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貴女に婚約破棄を

掲載日:2025/12/25

とある世界に存在する千年の歴史を誇る王国。

その伝統と格式を顕示するかの如く、聳え立つ白亜の巨城。

そこでは王国の第一王子が十五歳になった事を祝う絢爛豪華な夜会が開かれていた。

国中の芸術家たちが粋を尽くして作られた煌びやかな王城の大広間。

ダンスや世間話を優雅に楽しむ、鮮やかなドレスや宝石で着飾った貴人たち。

その様たるや、まるで絵画館の中で宝飾品の展覧会が開かれているかのようで………


「エリアーヌ!君との婚約を破棄させてもらう!」


あまりにも場違いな内容の怒声が突然に響き渡り、会場にいた全ての人が注目すると、そこでは金糸のように眩しい髪に琥珀のように眩い瞳を併せ持った人物が堂々たる態度で一人の女性と対峙していた。


「殿下、何故そのような事をおっしゃられるのですか?」


彼女の発言からも分かる通り、この暴挙に及んだ彼こそが今回のパーティーの主役であり、このオーツ王国の第一王子リアム・エドワード・オーツなのである。

そして、その王子様に問い詰められているのは彼の婚約者であり、雪のように美しい白い銀髪とサファイアのような碧眼という美貌を持つ淑女、エリアーヌ・オースティン。

二人はお互いに、己に非など一つたりともないとばかりに向かい合っている。


「酷いですー、お義姉様!私なんかにした事は覚える価値がないと言う事なのですかー!」


「おぉー、可哀想なミア。大丈夫さ、今助けてみせるからな」


あまりにも典型的な台詞であるにも関わらず、俗に言う「二人だけの世界」をリアム王子と瞬く間に構築した少女の名はミア・オースティン。

東洋に咲くというサクラの花を連想させるふわふわとした髪に、エメラルドのような翠眼という顔立ち。

そこに庇護欲を煽り立てる小柄な体つきと愛くるしくなる微笑みが合わさり、純粋に美しい姉と違い、とても可愛らしい存在に仕上がっている。


「私がミアに何をしたと言うのですか?」


自分の婚約者と義妹の不貞という普通に考えてあんまりな光景にエリアーヌは唖然とした表情を違和感なく演出しながらも、王子の言い分を問いただす。

だがしかし、それに応えたのは王子でもミアでもなく、彼らを取り巻くように並んでいた、三人の若者たちであった。


「白々しいですわよ、エリアーヌ!義理とは言え、妹である筈のミアに貴女が行った数々の非道な行為を忘れたとは言わせませんわよ!」


「そうだぞ!お前はミアに嫉妬する余り、屋敷では彼女のドレスを破いたり、水を頭からかけた上で真冬の庭に追い出したんだろ!ミアがそう言っていたぞ!」


「学園では取り巻きたちと共に教科書を破いたり、良からぬ噂を流して彼女の名誉を傷つけたそうね!」


次々とエリアーヌを糾弾したのは宰相と騎士団長と王弟の子女たち。それぞれが素晴らしき将来を確約された名門貴族家に名を連ねる存在である。

この様子を見た貴族たちは更に驚き、ざわめく。

優秀とは言え、まだ若い王子がどこぞの令嬢に誑かされているのなら兎も角、それに助勢する高位貴族の子女たちを見て、もしや本当にエリアーヌ様が………、と思わせらいているのだ。


「そんなのは誤解です。私はミアに嫉妬だなんてしていません」


「見え透いた事を言わないでくれ!もしもそうなら、何故こんなにもミアは傷ついているんだ!」


仮にも十数年間、婚約者同士として過ごしてきた筈なのにそんな物は関係ないと彼女の弁明を切って捨てるリアム王子。


「私はミアに謝ってほしいだけなんだ!謝罪さえしてくれれば、厳しい処遇にはしない!」


「身に覚えのない罪を認める訳には参りませんわ」


「そうか………。ならば、仕方がない。改めて宣言する!私はオーツ王国第一王子リアム・エドワード・オーツの名の下、オースティン公爵令嬢エリアーヌ・オースティンとの婚約を破棄する!」


王子の力強くも惨い婚約破棄の発言が再び会場を蹂躙し、束の間の静寂が訪れる。


「……………、かしこまりました。婚約破棄を承ります」


彼女は如何にも意気消沈といった態度でそう言い残し、王子たちに背を向けて立ち去ろうとした。

その瞬間、確かにその場にいた全貴族たちは彼女らに注目していただろう。

だがしかし、誰一人として気がつく事はなかった。

この婚約破棄が壮大で大胆ではったりだらけの茶番劇である事に。






◆◇◆◇


時は遡り、夜会の数ヶ月前。

ただでさえ格式高く、関係者か厳格な審査に合格した者しか入れない王城。その最奥に存在し、大貴族でも滅多に訪れる事はない王族の居住区の一室にはその時、リアム王子含め四人の姿があった。

即ち、リアム王子とその従兄妹であり王弟の娘であるアイリス・クリストン、宰相の息子であり後継者と目されるエリオット・オーベル、王国騎士団長の一人娘で末っ子のクリス・フレーゲルである。

王子の幼馴染で御学友であり将来の側近でもある彼彼女らは頼みがあるとだけ言われて、この部屋に呼び出されていたのだが、部屋で待っていたリアム王子の物々しい雰囲気に誰もが呑まれていた。


「リアム殿下、本日はどのような御用件なのでしょうか?」


長い沈黙の末に意を決したアイリスが単刀直入に切り込む。


「今回、みんなに集まってもらったのは頼みがあるからなんだ。その頼みを聞いてもらう前に事情を話そう」


王子はそう言って前置きをしっかりとすると、三人にそれぞれ目を合わし、告白した。


「エリーとの、いや違うな。オースティン公爵令嬢エリアーヌ・オースティンとの婚約を解消したいと私は思っている」


腹を括ったように愛称を訂正してから話し始めるリアム王子の口調も表情も真剣そのものであり、例の夜会で見せる事になる間抜けさはそこには微塵も無かった。


「なっ、殿下!それは!」


リアム王子のとんでも発言に対して反射的に何かを言おうと茶髪の少年が席から跳び上がるが、王子はそれを手で制す。


「わかっている。彼女が私の為にどれだけ努力してきたのか、どれだけ私を思ってくれているのか。理解しているつもりだし、何より私だって彼女を愛している!この気持ちに一切の偽りは無いと胸を張って言える!」


「ならば、いったい何故、そのような事を!?」


王子はそう言われると、先程までの情熱が宿った口調を一転させ、いつも通りの平坦な声で説明を続けた。


「実は、彼女には思い人がいるんだ。相手はイグレシアス伯爵家のケイシー。エリアーヌとは文通をしている仲だ。そしてその手紙の中で迂遠な表現ではあるが愛情を囁き合っているようなのだ。まあ、あの人になら負けるのも仕方がない事なのかもしれないが。ああ、それと彼女たちの名誉の為に名言しておくが、決して浮気をされている訳ではないぞ」


そこまで語った王子は目を瞑り、回想するように語り始めた。

事の始まりはエリアーヌがまだ幼かった頃、病弱気味だった実の母が療養という名目で実家の分家である辺境の伯爵領に赴いた事であった。母について行ったエリアーヌはこのような事情により田舎の屋敷でしばらく暮らす事になったのだが、そんな彼女には遊び相手が出来た。

それが伯爵家のケイシー・イグレシアスであった。屋敷の中には彼女らの他に子供はいなかった上に、同い年でしかも気も合ったのか二人は瞬く間に仲良しになった。二人で屋敷を探検したり、追いかけ合ったり、町というか村にこっそり出かけてみたりと、色々な事を二人で遊んだ。

だが、そんな生活も永遠に続く訳ではない。数ヶ月が経つとエリアーヌは公爵領に帰らなければいけなくなってしまった。二人はそれを涙と共に悲しみながらもこれからは手紙でやり取りをしようと約束し、別れた。今から十年以上も昔の話である。


「こうして二人は約束通りに文通を始めたのだが、その三ヶ月後に私との婚約が決まってしまったのだ。婚約してしまえば、浮気を疑われる無闇なやりとりなんて出来ない!彼女たちは引き裂かれてしまったのだ!落ち込むエリアーヌの姿は見るに堪えなかったから、手紙を出し続ける事を提案して、どうにかこうにか文通している事実もその内容も周囲に露見しないように手を回したけどね」


語り口調で途中までを話し、そこからは昔を懐かしむリアム王子。


「あのー、殿下?それはつまり、まさかとは思いますが、エリアーヌ嬢の為に婚約を破棄しようと?」


あまりの急展開に置いてけぼりになっていた側近たちだったが、赤毛のクリスがいち早く話を理解してそう確認をした。

内心で、そう言う訳ではないとおっしゃって欲しいと願いながらではあるが。

だが、願い事とは現実的ではないからこそ願われる物なのだ。


「ああ、そうだ。私が彼女の婚約者から降りれば、彼女たちは結ばれる。幸い、ケイシーに婚約者はいないようだしな。本当なら婚約は破棄ではなく解消という形で穏便に済ませたかったのだが、父上もオースティン公爵も納得する訳がないしな。という訳で、私は父上と母上が公務でしばらく城を空けている間に何かと理由をつけて夜会を開催し、衆人環視の中で堂々と彼女の義妹と浮気をした挙句にでっちあげの罪状と婚約破棄を宣言するというボンクラ王子を演じるつもりだ。それとこの話は既にエリアーヌに打ち明けている」


彼の父親、つまり国王からしたらこの婚約は王太子たるリアム王子の立場を完璧にする為の物であり、エリアーヌの父であるオースティン公爵からしたら王家との結び付きを強めるどころか、将来の王の義父となる物なのだ。

よって、彼らを説得するのは不可能に近いのは確かだが、だからと言って力技で婚約破棄に持ち込もうとするリアム王子のあんまりな計画に一同は頭が真っ白になる。王子はそんな彼らを見据え、頭を深々と下げて頼み込んだ。


「頼む!この計画に協力してもらいたい!具体的には夜会の当日に父上と、君たちの親が詳しい事情を把握するまでの時間を稼いでほしいんだ!勿論、それ相応の謝礼は用意している!それとは別に私に出来る要望があるのなら、なんでもすると約束する!」


彼らは自分たちの主であるリアム王子のかつてないほどに意気込んだ様子に息を呑み、彼が本気だと言う事を察した。そして、その願いに即答した者がいた。


「殿下、まずは頭をお上げください。私は喜んで協力させて頂きますので」


その者は光り輝くようなプラチナブランドにルビー色の瞳を持つ少女、アイリス・クリストンであった。彼女はリアム王子の幼馴染であり、現国王の弟の娘、王子からしたら従兄妹の関係にあたる。

如何なる猛将も恐れ慄く即決即断を敢行してのけた彼女であるが、それを改めさせようとする者もいた。


「貴女、いつもはもっと思慮深い正確じゃなかった?この話は簡単に引き受けたら駄目な物の筈なんだけど」


「そうですよ。殿下のこの企みに加担すれば、待っているのは間違いなく破滅ですよ」


「頼み込んだ側が言うのもなんけど、この二人の反応が正しいと思うよ。気持ちは嬉しいけど」


クリスとエリオットが諌め、当のリアム王子本人すらも念押しするが、アイリスの考えを変えさせるには至らない。


「皆さんの言う事が常識的には正しいのは理解しています。けれど、私は私自身の為に殿下の計画に賛同するのです。だから何を言われてもこの意思は覆りません。その代わりに殿下には一つだけお願いがあるのですが、それは追々」


アイリスはこんなチャンス逃す訳がないと顔で語り、協力を改めて宣言した。


「はあ、本当にどうしたんだ、アイリス?」


エリオットがアイリスの行動にため息をついて頭を抱えているのを、クリスは横目に見て、そして改めてアイリスを見つめ直し、気がついた。彼女が狙いと抱いている夢に、そしてそれが自分の場合にも応用できるという事にも。

クリスは決して頭の回転が早い方ではない。寧ろ、学園では鈍臭い脳筋扱いされていた程だ。

がしかし、その瞬間の彼女は正しく限界を超越していた。

瞬く間に己が失う物と得る物を天秤にかけ、決断を下したのである。

そして思考が終わるや否や、彼女は向かいに座っているエリオットに史上最高の笑顔で話しかけていた。


「ねぇ、エリオット。私たちも殿下にご助力しましょうよ!」


エリオットはクリスの突然の怪しげ極まる笑みを胡乱気に見つめ、その思惑が何処にあるのかを探ろうとしたが、途端にそれを中断した。


「クリスまでどうしたんだ!?いや、クリスの無鉄砲さは元からだったな・・・・・・」


「なっ、失礼ね!私にだって考えがあるんだから!エリオット、いい?その無駄に勉強だけは出来る頭をしっかり活用して聞きなさい。そもそも貴方ね、このままだと自分の立場がどうなるのか分かってるの?殿下はいくらお諌めしても御再考されない。そして間違いなく私たちの主人は失脚される。つまり、協力する他無いでしょ?」


クリス・フレーゲル、生まれて以来の早口暴論武装である。確かに屁理屈だが、それでも論理武装の一種である事には変わりないのだ。

彼女はその鋭さの鋭の字も無い武器でエリオットに畳み掛けたのだ。


「いやいや、待て待て。その理屈だとどのみち破滅は確定って事になるんだが」


あまりの詭弁的協力論に理解が追いつかないものの、エリオットは本能的に反論を試みるがしかし、クリスには心強い味方がいた。


「まあ、確かに良くてアホ王子をお諌めしたものの、結局何も出来なかった忠臣といったところだね」


そう、この大それた計画の立案者様である。彼は即座にクリスの援護をし、エリオットの反論を封じ込めた。


「はあ、もう分かりましたよ。私も微力ながら御助力させていただきますよ」


こうして、二対一の試合に敗れたエリオットは降伏宣言を出し、リアム王子は喜色を示し、クリスは心の内で勝利の雄叫びを挙げながらガッツポーズを決めた。


「そう言えば、アイリス。先程、言っていたお願いとはなんだい?私に出来る事なら可能な限り叶えよう」


クリスとの共同戦線によってエリオットを陥落せしめたリアム王子はふと、アイリスが言っていたお願いの存在を思い出してそう尋ねた。


「まあそれは後ほど…………」


だが、彼女はそれを後回しにして誤魔化し、ただ微笑み続けるだけだった。

こうして満面の笑みを浮かべる勝者が二人、一見凛としているものの内心では少しだけ戦々恐々している者が一人、悲哀感漂う雰囲気の者が一人という実に平和的な結果に会合は終わった。






◆◇◆◇


それからしばらくして、四人が各々の思惑(但し、内一人は不本意)に基づき、各所に根回しをして暗躍を始めた頃、当のエリアーヌは何をしていたのかと言うと。

彼女は屋敷の自室のクローゼットでドレス選びに思い悩んでいた。

但し、勘違いしてはいけない。決してデートに来ていく服装選びのような浮かれた意味合いではない。


「殿下とのお茶会、どうしましょう………」


エリアーヌはサイズアウトしたドレスの前に項垂れた。

そう、ここでの思い悩むとは数少ない物のやり繰りという悲しい意味なのだ。

彼女がこのような事態に陥っている背景を簡潔に説明しよう。

この国には王子とその婚約者は月に一度、王城でお茶をするという慣習があるのだが、そのお茶会が一週間後に迫っていたのである。

問題はその時に来ていく衣装、つまりドレス。

公爵家の長女がドレスに困るとは何事か案件だが、実際に彼女は困っているのだ。

何故かと言えば、エリアーヌの眼前で勝ち誇ったように高笑いをしているピンクの少女のせいだと言う他にない。


「オーッホッホッホッホ!ご機嫌よう、お義姉様!あら、どうされたのかしら?まあ!なんてこと!お義姉様のドレスがズタズタにされているではないの!まあ、誰がこんな酷い事を!私、悲しいわー!」


などと白々しさを極限まで極めた台詞をドス黒く鈍く光る笑顔で言ってのけたミア。ウェーブがかった桃のような髪にキラキラと輝く翡翠の眼、庇護欲をそそる小柄な体形、そして少しだけ天然っぽい明るく優しい「キャラ」。

可愛らしさを全面的に押し出した幻想、偶像、幻想、空想。正しく男の「こうあって欲しい!」願望を具現化したアイドル的存在。

がしかし、悲しいかな。どれだけ可憐な幻影を創り出そうとも、所詮現実はそれを一蹴してしまう。

人目があるところでは、夢を守り抜くすべく必死になっている彼女だが、唯一屋敷だけは例外なのだ。

そこにあったのは、分厚い仮面を暑苦しいと言わんばかりに捨て去り、王子の婚約者として次期王妃の座に座る義姉に嫉妬し、いびる姿だけであった。


「ドレスにすら困るだなんて可哀想なお義姉様ね。やっぱり、お義姉様じゃあ釣り合ってないと思うのよね」


ミアはたっぷりと嫌がらせという名の前置きを挟んでから、本題に入った。


「どういう意味なの?」


「もう!察しが悪いわね!リアム様の婚約者から降りてって言ってるのよ!こんな見窄らしい人が婚約者だなんてリアム様は恥ずかしいと思っていらっしゃるに違いないわ!」


エリアーヌは自分の婚約者を敬称ではなくで名前呼ばれた事に眉を顰めた。


「王族の方の心中を決めつけるのは不敬よ」


「あら、お義姉様はまだリアム様から好意を受けていると思っているの?実は私、この前学園でリアム様から告白されたの。あんな人が婚約者だなんて恥ずかしい。ミアのような人と婚約したいって!嬉しくて嬉しくて、つい私も愛しています!って言っちゃったの!私ったら、そんなつまりは無かったのに、お義姉様の婚約者を奪ってしまったわ!ごめんなさいね!」


その怒涛の暴露にエリアーヌは悲しみ、しくしくと涙を溢すとミアは「ああ、最高!」と歓喜の声を上げながら去っていった。

彼女が居なくなり、一人だけになったエリアーヌは引き出しから手紙を取り出すと、その文面に目を通しながら大粒の涙を落としたのであった。






◆◇◆◇


こうして三者三様の思惑を孕んだ夜会は計画通りに決行され、そしてその三週間後には国中の貴族が一堂に会し、国王による審判が下される事になった。

まるで誰かが意図的に仕組んだかのように様々な用事により事件の当日は悉く王都に居られなかった国王と側近たちだが、あんまりな事態に最速で帰り、後始末をしようとしたのである。

尤も如何に急ごうとも、この特大級の醜聞が消える事がある訳はないのだが。

そんな訳で苦虫をダース単位で噛み潰したと思しき表情になってしまった国王陛下が入場すると、審判が始まった。


「まずは初めに我が愚息であるリアムとオースティン公爵家のエリアーヌ嬢との婚約を正式に破棄する」


貴族たちは黙って静かに国王陛下の次の発言を一言一句聞き逃さんとする。

ほんの僅かな永遠にも思える沈黙の後に、遂に国王はリアム王子の処遇を言い渡した。


「リアムは王位継承権を剥奪し、辺境の地に追放するものとする。そしてミア嬢は貴族籍を剥奪し、北の修道院送りとする」


貴族たちが最も気にしている次期王太子の座に関してはぼかしたまま、妥当な裁断を下した。だが、茶番は未だに続いているのである。

と言うよりも続けざるを得ないと言うべきか。


「国王陛下!私はリアム様に助けられただけなのです!私もリアム様も悪くないんです!悪いのは私をいじめたお義姉様なんです!」


何故ならば、ここに本気で自分には責任がないと思い込んでいる者がいるからである。


「父上!私は真実の愛を貫こうとしただけなのです!」


そしてミアが意味不明な発言をすれば、定番の言葉を吐かねばならないのがリアム王子なのだ。更に、リアムがこのような反応をすればブチ切れたくなる人物もこの場にいる。


「この愚か者が!不貞をして、濡れ衣を着せて婚約破棄をした挙句、真実の愛だと!?ふざけているのか!」


そう、国王その人である。

ただでさえ、夜会の後始末で怒りが限界まで溜まっているところに、この当事者からしたら笑えない喜劇。激怒するのも致し方無し。

だが、それでも演技は続けなければならないのだ。それこそがリアム王子が己の意思で背負った宿命であるが故に。


「愛する事の何がいけないのですか!」


彼の台詞は滑稽でだろう。

だがそこには確かに一人の勇者がいたのだ。愛する人の為に己の全てを賭けた王子がいたのだ。


「はあー、もうよいわ。お前たちは黙れっておれ」


残念にも、その想いが父に届く事はないようだが。


「では、次に夜会にて偽りの証言によりエリアーヌ嬢の名誉を傷つけた者たちへの処遇だが」


その前触れに今度は例の三人組に衝撃が走る………、なんて事は無い。

彼彼女らもまた信じているのだ。リアム王子の行動力は言わずもがな、エリアーヌの想いも。

「辺境へ追放とする」


リアム王子の時もそうだが、辺境と一括りに言っても、具体的にどことは普通ならば分からない。それでも彼らはその短い一言に全てを見出したのだ。


「では、最後に。此度の被害者であるエリアーヌ嬢よ、何か補償を望む事はあるか?」


先程の短くも、濃い言葉が側近たちの山場だとしたら、この場面こそがエリアーヌの見せ場。


「国王陛下、私は今回の一件で深く傷つきました。婚約者に自分の義妹と不貞をされ、挙句に夜会で婚約破棄を宣言され、私は傷物になってしまったといっても過言ではありません」


その改めての事情説明兼前置きに貴族たちは同情を示し、国王は息子の愚行により一層顔を顰める。


「という訳で、国王陛下」


いよいよである。

この願いの為に王子は奔走し、それに側近たちは半ば強制的に巻き込まれ、エリアーヌ自身は義妹の暴虐に耐えてきたのだ。

この願いの為に。


「私の結婚の自由を保障してください!自由に好きな人と結婚できる権利を!」


その願いにある者は拳を握りしめ、ある者は歓喜の涙を浮かべ、ある者はほっと息を下ろし、ある者は最後の最後まで戦友の思惑に気がつかなかった。






◆◇◆◇


さて、この最終決戦の舞台裏について少しだけ語ろう。

エリアーヌが舞台のメインヒロイン級の台詞を言ってのけた日のおおよそ一週間前、事態を聞きつけ正真正銘全力疾走での帰還を成し遂げた国王に謁見を申し出た者がいた。

その者は白銀の美しい髪に海のように深く青い眼をしていた。


「エリアーヌ嬢、今回の件は馬鹿息子が申し訳なかった」


再度念押しをしよう。呼び出されたのではなく、謁見を申し込んだのだ。


「国王陛下、まずは頭をお上げくださいませ。そして今回の一件でごさいますが、リアム殿下の浮気相手は私の義妹でございます。二人を止められなかった私にも責任はございます」


わざわざ名言をするまでも無い事だが、エリアーヌは割と強か交渉術を持っている。

つまるところは、相手から言って欲しい言葉を自然と引き出せるのだ。


「いや、そうは言ってくれると助かりはするのは確かなのだが、やはりなにかお詫びをさせてほしい」


その狙い通りの言葉に頬が緩みそうになるのを彼女は必死に堪え、あたかも考えてもいなかったとばかりに畏まった。


「お詫びでごさいますか」


「ああ、そうだ。直ぐに貴族たちを集めて、その眼前で愚息とそれに加担した愚か者たちを処罰するのでな。その時に願いを聞くつもりなのだが、あらかじめ聞き取りをしておこうと思ってな。さあ、遠慮なく伝えてくれ。あまりにも無茶な事でなければなんでも叶えよう」


何故なら、そうすれば相手の方から勝手に念押しをしてくれるからなのだった。


「なるほど、そういう事でしたか。お気遣い痛み入ります。では、国王陛下」


エリアーヌが次に発するであろうその願いに国王とその場に同席していた宰相は固唾を飲み、その瞬間を見守った。


「リアム様と夜会にて偽りの証言を行った者たちをとある辺境の地にまとめて送ってほしいのです。それと、私自身の婚約及び結婚の事由の保証もお願いいたします」


などと満面の笑みで無茶とは言えない願いをするエリアーヌ。


「「……………は?」」


国王と宰相は幼馴染であり、親友であり、戦友でもある。そんな二人は例え、どちらかが難題に直面しようとも二人で共に挑めば解決出来る自信があった。理解し難い事があろうとも、二人で意見を交わせば必ず理解できるという誇りがあったのである。

そして、今回も二人はその信念に従い、お互いの顔を見合った。

だがそこにあったのは、いつもの頼もしい冴えた顔ではなく、揃いも揃ってなんともまあ間の抜けた頼り甲斐のたの字もないアホヅラでだったのだ。


「如何されましたか、国王陛下、宰相閣下?」


「すまぬ、エリアーヌ嬢よ。上手く聞き取れなかったようだ。もう一度、分かりやすく説明をしてはくれないだろうか?」


「勿論でごさいます。では、国王陛下。殿下とその側近たちを私の指定する辺境に一緒に送る事と、私自身の結婚の自由を保証する事の二点を改めてお願い申し上げます」


少しだけ分かりやすくなった願い。だが、意味不明なのは文構造ではないのだ。


「な、何故。何故!そうなるのだー!」


言葉遊び心溢れる外交文章よりも尚、理解を拒絶する願いに国王は悶絶し、その背後では宰相がなんとか本当の事態を把握したようだったが、今更出来る事などほとんど無く、ただ唖然とするのみであった。


斯くして王子とその一味による前代未聞の計画は全面的成功に終わったものの、その字面から受ける印象とは裏腹に地位も権力も華々しい生活も全てを失ったかのように見えた。

確かに何も知らない者からしたら、あまりにも愚かな行いによって破滅しただけなのだろう。

実際、彼らは名もないような辺鄙な土地にまとめて飛ばされたのだから、そう見えるのも仕方がない事なのだろう。






◆◇◆◇


王国のとある伯爵領の端にひっそりと存在する小さな屋敷。

その庭先では一人の銀髪の麗人が佇んでおり、その後ろには彼女に親しげに歩み寄る者がいた。


「エリー、そろそろ日が暮れるよ」


屋敷の中に戻るように促すと、エリアーヌは空を名残惜しそうに眺めてから、手を繋いだ。


「何を見ていたの?」


「昔の夢を少しね」


エリアーヌは何とも言い難い表情で再び空を眺めて答えた。


「もうしばらく二人で眺める?」


「ありがとうね、ケイシー。でも中に戻りましょ。みんなが待っているわ」


「そうだね。じゃあ、今日はみんなで昔話に耽よう!」






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