表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

素直になれない僕と君

掲載日:2026/05/08

改札の向こうに、彼女が立っていた。


 二年ぶりではない。画面越しには何度も会っているし、たまに電話だってした。けれど、実際に同じ空気を吸って、同じ温度を感じるのは、遠距離が始まってから初めてだった。


 少し伸びた髪も、眠たそうに細める目も、何も変わっていない。なのに、胸の奥だけが妙にざわついていた。


「久しぶり」


 彼女は笑った。

 僕も笑った。


 その瞬間だけで、本当は十分なはずだった。


 僕には、彼女に合わせすぎてしまう癖がある。


 本当は毎日LINEをしたかった。

 今日あったこととか、くだらない写真とか、「おはよう」と「おやすみ」だけでも送りたかった。


 でも彼女は、連絡を頻繁に取るタイプじゃなかった。

 LINEは必要な時だけでいい、そういう人だった。


 だから僕も平気なふりをした。


 連絡が少なくても寂しくないふり。

 返信を待っていないふり。

 会えなくても慣れているふり。


 そうやって、自分の気持ちを少しずつ押し込めながら、二年が過ぎた。


 駅前のカフェで、彼女はストローをいじりながら言った。


「なんかさ、私たち、全然進展してないよね」


 一瞬、言葉の意味がわからなかった。


 進展してない。


 その言葉が、ゆっくり胸の奥に沈んでいく。


 ――合わせてきたのに。


 喉まで出かかった言葉を、僕は飲み込んだ。


 君が嫌がるなら連絡を減らした。

 重いと思われたくなくて、寂しいとも言わなかった。

 ちゃんと“いい彼氏”でいようとしてきた。


 なのに。


 少しだけ怒りに似た感情が湧いた。

 でも、それを表に出せるほど、僕は強くなかった。


 彼女は静かに続けた。


「これから、どうしたい?」


 その言葉で、急に空気が冷えた気がした。


 別れ話だ。


 そう思った瞬間、心臓が嫌なくらい大きく鳴った。


 耐えられなくなって、僕は先に聞いてしまった。


「……別れたいの?」


 彼女は少し驚いた顔をして、それからすぐに首を横に振った。


「そんなことないよ」


 まっすぐ僕を見る。


「むしろ、たぶん私の方が好きだよ」


 冗談みたいに笑いながら、彼女はそう言った。


 その瞬間、わからなくなった。


 じゃあ、なんで。

 なんでこんなに苦しいんだろう。


 たぶん僕は、彼女に合わせることに必死になりすぎて、自分の気持ちをどこかに置いてきてしまったんだと思う。


 “好き”の伝え方を削って、寂しさを隠して、そうしているうちに、自分でも本音が見えなくなっていた。


 それでも。


 帰り際、人通りの少ない夜道で、彼女は自然に僕の腕を掴んだ。


 抱きしめると、ちゃんと彼女の温度があった。


 細い肩も、柔らかい髪も、少し速い鼓動も。


 ああ、好きなんだ、と思った。


 言葉じゃ足りないものを、確かにそこに感じた。


 きっと僕たちは、会わなきゃいけない。


 画面越しじゃなくて、同じ景色を見て、同じ時間を過ごして、触れ合って、少しずつ愛を確かめなきゃいけない。


 遠距離でも続く恋じゃなくて。


 遠距離だからこそ、ちゃんと育てなきゃいけない恋なんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ