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現代神話物語  作者: 弧川ふき(元・ひのかみゆみ)
第七章 校舎の瑞

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終わり

 二つの教室に入り切るほどの人数。百余名。そこから育成校舎の教師と対魔警軍本拠地の人員を除けば、助かった人というのはかなりの少数だった。

 魂術こんじゅつ能力者のための、森の中のその校舎に据え置かれている体育館。一ノ宮(いちのみや)伸彦のぶひこ教師長は今そこにいる。

 高い天井。広い床。前のように息苦しくはない。それが変化を悲しく醸してしまう。だからこそ伸彦は、適当に壁に背を預け、思いにふけろうとした。

 が、何も思い浮かばない。強いて言うなら、彼にとっては失ったものが多く、浮かべたくなかった、というほうが正しかった。

 そこから窓の外に見える空を眺めて、溜め息をこぼした。

 辛い表情と安らぎがその顔に浮かぶ。

 ふと、まばらに座っていたり立っていたりして集まっている者たちの向こうから、伸彦は声を聞いた。聞き覚えのある声。それに近付く。ステージのほうへと。

 彼の同行者である相越知あいおちりょうが、会議の決定を告げに来ているのだった。その初めの一言三言を口にしたのだ。

 そんな稜が、いた髪を適当に整え、顔ごと、皆のほうへ向き直ると、

「発表する。今をもって、本部組織の正式名を、『対魔センター』と改める」

 と。ただ、それだけではなく。

「そしてここの校名を『対魔魂術士学園』とする。魔物や魂術能力者に対する適切な対処を行なえる者を育成する学校だが、同時に善良な魔物や魂術能力者の保護と援助も行なう。ではこれから、この中から対魔センターに異動する者を発表する」

「ちょっと待てよ」

 と、そのごくわずかな隙間に入り込んだ者がひとり。

「あの騒ぎがひとりの策謀によって引き起こされたのはニュースでわかったが――」

「正確にはその人物さえも操っていた精神系魂術能力を持った魔物によって、だがな」

「あー、そっか、なるほどね? で……どうしてもっと早くに対処できなかったんだ?」

 言葉を止めた人物が、そんな風に問う。健司けんじたちが助けたうちのひとりだ。

 稜は思い出してしまいながらも、冷静に。

守護体しゅごたいとして人の中に隠れられていたからだ。我々には、それを異質の者だと気付くチャンスさえ無かった――この守護体たちが宿り始めた初期の時から既に、だ。かなり遠回りに、周囲の異変から推測するしか無かった。だからだ」

 そこまで言うと、稜は、一呼吸だけ入れて、淡々と次の言葉につなげた。

「では発表する。センター長に……一ノ宮(いちのみや)伸彦。情報管理係、係長に……矢川やがわ正継まさつぐ。ほか、担当官に……小浦こうらめぐみ霜田しもだ家慈いえじ中上なかがみ惟一ただいち、と、私だ。保安改善係、係長に……那岸なぎし将次郎しょうじろう。ほか、担当官に……川元かわもとジェレイン、吉峰よしみねとおる…………」

 発表が終わる頃には、最初に発言し始めてから計五分が経過しようとしていた。

 彼――相越知稜の言うところによると、合計で課は二つ。管理課と保安課。管理課には情報管理係と魔物管理係とがあり、保安課には保安改善係だけがとりあえずある。彼が課のことをここでそこまで言わないのは、ここで言って得られるものがそんなに無いと思っていたからだった。異動先さえ伝わればそれでいい、ということ。ひとまずは。

「……後は、元校長の言う通りにクラスに戻ってほしい」

 言われた伸彦が前へ――出て来た所に、視線が集まった。

「じゃあ、まずは――」




 二か月後。

「――よっ」

 健司けんじが、久々に悠汰ゆうたに声を掛けた。しかもわざ々、自分の足で対魔センターまで来た上でだ。

「ん? あ!……久しぶり」

 あっさりとした様子で――だがどことなく最初とは違う――悠汰のにこやかな返事。

「……お前なぁ、もうちょっとこう……よう! みたいなの無いんか?」

「え、ああ、ごめん。今、魔物用の食事を運んでてさ、あとどれだけいるんだっけ……とか考えちゃって。ごめんごめん。あー……これが最後だからもうちょっとで終わるけど」

「ふうん?」

 それから、健司は悠汰の制服を見た。悠汰自身は手ぶらだ。

「なんや、小汚いなぁ」

 今、悠汰が着ているのは、獣型の魔物に食事を与える際に着用する制服で、対魔センターの制服ではない。悠汰は本来の制服を見せたかったが、

(青とか灰色のもカッコよかったけど――)

「これがしょうがないんだよ、獣型の魔物の食べ物って、ほとんどが生物なんだから」

 そしてそこで、悠汰は気付いたように、

「ところで、何しに来たの?」

「は? 何か用がないと来ちゃーあかんのかいな」

「いやぁ、そんなことは言わないけど」

「……ま、付き添いを任せられたんやけどな」

「ううん? 誰に?」

 一緒に歩き、ふたりは貯蓄倉庫から出た。

 悠汰はカートを運んでいる。それに載った籠の中には、倉庫内にある巨大冷凍庫にて保管されていた――いわしが積み込まれている。そんな悠汰の横に健司。

 暫く通路を歩く。

「あー、西……西だっけ? うーん……あ、石だ、石村いしむら! そやそや、石村亜紀(あき)って子。おぼえとるか?」

「ああ、憶えてるよ。相越知あいおちさんがあの時抱えてた。屋上に――校舎の屋上に来た時」

「ああ、あの時か、せやったな。……シュールやな」

「よく考えたら、あの人(すご)くない?」

「ホンマや! 凄いことしとるやんけ! え、何キロ?」

大分だいぶあるよね」

 悠汰は懐かしい気分になった。だがそれだけでなく、亜紀がこれから誰とどう過ごすのか、精神的に大丈夫なのかと、心配してしまう。

 鉄格子で通路と分断された部屋に、ふたりは同時に入った。そしてまあまあ広い部屋の角にカートを置くと、

(それ。食べろー、生きろー、でもって……宿主を探したらお前らも大いに楽しむんだぞー)

「クワッ」

 悠汰は餌をやる。今の想いの対象は白い羽毛のペンギン型の魔物だ。

 悠汰の『これが最後』というのはこの作業のことだった。柵の向こうに投げ込まれた鰯に向かって、そこにいるペンギン型の魔物たちが群がる。

「よしよし、仲良く分け合って食べろよ~」

 その魔物たちにはそう言って、ほかの――同じものを主食とする別の獣の群れにも、それを放り投げる、別の部屋にて。

 貯蓄倉庫にカートを戻すと、その倉庫の中央を通って出口へ。

 退室後は、そのすぐ前にあるロッカールームに入って着替える。

 自分のロッカーの中には私服もあるが、それを無視して、悠汰はセンターの制服を身にまとった。

 部屋から出たその姿を見た健司は、

「今度は黒か」

「そう。で――模様は白」

 灰色の制服の時の十字模様が、今度は白い。地が黒で気を引き締める感がある。悪くない、と悠汰は思う反面、

(宗教感増してない?)

 とも思っていた。まあそんな偶然もある。そこに何の意図もないこともある。そんなもんだよなとも彼は思った。

「灰色を分離させたような色やな。階級ラベルは――黄色に青と赤のラインか」

「ま、レモン色に近いけどね」

「ああ、そや、果物や野菜を食べるヤツはおるんか?」

「いるよ。だいたい分かりやすいけど……ああ、でも、羊型とかが肉を食べることもある」

「えぇ? なんか嫌やなそれ。どうやって食うんや」

「歯が標準装備じゃないんだよ」

「装備て」

 言いながら廊下を歩き、最初に着いた所は、保安課だった。元対魔警軍本部のビルの構造と違っているのは、異動が決まってから内装工事をしたからだった。

「じゃ、もう……亜紀ちゃん見とかなアカンから、行くわ」

「うん、じゃ」

 当然のような軽い返事で健司を見送る。と、そんな時、保安課の向かいの窓の外から入ってきた声が、悠汰の耳に届いた。その窓辺へと足を進め、見やる。

 二階なので見下ろした。開いた窓枠にそっと手を置き、眺めた先では――

「頑張れ! そう! そうだ! いいぞもう少し!」

 何かを応援する者の声が。

 正継まさつぐの声だった。彼は、保護した少年の魂術指導を、最近やり始めた。

 悠汰の視線の先でやっているのは、魂整こんせいの一種、魂玉こんぎょくの抽出練習だった。

「うううんん……ぷはっ!! はぁ、はぁ……」

 少年の手の前で、後もう少しで形が安定していた。その惜しさ、安定速度からは才能を感じられるほど。

「よし。ほら、もう一回だ。もう息は整っただろ」

「ええ? やだ。休憩させてよおじさん」

「お兄さんと言え」

「ちょっと休憩しませんかお兄さん」

「なんかそれ変に聞こえるだろ。そういうこと人に言うなよ」

「ん? うん。……?」

 その様子を眺めている悠汰の下、一階から、別の声が、

まさーっ! いじめたらぶっ殺すよー!」

 ジェレインだった。

「物騒なことを言うな! というかいじめはしない!」

 正継はジェレインに言い返してから少年に顔を向け直すと。

「ちっ――『無魂素むこんそ状態』に陥ったわけでもないんだぞ。……はあ。わかった。じゃ、もう休め」

 そこで一旦、言葉を止めた正継は、深呼吸をして、また。

「ま、しっかり休むのも修行のうちだからな」

「――……あ、うん。ありがと」

 ほんの一瞬、時間が止まった。優しい空白。その後、感謝を口にすると、少年は、一階の正面の入口へと歩き始めた。一階には休憩室がある。正継も遅れてそこへと向かった。

 修行中のその少年の足が、なぜか止まり、傍のベンチへと進行方向が変わった。そこに女の子が座っている。

(あ、亜紀ちゃん)

 そのふたりが楽しそうに話している。

 健司けんじは彼女の付き添いで来たと言っていたが、その少女が本部に来る訳とは何だったのか。案外、彼のような年下の面倒を見に来たのかもしれない、気にもなっていたのかもしれない――悠汰ゆうた微笑ほほえましく見ていた。

 そんな二人の横を、正継も通り過ぎ、入口から中へ。

 それを見たのを最後に、悠汰は二階の廊下から去った。薄い笑みを浮かべ、それを隠すことをそんなにせずに。

 二階から下りる。踊り場を過ぎた階段の途中――後六回足を差し出せば一階に到達という時に――悠汰の前に、人影が。

(ん? あ、教師長。じゃないや)

 一ノ宮伸彦。現センター長。

「もう行ってきたんですか?」

「ああ。今日で丁度二か月だ。君も行くといい」

 話題が話題だけに、

「はい」

 と、消え入るような声で悠汰は応えた。

 悠汰は足を進める。センター長は階段を上がり、さっきの悠汰より消え入りそうな声で、

「お前は――」

 と、言い始めた。

 悠汰にはその声が届かなかった。悠汰は入口に向かっていた。

「お前は……見ているのか?」

 そんな声が聞こえなかった悠汰は、既に外に出る為のドアに手を掛けていた。出ていく。

 伸彦は、階段の途中で立ち止まり、振り返っていて――そしてこんな言葉もこぼした。

「お前を護れなかった俺を、俺たちを……あいつみたいな子のことも……護ってくれているのか?」

 ただ確認。その声は、響くことはなかった。



 蒼天に乗って――

 向かう最終的な目的地が決まっていたが、まずはついでだと思い、悠汰は、対魔魂術士学園に名を変えた校舎へと向かった。

 そこでは絶望より希望が育ってほしい、そういう想いで空から眺める。そんな悠汰には、また一段と違った表情をしているように見えた。

 樹海の鉄筋コンクリート。その屋上に降りる。

 そして階段を下りる。

 懐かしい。と言っても、そこで過ごした時間が凄く長かったわけでもなく、そこを離れていた時間が長かったわけでもない。自分が去ったあとのそこ、というだけ。

 彼の想いを駆り立てたのは、かつてのそれではなく、今のそれだった。それだけだった。

 一階に到着。

(どこへ行こうかな)

 考えながらも足は進んでいた。ただぼんやりと、見ておきたい、気が済むまでという感覚に従って。

 校舎の横に、東側に、新たに建てられた物を悠汰は見た。それはひとつの部屋。武道場のような、それでいて団地の一室のような。

 その中から聞こえる。男女の声。

「校長にお願いしてきたよ」

「そう? なんて?」

「そりゃあ――普通に頼んださ」

「そうじゃなくて。なんて言ったの?」

「ん?……コホンッ……あー……――魔物としては初だとはうかがっておりますが……私に、魔物や魂術能力者の手助けや取り締まりのため、任務をお与えください! 手抜かりなくやってみせましょう!……って」

「ふふっ、全然普通じゃないわよ。かしこまり過ぎ」

「そうか?」

「あう~」

 女性は赤子をあやしている。

 声だけで、悠汰は心地良いと思った。そこのすべてが癒しの力に満ちている、そう思えたのだ。

 悠汰はまた微笑みを浮かべた。そしてグラウンドへ歩き出した。

 ある程度歩くだけに留め、蒼天を召喚した。

 再び舞い上がる。

 悠汰を初めて見た新たな宿舎生は、その様を指差した。

 逆に悠汰から視線を注ぎたかったものもあった。森にぽっかりと開いた砂地の端に、その姿はあった。ふたつの大きな影。それを見て、彼は安心した。



 墓。今は亡き同胞の為の石碑が、あの一か月後には、あの校舎の近くの山頂に建てられていた。そこからなら彼らの魂の帰る世界に声を捧げられるだろうと、誰かが言っていた。それが事実かは関係なく、望み、そうであってほしいという想い、祈りの為だった。悠汰はもう、それを誰が言ったかを忘れていたが――

 先客がいた。彼らが悠汰に気付く様子は、とりあえずはない。

 その先客、将次郎は、自分の赤い髪をきながら、溜め息と共に腕を下ろした。

「俺は……あんたの御蔭おかげで人を救えた。あん時の、あのやり取りが無かったら多分――」

 そこで言葉を切り、鼻から大きく息を吸う。そこの空気を吸いたいからではなく、かつての自分との違いを実感する為に。

「自分を護ることしかできんかったっちゃろうなって。……感謝してるよ」

 後半の声は前半より大きかった。

 それを告げられたのは、右側にたたずんでいた男性――情報係のりょうだった。

「作戦でそうしただけだ。私にその言葉を言う必要はない」

「いいでねえか、別に」

 稜に対し、悠汰の後ろから女の声。

 その声に反応して男ふたりが振り向き、ふたりが悠汰に気付いた。悠汰も振り返った。

 そこで、係長がふたりそろったことを、ここにいる四人全員がほぼ同時に実感した。

 三人の視線を受け、一瞬、戸惑った彼女だったが――白蝙蝠(こうもり)を体内に宿し直しながら――

「あ、いや……素直になったほうが、いいでねえか? って思ったんです。それだけですぅホントに」

 そして彼女は照れ笑い、窺うような顔を。

 四人全員で墓の前に立った。稜や、白蝙蝠の彼女――小浦こうらめぐみは、花を添えた。それまでに別の誰かが添えた花も、四人全員の目に映る。

 悠汰は手を合わせた。目も、瞑った。

 暫く黙祷。四人みんなで。

 だから静寂が十秒ほどあって、それから。

 風が吹き抜け、森を走り、楽曲を奏でては遠くで静かに消えた。

 恵はそれを、何かの返事のように感じた。

「行こうか」

 と稜が言った。

「ああ」

 将次郎がそう言って、男ふたりが先に歩き出し、恵が後を追った。

 悠汰は最後に墓に背を向けた。

(僕が導けるかはわからない。僕だけじゃ駄目かもしれない。でも、だからこそみんながいる。大丈夫――)

 そう思う悠汰の耳に、何かの鳴き声が届いた。だから、悠汰は考えた。

(そういえばあの犬。宿主は亡くなってたし、鳥の制御から外れても、すぐには消えていかなかった。でも自分の意思で……自ら力尽きて……どうなったのかなって思ってたけど――)

 右を向くと、森の始まりの所に鳴き声の主がいた――ように悠汰には見えた。一瞬だけ目に焼き付いて、瞬きをした後には、もうそこにはいなかった。森の中へ入って行ったのかどうなのか……

 ただ、悠汰にとっては、思わず笑みがこぼれた瞬間だった。

 空を仰いだ。先人の文を思い出す。

『魔物が蔓延るようになった頃、神が人を試すであろう。力を授け、溺れるか、導けるかを見るであろう。超自然的な現象をもって、いずれ世界は魔物と人を共存させるであろう。神が人の行く末を定めるのである』

 本当に神はいるのだろうか。魂術のような超能力がこの世に、いや、宇宙に存在する時点で、そこから始まる疑問はすべて、納得でき得る答えを秘めている。

(――大丈夫)

 確かにヒトは進化に貪欲になり過ぎてはいけないのだろう。

 確かにヒトは自然と超自然に対して何かを求め過ぎていたのだろう。

「ワンッ」

 見ていた森のどこかから、また聴くことができた声の主の存在感を信じ――

 悠汰は、真実を受け入れ、真理を湛えたような足取りで歩いた。

 森は、鮮やかな色で、穏やかな音で、涼やかな香りで、緩やかな雰囲気で、彼を迎え入れる。母なる――と形容するのがどこまでも相応しいような、そんな緑で。

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