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砂時計の通貨  作者: うさく


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2/2

花火な人生

コンビニの自動ドアが開くと、ねっとりとした夏の夜明けの空気がまとわりついてきた。

 

 背後でレジの無機質な通知音が響く。


『決済を完了しました。16分40秒を消費します』

 

 脳を直接撫でるような不快な響き。

 俺――ハルトは、手に持った缶コーヒーを軽く振った。

 

 さっき、レジで俺の隣に並んでいた冴えないスーツ姿の男。

 あいつはこのコーヒーを手に入れるのに、たったの「8分20秒」しか支払っていなかった。

 

 この世界では、他人の網膜に浮かぶ数字は誰にも見えない。

 だが、レジが告げる「決済時間」を聞けば、その人間が社会のどの位置に立っているかは一目瞭然だ。

 

 あいつのレートは、標準的な一般市民級。

 それに引き換え、俺の網膜に刻まれているのは、社会から「不適合者」の烙印を押された証――【非貢献民】という重い足枷だ。

 

 同じ味、同じ温度のコーヒーを飲むために、俺はあいつの二倍の未来を差し出さなければならない。

 

「……くだらねえ」

 

 一口飲めば、カフェインが眠気を叩き起こす。

 その快感と引き換えに、俺から「16分40秒」分の寿命が零れ落ちていく。

 

 俺はそのまま、夜明けの街を歩いてアパートへと向かう。

 数時間前までいたラウンジの、狂騒の余韻がまだ体の中に残っていた。

 

 お気に入りの女を隣に座らせ、彼女のグラスにも惜しげもなく酒を注ぐ。


この世界の店に「利益」なんて概念はないが、生成コストの極めて高いビンテージボトルを開ければ、それ相応の莫大な対価を要求される。

 ましてや、俺の非貢献民のレートで女の拘束時間を買い、彼女の分の酒まで奢るとなれば、その支払いは一般市民とは比べ物にならないほど跳ね上がる。

 

 昨夜、俺は最高級のボトルを何本も空け、彼女と一緒に飲み干した。

 ただ隣で笑い合い、酔いに身を任せる。

 たったそれだけの一晩で、俺の未来からはごっそりと「1年分」の命が消し飛んだ。


『ねえ、ハルト。今度、遠くへ旅行に行かない?』


酔いで頬を赤らめた彼女が、俺の肩にもたれかかって甘えてきたのを思い出す。


『いいぜ。どこに行きたい?』

『うーん……南の島! 綺麗な海が見たいな。でも……移動費も滞在費も、ものすごい時間がかかっちゃうし……』


彼女のレートでも、贅沢な旅行となれば数ヶ月分の命が飛ぶのだろう。

 俺はグラスの氷を揺らしながら、鼻で笑って答えた。


『気にするな。お前の拘束時間も、旅費も、全部俺が払ってやるよ』

『えっ……ほんとに? でも、ハルトのレートじゃ、下手したら何年分も……』

『だからなんだよ。お前が隣で笑ってくれるなら、安いもんだろ』


そんなふうに見栄を張って、俺はまた馬鹿高いボトルを空けたのだ。


あいつら「賢い」連中からすれば、俺は救いようのない馬鹿に見えるだろう。

 一晩の酒のために、寿命を一年も捨てるなんて、と。

 

 だが、俺に言わせりゃ、あいつらの人生のほうがよっぽど反吐が出る。


せっかくインフラが完全に保障されてて、生まれつき「百二十年」っていう山ほどの財産があるってのに。

 わざわざその『レート』とやらを守るために、毎日せっせと首輪をつけて働きに行くんだからな。

 

 俺は狭いアパートに帰り、部屋の明かりをつけた。

 命を削って買い漁ったガラクタどもが、狭い空間をこれでもかと埋め尽くしている。

 

 壁一面に飾られた旧時代のビンテージギター。

 足の踏み場もないほど無造作に積まれた、一足で「一ヶ月分」の寿命が飛ぶ限定スニーカーの山。


部屋の隅では、巨大なスピーカーとアナログレコードの束が崩れかけのタワーを作り、ベッドの上には数週間分の命を叩き払って買ったデザイナーズブランドの服が雑に脱ぎ捨てられている。


部屋の中心に鎮座するのは、座るだけなのに数ヶ月の寿命を吸い取る、禍々しいほど豪華なネオンカラーのゲーミングチェアだ。

 その正面、巨大な曲面モニターの下には、発売されたばかりで半年分の命を叩きつけなきゃ手に入らない最新鋭のゲーム機が、淡い光を放っている。

 

 網膜の数字を呼び出す。

 

 【残存:20年 042日 12時間 05分 44秒】

 

 18歳でドロップアウトしてから、わずか三年。

 百年前後あったはずの俺の未来は、もうあらかた燃え尽きてしまった。

 

 1秒、また1秒。

 

 俺が求めているのは、「長さ」じゃない。

 あいつらが必死に守り、積み上げている百二十年なんて、俺のこの一瞬の熱量には到底及ばない。


俺はギターを手に取り、最後の一秒までこの「全財産」を使い切ってやるのだと、薄暗い部屋で一人、不敵に笑った。

 今、この指先に感じる弦の震え。脳を焼くような高揚感。


「さて、今日はどの店に行こうかな」

 

 暗闇を真っ赤に染めて弾け飛ぶ、打ち上げ花火のように。

 俺の命は今、世界で一番贅沢に、美しく燃えている。

第2話も読んでいただき、ありがとうございます。


もしあなたがこの世界の住人なら、佐藤のように生きたいですか?ハルトのように生きたいですか?


自由に見えて、不自由。でも自由みたいな世界観を作っていきたいと思います。

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