アンドロイドヒロイン・アミカナの土曜日の午後:かわいさの欠片もない
これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本編の第12話「神の子宮を潰せ」の一番最後の「* * *」の部分(「今から作戦会議ね」の後)に挿入される出来事になります。未来から来た女性タイムトラベラーであるアミカナは、自身がアンドロイドであることを隠して、大学生の志音と行動を共にしています。本編では描き切れなかった、互いに惹かれていく二人の心の触れ合いやすれ違いを描いています。本編未読でも、少しは楽しんで頂ける……ことを願っています。
<土曜日>
薄暗い部屋で、アミカナはボディスーツに着替えていた。スーツのジッパーは、胸元、みぞおち、下腹部と多段になっていた。それぞれのジッパープルを上まで引き上げる。二日間の浴衣生活の後では、スーツの密着感で身の引き締まる思いがした。脱ぎ捨てた浴衣に目をやる。ついさっき、彼に抱きかかえられた情景が思い出された。それは、自分がずっと拒絶しながら求めていた、支えられる感覚。彼の胸の温かさが蘇って、右頬に手をやる。彼は、私の体の冷たさに気付いただろうか?……
「……乙女か……」
思わず自嘲する。着替えながら、自分でもテンションが上がっていくのが分かっていた。
……私は、やっぱり『動いてる』方が性に合ってる……
目的は明確になった。あの球体を原子崩壊させる前に、中からメシアを引きずり出して、息の根を止める!……
アミカナは目を閉じた。ビュアーをインナーに切り替え、剣技ファイルを検索する。『示現流』を見つけた彼女は、それを解凍すると、全てインストールした。インストールの進行に合わせて、指先が微妙に痙攣する。技官の話によると、主に脳の無意識領域を使用する技能は比較的簡単にインストールできるらしい。全くもって便利な体だ。ただ、量子頭脳に元々備わっている能力を書き換えたり、消去することはできないらしい。どういう仕組みかは彼女にも分からないが、ハードとソフトの違いだと、技官は言っていた。つまり、元々持っている軟弱な心は、アンインストールできない訳だ。『それを書き換えてしまったら、君はもう君じゃないだろ?』――技官の言葉が思い出される。それはそうだ。そうなんだけど……
……肝心なところに手が届かないのよね……
彼女は苦笑した。こんな風に、自分の弱さを一瞬で削除できたなら、どんなにか幸せだろう……
彼女は目を開いた。試運転の必要がある。部屋の中を眺めたが、刀に変わるようなものは見当たらなかった。外から枝でも拾ってくるか、と考えた時、非常用の懐中電灯が目に止まった。太さはちょうどいい。が、刀身はどうする?……
彼女は懐中電灯を手に取ると、スイッチを入れた。壁に光が届く。薄暗い部屋の中では、光の広がりは刀身のようにも見えた。
……これでいいか……何とかサーベルね……
彼女は微笑んだ。足を八の字に開いたアミカナは、懐中電灯を顔の近くに持ち上げる。左肘は胸に密着させ、右肘は外に張り出させる。
……一の太刀を疑わず……
意味は分からないが、自然に言葉が浮かぶ。そして、一瞬でも早く振り下ろす。掛け声と共に……掛け声と共に?
「キィエーイ!!」
猿のような凄まじい叫び声と共に、彼女は懐中電灯を振り下ろした。あまりの速さに光の軌道が曲がったかのようであった。刀身がないのに風鳴りが起きる。
インストールに問題はなかったが、無意識に出た声に、彼女はゾッとした。
「どうした?!」
突然襖が開いて志音が飛び込んできた。
マズイ!と思ったが、彼女は剣士モードになっていた。思考とは関係なく、侵入者に対して体が動く。志音の顔目がけて、矢のような突きが炸裂した。刀身がなかったことが幸いだった。彼女は、彼の顔の真正面に懐中電灯を突き出していた。突然の閃光を浴びて、彼は後ろに転がった。
「うわ、目が! 何だよ?!」
我に返った――いや、それは正確ではない。突きを繰り出す前から、我には返っていた――彼女は、畳の上でのたうつ彼へと駆け寄った。
「大丈夫、志音?! 当たらなかった?」
目を押さえながら頷く志音に、彼女は心の底から胸を撫でおろした。息が震える。木の枝だったらこうはならなかった。この体がフルパワーを出せば、生身の志音が無事でいられるはずがない。
「……それより、凄い叫び声だったけど、なんかあったの?」
目を閉じたまま、志音が聞く。叫び声……そうだった。
……これは、どこまでが本当の感覚なのだろう? 羞恥で体が焼かれるようであった。そんな機能が備わっているのだろうか? とにかく、胸の奥から首筋、顔、そして耳が熱い。皮膚が紅潮する機能があるかも聞いていないが、この熱さは、生身なら真っ赤になっているはずだった。水曜日に、寄りかかって椅子を壊した比ではない。その夜の叫び声でもまだましだった。
「……き、着替えるって言ったでしょ。勝手に開けるな!」
言葉を喉に詰まらせながら、それでも取り繕って怒ったように言うと、彼女は乱暴に襖を閉めた。あまりの熱さに、襖を背にした彼女は首元のジッパーを下げた。大きく息をつく。襖越しに志音が何やら言っていたが、耳に入らなかった。獣のような雄叫びが耳に蘇って、彼女は頭を抱えた。指まで震えている。
……あ~、かわいさの欠片もない!……カッコ悪すぎる……こんなのフェアじゃない……
「……だいたい、何で叫ぶ必要があるのよ!……」
悪態をつく。床には、電気がついたままの懐中電灯が転がっていた。
目を閉じると、天井を仰いだアミカナは呟いた。
「……猿叫、アンインストール!」
お読み頂きましてありがとうございます。何とか一編用意できました。今後も、週一くらいの更新になりそうですので、少し気長にお待ち頂けると幸いです。ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。




