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現代神話物語  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ
第六章 違和の公社

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1

 対魔警軍の本拠地、東京本部のヘリポートにて。降り立ってすぐ。

「知っているか?」

 余りにも唐突に、一ノ宮(いちのみや)伸彦のぶひこが言った。それに反応した一同の顔がそちらを向く。と、彼が速やかに続きを。

佐田浜さたはま市の科学研究所員が最初に箱を開け、当人は死亡した」

 箱と言っても、どこからか、なぜか降ってきたもの。

 神の意志か何かでも作用したのか――

 隕石のように。悪魔の代物のように。

 せいぜい鷹くらいの大きさの、そんな漆黒の箱。それは森に落ち、クレーターの中心から運ばれていた。その運搬のあいだに、調査員が気になってボタンのような所に触れると、開かれた。そして中から飛び出した魔は、ほぼすべてが飛び去った。が、ある一体だけは違った。

「知ってます」

 同行している四人のうちの一人、悠汰ゆうたがそう言った。すみれ色の両目でもって伸彦を――教師長を――捉え、言葉を待つ。

 黄に輝く魂素こんそを操るのは相越知あいおちりょう――対魔警軍の保安係だとヘリの中で知れた。彼が、

「それが何かに関係している、と?」

 とき返した。

「そうだ。その研究所員の死因は大量失血だった。その原因となったのは、魔物の噛み付いた痕だ。パックリと。喉から右頬に掛けて……ほとんど無くなっていた」

 ジェスチャーを交えながら、苦々しい顔をしながら、最後は怒りや無念さを含んだ声で、伸彦がそう言った。

 伸彦の吸う息の音が、皆の耳に届く。それほど、そこには静寂があった。ヘリを降りてからの、気付かされるほどの。

「それって、もしかして……あの黒い犬のこと……?」

 悠汰がそう言うと、四人中唯一の女性能力者、ジェレインが不思議そうにした。

「ん?『あの』って? 何か知ってんの?」

「僕のもう一体の守護体しゅごたいになった紫眼しがんを、そうなる前に殺そうとしたのがいたんだ、それがその犬の魔物なのかって」

 この争いは何なのか。

 この事態の重さを再確認してから、教師長・伸彦が再び口を開いた。低い声が届き始める。

「俺の友人に、その遺体の検死解剖をやった者がいる。そいつが魂術こんじゅつに目覚めた時の源は――確か犬だった。はっきりと見たわけではないが……な」

「…………」

 ふと、何かに気付いた感じが、悠汰を襲った。それは飽くまで感覚でしかない。が、一瞬、身体からだを強張らせるほどの、細い何かがつながったような、そんな感覚が悠汰の中にはあったのだ。

「じゃあとにかく、もう、この中に忍び込んで――」

 言い始めたジェレインに、稜が、

「忍び込むってのは」

 と、つい言ってしまう。ジェレインは、対して続け、

「そういう感じでしょう? そういうようなもの」

「まあ」

 という稜の返事を受けると、

「首謀者を見付けないとね」

 そう終わらせて、ジェレインが魂玉こんぎょくを創り出した。

 そろえるように、ほかの三人も魂玉をひねり出す。それぞれが最小限ほどの力を発揮するための大きさにとどめ、そして致死的な攻撃をなるべく控えようと意識しながら。

 屋上のヘリポートから、階段を下りる。壁越しに聞こえる音に注意しながら、目的の場所へ向かう。

 中は割と静かだった。音を確かめながら――自分は音を殺しながら――過ぎていく時間の中で、できるだけ移動する。

 別行動はしなかった。そうすることで総力を下げるわけにはいかない。自分たちを護る余力を残しつつ、最小限の攻撃で済ませるために。ただ、だからこそ攻撃する範囲は決まっていた。ふたり以上の攻撃が重なると相手を瀕死に陥れてしまう虞がある、それを避ける為に。

(前方……廊下右)

 それは、何かあった時に悠汰自身が攻撃を担当する範囲。範囲を四人で振り分けていた。同じく前を見据えているのはジェレイン。

「あたしの能力はね」

 ひそひそと、彼女が話し始めた。静けさに溶けるような声。彼女の手元に光る灰色の魂玉をたまに見やりながら、前方への注意も怠らずに、彼女に顔を向けることもありつつ、悠汰は声を待った。

「作用力なの。物理的な……摩擦力、衝撃力。でも常に働く力に関しては操作できないのよね。例えば重力とか」

 これだけでも教えておけば、緊急時にそれを参考に対応してもらえる、知らないより知っておいたほうがいい。ジェレインはそう考えた。それはそうだろうと悠汰も納得したところへ、ジェレインの質問が。

「君は?」

「僕は氷。魂玉から呼び出して操作するタイプ。それと雷」

 悠汰は声を抑え、それぞれの守護体をイメージしながら。

 数歩後ろのふたりも情報交換をしていた。一ノ宮教師が対魔警軍に一応は所属していることになっていると言っても、あの校舎の教師長としての仕事のほうが、割合、多いのだ。ヘリの中で聞いた相越知あいおちりょうという名でさえ初耳だった。まあ管轄が違う時点で仕方がないとは言えるが。

「そこを右に曲がれ」

 伸彦が、悠汰とジェレインに向かって指示した。この階の構造を――この建物を――知っているのは、この中では伸彦と稜だけ。すぐ近くには人の気配は感じないと判断したのか、もしくは、すぐ近くに逃げられる空間スペースでもあるのか――と、悠汰は感じ取った。

 その声に従って廊下を右に曲がると、彼らの目に、エレベーターの姿が映った。その中に入ると防犯カメラに引っ掛かってしまうと思われたが……

「こうするしか彼の部屋には入れない。見つかるのを承知の上で行くしかない」

 と、伸彦の声。

(彼、か。いったいどういう人物……)

 そんな考えを、悠汰はいつまでも頭に置いておかない。対処のために振り払った。

 エレベーターに入る。と――

(げっ……!)

 そこには女性が乗っていた。ひとりでだ。恐らく同じ魂術能力者。

「な、何者、むぐっ!?」

 それは一瞬のことだった。ジェレインが彼女の背後に回り込み、相手の口に手を。そして封じた。ジェレインはそこで魂術能力を使い、摩擦力をかなり上げ、相手の口から手が離れないように。抱き締めるようにして身動きもさせない。

 全員が乗り込み終えると、稜が扉を閉めた。

「ん~っ、ん、ふ? ふふふふふふん!」

 その後半は、どうやら誰かの名を呼んだようだった。例えば「一ノ宮さん」のように。

 その訴えてくる女性は、特に何かの能力を使うのでもなかった。そういう意味もあってか、

「何も起きませんね」

 とジェレインが言った。それは防犯カメラに映っているはずなのに、という意味でもあったのだが。もしかしたらこの女性も何かに関わっている可能性はあったが……どうやら違いそうだというのも彼らの脳内に答えとして浮かぶ。

 ジェレインは、灰色の魂玉をその手の付近に浮かせて輝かせたまま、続けた。

「相手は既に気付いているのかもしれません。歯向かう者に知られないように、手回しをしているとか」

「……警備の反応もあるのかないのか……ますますここが怪しい」

 伸彦がそう言った頃、エレベーターが止まった。

 十二階。

 最上階が三十六階であるこのビルの屋上から下りてきて、三十六階でエレベーターに乗り、そこで降りた。十二階が何やら怪しい――犬を宿した人物と関係のある――フロアらしい。だから十二階を押していたんだろう、と悠汰にもわかった。

 辺りを見やる。人の気配はない。

「彼女を離してやれ」

 伸彦に従い、ジェレインが魂術こんじゅつを解き、女性を解放した。ジェレインは手を下ろしたが、魂玉は消さない。

「どういうことだ?」

 と、伸彦が言い始めた。その言葉が続く。

「まるで俺たちを歓迎するように、誰もいない。君がここに来たのが偶然だったとして……偶然でない何かが、俺たちを迎えている?」

 そして足を進めた。

 ほか三人も奥へと。

 無理矢理加えられてしまった女性までもが奥へ若干、歩を進めながら、彼女は彼女なりに、言わなければならないと思った。

「わ、わだし! き、気付いたんです……。あんまりにも無感情な、無感動な、無機質というか……そんな命令をされて。なんつーか、あの人はおっかねぇんです」

「誰のことだ」

 伸彦は、確かめる為のピースがここにもあった、と感じた。

 四人が四人とも振り返って、言葉を待った。

「――情報係の、倉橋官長です」

 その瞬間、伸彦の顔が限りなく曇った。

「やっぱり……。いや。そんなはずはない」

 言いながら、伸彦が、既に真横にあった扉を開けた。

 見上げると、扉の上部にはプレートがあるのがわかる。大きな文字で、そこには『情報係』とある。そこの扉を、皆で通るために大きく開いた時、

「俺は……信じたくないから、確かめに来たんだ」

 伸彦もまた複雑な想いがあるのだと吐露した。

 その小声の後で入る。何があっても対応できるようにと心を決めた全員で。

「――」

 伸彦にも、何から話し出せばいいかわからなかった。挨拶でもするか? そう考え、その類の言葉を発する為に腹をくくっていた。なのに……言い出せなかった。なぜなら、そこに存在したのは――

 倉橋元検視官の倒れた姿だった。対魔警軍の情報係官、官長。一歩遅かったのか、どのくらい遅かったのか――その考えが悠汰の頭に浮かんだが、それもすぐにき消えた。

 それがどういうことなのか。

 すぐには理解できなかった。近付いて四人ともが状況に関しては理解した。だが信じられない。そこにるのは生きている命のような気がしてならなかったのだ。

 それでも衝動を抑えて、彼が話し続ける。

「どうしてこんなことになった……? 誰にやられたんだ……――」

 明らかに伸彦は動揺していた。目の前で動かない知り合いは、生涯の幕を下ろすのが早過ぎた――そして自分自身が落ち着くのも早過ぎて、そのことに、彼自身が嘆いた。冷静でいなければならないことに嘆いた。動揺を隠しつつ、物的証拠や外傷からの手掛かりを探す彼の横で、女性が、声を。

「ああっ……あ、ああっ……!!」

 帰る筈だったのであろう女性は目に涙をめていた。涙を扱い慣れていない様子で、袖で拭う。その隙間からこぼれ落ちるものもある中で――

「ご、ごめんなさ……っ! く、ふぅぅ……! ごめん、なさっ……!!」

 彼女は何度も謝った。

 少年たちは見ていることしかできなかった。

 急に、なぜ泣いたのか。それを悠汰は考えた。

 彼女はここから帰るところだった。恐らくそう。ここへ、来た。彼女が訪ねた、だからこうなった……という責任を感じた、だから泣いた……そのように悠汰は感じた。

(何かを知らせたから? この人を怪しんだからこうなった――自分のせいだ、って……?)

 彼女は遺体に背を向けた。それでも自分を責め続ける。そこへ、ジェレインが抱き締め、亡き止むまで待つことに。

 彼女は謝り続けた。自分の所為せいかもしれないこと、自分にできた筈のことをやれなかったかもしれないことも含めて。

 伸彦は探し続けた。目の前の死の理由と、残された何かを。そこには奥が見えそうな黒い穴が鮮血をき散らして開いているのが見えるのみだった。

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