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「確かめる必要が出てきた」
言いながら、一ノ宮伸彦教師長が、赤い魂玉を消した。
遅れて、洲田悠汰も菫色の魂玉を。
「そういえば、あれは何だ?」
伸彦は、蜥蜴をあごで示した。そして更に。
「魔物なのはわかる。ただ、こんなのをこの校舎の周りに居させた覚えはないぞ」
セキュリティの自動確認の為に、遠野数学教師に『発明』の魂術能力でセキュリティセンサーを創ってもらっていた。そのことを伸彦はここで話した。校舎の全体の意見による申し出からではなく、元々は一ノ宮伸彦が――
「え、教師長が言い出したんですか、それ」
「ああ」
それは魂素に反応して動体探知を行なうシステムになっている筈なのだが……今の今まで、蜥蜴の存在を伸彦は知らなかった。
それを気にするということは、探知すると連絡か何かが行くのだろう――と悠汰が考えない筈もなく。
「もしや――あいつがここに来ていたのか? いつから……」
(機能していなかったのか? 切られていた……? 遠野本人か? いや……)
大きな枠組みで言うと、二つの可能性の正当性を模索している。伸彦には、それを悠汰に言う気がなかった。声に出してしまっていた部分も、小声ではあった。
そこへ、悠汰は報告の積もりでもと――
「任務で、連れて帰って来たんです。人に危険を及ぼすことはしないって言ってます。あの……肯いたってことですけど……ですんで、人から一方的に怖がられて居場所がなくて、静かに暮らせる所へ逃げようとしていたから、それで空港で目立って任務が来て、だから話して、保護したんです。で、ここっていう場所を提案して――そうしたら……」
というのを黙って聞いた伸彦の表情は、少し、綻んでいた。
「喜んでくれたのか?」
悠汰の胸に、前向きな感情が湧いた。
「はい!」
悠汰は、それからの数秒間で、過去に耽ることにした。
蜥蜴たちは喜んでいる。きっとそうだと思って、満面の笑みで、
「さよなら!」
と言った。悠汰は、気絶している正継を傍に置いていた。その更に隣には、大きな大きなヘリコプター。かなりの大型の。
思い出してから、付け加える。
「あ、二体いるんですよ。この子と、この子の親とで、二体なんです」
蜥蜴が否定っぽい動きをしないから、親だと言い張る。きっとそうだよと。そういう子供っぽさ、それがいいと思う心を、悠汰は持っている。
「そうか」
伸彦が薄っすらと微笑んでそう返したあと、
バンッ!
と、唐突な音が鳴った。
それは、屋上へのドアが開く音だった。
――というより、それは蹴破る音に近かった。そしてそれを気にしないことにしようとした悠汰だったが、ある予想が浮かんだ彼は、つい溜め息まで吐いてしまった。
(半田くんかなぁ、ったく……)
それは別に当たっていなくてもよかった。最初に屋上に来て悠汰と一ノ宮教師長とを目で確認したのは、半田健司だった。
「大丈夫かっ!?」
と、その後ろから声が。それは那岸将次郎の呼び掛け。
階段を駆け上がって来たうちの、五人の息は乱れ切っていた。
息を乱さなかったのは、最年少の少女、亜紀。見ると、なるほどその筈と知れる――彼女は青い制服を身に纏った対魔警軍に抱きかかえられているのだ。いわゆるお姫様抱っこの御蔭。
「大丈夫、ありがと」
悠汰は、言葉を選ぶ様子も見せず、そこに来た全員に一番届けたい言葉を、すぐに答えた。
生還者は、今わかる限りでは、僅か数名。しかし、いないよりはいい。全滅の危うささえあったが、そんな高レベルの襲撃の中、数えれば――八人。
(そう言えばあのハーフの人も……いる)
いる、と思った時には、無事でよかった、とも思っていた。その目に映ったことのある者が残酷な目に遭わずに済んだ。悠汰は実感した。救えた筈なのにと後悔せずに済んだ、よかった――と。
これまでに悠汰が会ったこともない人物の姿も。現対魔警軍とその腕の上に乗っている少女。そのふたりについてを悠汰は聞こうとした。
「あの。あなたたちは一体――」
「待て。自己紹介は後だ」
そう言ったのは一ノ宮伸彦……教師長だった。伸彦が続けて。
「警軍の中に潜り込もうと思っている。その担当を決める。どうやらここでの事……本当らしいからな。生き残りが少ないならこの中から決めるぞ」
誰かの喉が、ゴクリと鳴った。
それからも伸彦の声が。
「選ばれなかった者は、ここで――救護と、策謀に乗る者の捕縛に努めること。いいな?」
その時には、少女は腕から降りていて、そして彼女を含む数名が、
「はい」
と。
そして「よし」と頷いた伸彦が、決めていく。
「お前は一緒に来い」
最初に言われたのは悠汰だった。
そして伸彦の目が周りに向く。
「魂玉を創ろうとしてみろ、完成させなくていい」
それぞれの意思に従う魂素流が、それぞれの色で舞う。それぞれを包む。
すると、その流れの滑らかさや速さを、伸彦は視た。
「そこの女と、そっちの男、来い」
「イエス、サー」
「……」
ジェレインは返事をしたが、黄色の魂素流を動かした男は返事をしなかった。そもそも対魔警軍の現役ではある、そんな彼は、
(顔を知られていないのか……)
と、少々落ち込んでいた。
まあそれも仕方のないこと。創設しただけで今はもうほぼ無関係の者が、警軍の現役隊員の全員の顔を覚えているかと言うと、それはどう考えても望み過ぎだった。
暫し静寂があった。それから伸彦はまた口を開いて。
「じゃあ俺たちは、対魔警軍の本拠地、東京本部に行く」
その声を聞くと、各々が、各々の心の中で、意志を高めた。これ以上ないほどに。こんな状況であるからこそ。




