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現代神話物語  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ
第六章 違和の公社

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2

 グラウンドに出て来て最初にした魂術こんじゅつは、呼び出すことだった。魂玉こんぎょくを、創り出す。赤い想像。命のための血の尊さを想い、暗いのではなく紅い、重いのではなく軽い、また別の意味では軽いのではなく重い、生命の源だという意識の色を浮かべて想像する。

 将次郎しょうじろうがそうしたのと同時に、正継まさつぐも魂玉を創り出した。

 ピンク――よく晴れた空の下で手を伸ばした時の、陽光を受けた指の隙間の色――命の桃色に散乱する魂玉と、葉を揺らすイメージの、緑の鳳凰に由来する魂玉。二つが空中に浮かぶ。

 日が最も高い所から西へ落ち始めてから少しは経っていた。

 その魂玉の源、猿坊を想いながら、将次郎が横に、視線をやって。

「そっち、誰かおった?」

「いや……」

 声はすぐに返った。だがそれだけ。

(いや……ってそれだけ? 愛想のない奴やなぁ。でも、まあ……)

 思い方はそれぞれだ。将次郎は正継のことを何も知らない。

 心というのは薄い膜のようなものだという持論を持つことがあった将次郎は、それの正しさを今も確信していて、分析した。正継にはきっと何かあり、必要とした膜が多いのだろうと。その幾重もの幕が、許せばがれていく。どうせなら破けないほうがいい。そしてその膜は、優しく触れ合わなければ、きっとどうにかなってしまうのだ。

 正継に対して向けた顔を元に戻し、気配に集中する。森を眺める。

 察する限りは、異状はない。いや、あれから新たな異状がどこかにはあったのかもしれない――と、将次郎は気を引き締めた。とうの昔にやり慣れた仕草で――拳と脚全体に力を入れて。

「なぁんも現れよらんのー」

 近くには健司けんじもいて、黒い魂玉を従わせる彼がそう言ったそばから、巨獣が近付いてきた。森からだ。

 巨獣の歩く時に、地響きがある。ズズズ、と。

「わっ……!」

 大きなそれは、悲鳴を上げた健司やその他校舎生などに目をくれず、ある一体へと一直線に近寄った。

 そこには、一回り小さい同じものが既にいた。

「なぁんだ。トカゲさんの仲間なんだね」

 と、亜紀あきが納得を示した。

 顔を寄せ合って、小さいほうが、今近付いた大きなほうに甘えている、そんな様子を見せた。

 彼らの心の膜は、優しい膜。将次郎はそう思いながら。

「まあこれはどうでもよかったい。無事ってことやけんね、互いにな。やけん俺らは、俺らのことをせんとな」

「せやな」

 同意する健司の傍で、亜紀は、トカゲの親子を眺めた。魔物だからこそ大きな――普通なら小さい筈の――二体を、真剣な眼差しで。

 その横で、彼らは意を固めていた。

「俺は救護するけん。この力でできるだけ助けようと思うっちゃけど……半田はんだ矢川やがわは森ん中のアレ、諸々。頼むけんね」

「諸々って何だよ」

 言い返した正継に対して、将次郎が。

「俺はここにいて救護するから、お前らは頼むぞって」

「ん、ああ、わかった」

「オッケー、任しとき」

 半田健司は、そう言うと、腕に装着でもしているかのような漆黒の魂玉から銃器を取り出し、構えた。

(今度はスナイパー銃で……確実に、息の根を止めずに――動きだけを、止める)

 意志を確かめるように心の中で呟くと、健司は、ふと気付いた。

「あれ? 女の子はどないするん?」

「あ? ああ……俺が見とくけん大丈夫。気にせんと行ってきい」

 亜紀を見て促す将次郎。

 そしてその言葉を受け入れてそこに残る亜紀と、その言葉を聞き入れてその場を託す健司。

「何人残っているのか、わからない……まるで地獄のような場所に、しかも自分から足を踏み入れる、なんてな」

 そう言って正継が歩き出した。反対の方角に、健司も足を進めた。

 ――森へ。

 自分を引き締めるためだけに言ったに過ぎなかったその声は、正継の心の底にあった、隠していたような使命感を蘇らせた。将次郎に言わせれば、信念という名の心の膜、その強い部分。

 たったふたりで、それぞれ自任の地を歩む。

 志が命運を左右する地。無限地獄のような徒歩を続け、見付かるのは、無残な光景ばかりだった。



「くそッッ!!」

 それだけが吐き出された。伸彦のぶひこの声。狭い部屋に木霊して、二度だけ響き渡る。

 悠汰ゆうたは気になって、

「何もないんですか?」

 といたが、

「ああ」

 その返事にも怒りがにじみ出ていた。

 証拠はない。だがそれが証拠であるのかもしれない。考え直すことに決めて、改めて思考を繰り広げる。

(部外者ではない。こんなに証拠のないやり方……。情報係のシステムと各人員の時間帯なんかも把握しておく必要がある……か。こいつをこいつだと理解しておかなければ間違えて殺すこともあり得る。そうなれば警戒する。この犯人じゃそんな馬鹿はしない……か? いや、ということは――逆に知り合いが犯人という可能性がかなり……)

「君は――」

 気付いた伸彦は、端的に訊くことを選んだ。既に泣き止んだ女性の様子を確認して、彼女がもう落ち着いていると判断した後で、速やかに、重要なことだけを。

「情報係の中に、不審な行動を取る者を見なかったか?」

 言われて、女性はビクついた。

 暫くしてから、彼の眼光に強引に口を開かされた思いに駆られながら――

「いっ、い――いいえっ……でも、一か月前に……一度だけ、八階の、総合情報統括室に、保安係の人が来ましたけんど――」

「そいつは多分犯人じゃないですよ」

(ん?)

 悠汰は不思議がった。

 対魔警軍の一員であるりょうは、心でそちら――八階に視線を向けた気がしていた。心に目などないが、イメージがそうさせる。

 伸彦もそうだった、まぶたの裏に見ていた。

 横にいる者は、その喉仏の上げ下げを確認できる。想像を駆り立てるその稜の喉が、音を発する。

「一か月前なら、私の調べた日時に一致するはずだ。彼女の言う人物は私の保安任務の一つになったある事件の前任者に間違いない。彼は事故死しましたがね」

「事故死――そういえば、あんまり大きく取り上げられていませんでしたけど、ニュースでやっていましたよね。それかな……」

 と悠汰が言うと。

「私が言っているのは多分それだ。明らかに不明な点が多くて迷宮入りしたんだ。警察は捜査を取り止めて、事件の原因を魔物だとした」

「不明な点というのは……?」

 一ノ宮(いちのみや)伸彦教師長が、相越知あいおち稜保安係に聞き返した。すると稜が。

「その事故は軽自動車による衝突事故だった。その遺体は……ブレーキを直前まで緩めなかったらしい。正確に言うと、車を止めることをしなかったようだと判断された。しかも急停止を試みなかったにもかかわらず彼は――シートベルトをしていなかった。私はそれさえも正確ではない、と……思う」

 一拍置いて、人の精神が狂わない限り起こりそうもなかった事態を振り返って、伸彦は、

「確かにそう『させられていた』のかもしれない」

 と、飽くまでも、憶測の息を出ない見解を述べた。静かに――そして速やかでもあった。

「まあ、おかしな点としては、魂術こんじゅつ能力で危険を回避しなかったことが決定的だったがな……」

 とも伸彦が言うと、悠汰は、頭の中で。

(あり得る)

 伸彦は窓を開けた。なぜそうしたのか一言では説明できない――様々な感情が彼の中にあった。どこか息苦しさを感じた。倒れている彼を解放してやりたかったのか、はたまたその対象は自分か。そのためか。

(こんなことをしたからと言って、浮かばれるわけでもないのにな……)

 透き通った水。泥。それらが入り交じる心にもがいて、彼は怒りを覚えた。

「死罪、だな」

(魂術能力諸共――消し去ってやる)

 死んだ人物の魂術能力の根源、守護体しゅごたいの精神は……『あの箱』に舞い戻ることがわかっている。その後にどうなるのかはわかっていない。完全に消滅するのか、人間の魂がそうなると信じられているように、輪()ごとく再生されるのか。

 伸彦は窓の外を眺めた。下を覗き込むように見た後で、視線を上げて向かいのビルを視界に入れる。目を凝らしてみると、人影が見えた。

「……?」

 向かいに、魂玉こんぎょくを体内に急いで戻した人物がいた。魂素こんその流動跡がほのかに輝いて、消えかかる寸前。そこと同じくらいの高さの階。彼は短髪で――

(向こうは……対魔警軍とは無関係なビルのはず……なぜそこに。なぜこんな今――)

 思いながら、その能力者の容姿を頭にインプットしようとした伸彦。身にまとわれていたのは『青い制服』だった。自分のそれと同じだとは一瞬でわかる。

「向かいに不審者だ。誰か飛べる守護体を宿してはいないか?」

「僕は龍を。一応飛べますけど、全員で乗るのは――」

「それでいい、頼む」

 召喚の準備を遂げていく。言われた悠汰ゆうたは、おもむろに、願うように、窓の外に向けてイメージを構成。あたかも、そこに既に実体が存在しているかのように、風を起こしながら。

 ただ、ほんの微風。それを受けて、伸彦が。

「俺たちふたりは直接行く。お前らは……」

 ちょうど命令を下される寸前。東北(なま)りの女性が守護体を召喚し始めた。窓の外に、不意に、もう一体が現れる。

 それは人よりももっと大きな蝙蝠こうもりだった。白蝙蝠とでも言うべきか。雪のような白さですべてを魅惑しそうな、外見の形すら微妙に愛らしい、そんな存在。

「わだし、飛べるんで。よろすく」

 それには手っ取り早くうなずいて、ジェレインと共に訛りの女がしがみ付くことになった。窓の桟に手を掛け、下枠に足を乗せて、片足に女が乗る。残った右の足にジェレインが乗る。

 と同時に、稜も悠汰の後ろに。龍の上は三人。先に龍に乗っていた教師長・伸彦がその先頭で目標を見定めて、飛ぶ。

「もうどこにも不審者なんて……いたのがわかっていても、これじゃあ――」

 悠汰はそう言ったものの、策を練れないわけではなかった。思い直して、

「そいつのいた階の上下に僕らが分かれれば……探し出す時間のロスを取り戻せるかも……?」

「――上出来だ」

 ガヴォン!

 龍――蒼天の尾がその階の窓を直撃してかなりの音を響かせてしまった。滑り込むように、蒼天が、乗っている三人を引っ掛けたり振り落としたりせずに済むように廊下に寝そべると、そこから降りる。三人は、半ばスライディングでもするようだったが――

 ついでに悠汰が守護体を手招きし――

「蒼天」

『うむ』

 青き龍を消した、自分の中へと。

 そこは、真新しいビルではあるものの、使われてはいない。買い手を待たれている建物であるらしい。そんな物音の無さと暗さがそこにはある。

 そんな場所で立ち上がった三人ともが、魂玉を一瞬で目の前に出し、身に添わせ、走り始めた。

 階下。二つ下へと白蝙蝠(こうもり)で移動したジェレインとあの女性も、そこから下りて行く。

 階段を探しながら、一部屋ずつ確認することを全感覚でもってやってのける。

 そして進む。

 彼女らの安全を祈り、自分たちのそれをも彼らは願った。戦いは常に自分を護りながら行なわれる。時には自分以外を最優先。倒すだけがすべてではない――教師長に教わった言葉を胸に、悠汰は駆けていた。

 そして、最後のワンフロア。

 そこに辿たどり着いた瞬間、悠汰は違和感を覚えた。今までにない魂力の冷たさ。

「……っ! ここじゃない!!」

 伸彦の言葉が、緊張感を高めた。

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