女はストローをいじりながら言った。
「なんかさ、私たち、全然進展してないよね」
一瞬、言葉の意味がわからなかった。
進展してない。
その言葉が、ゆっくり胸の奥に沈んでいく。
――合わせてきたのに。
喉まで出かかった言葉を、僕は飲み込んだ。
君が嫌がるなら連絡を減らした。
重いと思われたくなくて、寂しいとも言わなかった。
ちゃんと“いい彼氏”でいようとしてきた。
なのに。
少しだけ怒りに似た感情が湧いた。
でも、それを表に出せるほど、僕は強くなかった。
彼女は静かに続けた。
「これから、どうしたい?」
その言葉で、急に空気が冷えた気がした。
別れ話だ。
そう思った瞬間、心臓が嫌なくらい大きく鳴った。
耐えられなくなって、僕は先に聞いてしまった。
「……別れたいの?」
彼女は少し驚いた顔をして、それからすぐに首を横に振った。
「そんなことないよ」
まっすぐ僕を見る。
「むしろ、たぶん私の方が好きだよ」
冗談みたいに笑いながら、彼女はそう言った。
その瞬間、わからなくなった。
じゃあ、なんで。
なんでこんなに苦しいんだろう。
たぶん僕は、彼女に合わせることに必死になりすぎて、自分の気持ちをどこかに置いてきてしまったんだと思う。
“好き”の伝え方を削って、寂しさを隠して、そうしているうちに、自分でも本音が見えなくなっていた。
それでも。
帰り際、人通りの少ない夜道で、彼女は自然に僕の腕を掴んだ。
抱きしめると、ちゃんと彼女の温度があった。
細い肩も、柔らかい髪も、少し速い鼓動も。
ああ、好きなんだ、と思った。
言葉じゃ足りないものを、確かにそこに感じた。
きっと僕たちは、会わなきゃいけない。
画面越しじゃなくて、同じ景色を見て、同じ時間を過ごして、触れ合って、少しずつ愛を確かめなきゃいけない。
遠距離でも続く恋じゃなくて。
遠距離だからこそ、ちゃんと育てなきゃいけない恋なんだ。




