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現代神話物語  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ
第五章 任地の岩

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3

 ヘリコプターはそのまま飛び立つことをしなかった。操縦士が中で待機しているのか、教師長・一ノ宮(いちのみや)が誰かに話し掛けているようにはしている――洲田すだ悠汰ゆうたはその様を観察していた。

 一ノ宮伸彦(のぶひこ)。彼は一度、はっきりと悠汰の方を見た。

(この状況からして、きっと何かを問われる)

 そう考えた悠汰は、最善の答えを用意すべき――そうも思い、きちんと待ち受けた。任務のことならあの通りに答えよう、ここでのことも、あったままに――

 その準備は完璧。その積もりだった。

「君が異端者だったとはな」

 近付いてきた伸彦の、ささやくような言葉だった。

 ある程度の距離はある。邪魔する音はヘリコプターからも来ない。

 その中での言葉の意味に、理解が追い付かない。

「い……異端者? ど、どういう意味ですか」

 そんな判定をされているなら、この問いに答えをくれるのだろうか――と、悠汰は、思わないでもなかった。もし答えがあるとしても、それが返ると同時に何かをされるかもしれない、そんな恐怖もあった。

「俺の親友が対魔警軍の都市部を担当している。彼の管轄は関東地区だ。その彼が言ってきた……君が、この森で、かつて……魔物の理不尽な殺害をした、とな」

「な……! 違います! そんなことしてません! 間違いです!」

 話が絡まっている――別の話をしたいのに――という感覚で、悠汰の頭は忙しくなった。

「そう言い切れるか?……あの箱から現れてからの終始が、その魔物にとってどんなものになったのかを、考えたのか?」

「決め付けて喋らないでください!」

 歯を食い縛って、悠汰はそう言った――が、後悔した。どうだから決め付けられては困るのか――その理由を示せてはいない。だから今度はそれを言葉にしようとした。

「……別の魔物の仕業なんです!……信じてもらえないかもしれないですけど」

 やや間があってから、伸彦から返事が。

「当たり前だ。そんな在り来たりな言い訳には信憑性も何も無いからな」

「で、でも」

 悠汰は何かを言おうとした。が、何を言えばいいのかわからなかった。次の言葉を考えながら、考えられる最高の説得をすべく、魂玉こんぎょくを解いた。いつもより少しだけ大きかった青いクリスタル然としたそれを、空気状に分解し、その魂素こんそのすべてを自身の身体に戻す。

「僕はこれで無防備です。言ってみれば覚悟の形です。こんなことをする異端の者なんて、普通いますか?」

「普通はな。そして君がそうなのかどうかを――」

 飽くまで冷静に、間を空けて、

「俺は知らない」

 警戒する間も無く、伸彦がその魂力こんりょくを悠汰に向けて発した。そして大量の魂素流こんそりゅうを自身の身体からだの周囲にうごめかせて、まるで息をするよりも容易だと言うように、魂玉を作り上げた。これまでに悠汰が見た誰よりも深い威圧感。その塊が、そこに形としてされた。

 ただの歩行さえもが厳かに思えるほどの存在感。それを携え――これで最後だと言わんばかりの言葉を掛けようとして――伸彦が、口を動かす。

「大人しく従わないなら、従わせるまでだ」

 己の魂玉を、その右手で持って、威嚇する。言葉がまるで魔力を――この場合は魂素を――宿しているかのようだと悠汰には感じられた。

(何もできないのか? 戦いたくないのに。……――それより……)

 悠汰が思い立ったのは、現状の報告をしようか、ということだった。今のここのことを知らせることで、どれだけ自分たちが軽い問題に、たった一つの問題に固執しているのか、それをわかってもらえればと。そう考えていて、言えばこの場を制することができると悠汰には思えたのだ。

「今は――僕のことは、もういいです、疑われたままでも。でもそれよりも……今は、課外授業参加クラスの死人についてです。校舎生の……ほとんどが、死にました」

 ジェレインから聞いたこと。

 魂力で感じること。

 そのすべてから心に訴えたかったのだった。

 グラウンドの砂が空に舞った。風で舞った。彼の発言に呼応して、森と大地が嘆いているかのように。

 だが、伸彦は――

「魔物の仕業を誰かに押し付ける気か? 上層部が嫌いなのもわかるが……そんなことを同胞がする訳がない。俺たちが抜擢している確かな人材だ」

「でも!! 僕は……! 違う……」

 何と違うというのか。何が違うというのか。何ではないというのか。

 悠汰は言葉を選べなかった。いつもなら沢山の選択肢が仕舞ってある頭の中の棚から、何も引き出せない。

 息を吐きだすのを無意識に遅くしてしまう。喉を引き締め、歯を噛み締めて――それでも相手が相手だけに、自分を見失ってしまう。答えさえ。

 赤い魂玉こんぎょくが、悠汰の視界の中で、ちらつく。

 伸彦のめ息の音が、彼の耳に届いた。なぜか自然さえもが注意して聞けと言っている。悠汰は耳を澄ました。

殺怪さっかい罪だ。知ってるだろ?……魔物に対して要らぬ殺しをした者は――その生涯を、閉ざされる」

 彼は憂い嘆くように。そして続けた。

「ここですることも無いと思っていたんだがな……本当なら、俺は、君を殺すことには反対だった」

「え」

「だが……もういい」

 悠汰は願うような気持ちを抱いた。そして。

「……僕は、死ねない」

 悠汰の脳裏には、紫眼しがん――あの白馬が浮かんだ。あの白馬との出会いが悲しかったことも浮かんだ。友人の姿も浮かんだ。ここで出会ったジェレインのことも。任務に同行した正継まさつぐのことも。一緒に言い渡された別任務の者のことも。健司けんじのことも。自分によくしなかった者のことさえ。

「救うんだ。沢山の人を。だってこんな力があるんだから。沢山の魔物を。沢山の能力者を」

「間違ったことをした上でか? そういうことなら――俺が殺してやる」

 彼の決意にき消されて、たたき伏せられたような心持ちになった悠汰は、切なく思った。声が届かなかった。届いても決意を変えられただろうか? それはわからない――と、そう感じた上で、悠汰は、

(僕は助けるんだ、気になったすべてのものを)

 自分の決意を確かめることはできた。そして、より一層強くもなっている。

 魂玉こんぎょくを出した。青く美しい力の宝石。再びそれが宙に浮く。さっきよりも強い輝きを放っている。

 伸彦が、その瞬間よりも少し前に、その手の前にある赤い魂玉から、黒煙を立ち昇らせて、何かを呼び出した。悠汰はそれを察するために目に集中――

 それは炎だった。意思を持つ木の根のように、瞬間的に育つ。三本の炎が襲い掛かる。

 対して悠汰は――

「氷龍の喉に飲み込まれよ!」

 ふたりを結ぶ直線距離を中心軸として、悠汰目掛けて、上と斜め上の左右に弧を描くようにして炎が飛んでいる。

 迫り来るその三本のうち、悠汰から見て最も右の炎を、氷の龍が飲み込む。

 そうして一つを確実に無力化するのと並行して、悠汰は駆け出した。その氷の龍の外側を――その青さの裏に隠れるように。走る。

 無言で、迎え撃つ準備をして、伸彦が地面に魂玉をたたき付けた。そうすることで足元から少し前方の地面から火柱を生じさせ、悠汰の接近を妨げた。

 魂力こんりょくが肌をピリピリと襲う中、瞬間的に回り込む。悠汰はあらん限りの力を込め、加速し、伸彦の更に左肩側に行き――背後へ。

 転んでしまいながらも「取った」と悠汰が思った瞬間、伸彦は既に、悠汰から見て右前方に飛び込んでいて――体勢を整えていた。代わりに、悠汰の目の前には、赤い魂玉が。

 ほとばしる赤い色。

 それを前に、悠汰の、すくむような、武者震いのような脚の震えが、止まらなかった。意識的に足の筋肉に命令し、砂煙がどう舞おうが知ったことではないというほどの速さで、横っ飛び。

(くああっ――!)

 氷の壁を建てる間もない距離から、ほんの一秒で放たれたものがあった。

 高密度の炎。頬をかすらせるだけでもきっと命取り。それほどの炎熱。

(レーザーみたいだ。当たったら死ぬ!)

 ぞくりとしながら、立ち上がって、すぐに、間合いを広める。

「まだ魔物以外には使っていなかったが……いや、使うことなど無いと思っていたんだがな。これをかわせるとは。本当に惜しい存在だ」

(思っても遅いんだろ。僕を、殺怪罪を犯した人だと思ってる)

 心中で愚痴をこぼしながらも、次の瞬間には、自分から仕掛けていた。

「氷よ。目覚めよ」

 念じたあとには、立方体のようにブロック化した、とても巨大な氷が出現した。

 一ノ宮(いちのみや)伸彦のぶひこ。この教師の頭上と、背後と、眼前と、左右。すべての方向から氷のブロックで行き場を失くされるほどの、大きな氷。そうやって囲まれた彼の頭上から、氷が降れば、後は押し潰されてしまうのみ。

 悠汰は、魂玉こんぎょくに意思を乗せなかった。そのまま時間が過ぎるのを待ち続けた。自分さえ氷山の一角のように。ただ、会話をして、溶かしたい、溶けたいとは思っていた――涼やかな壁の外で。



「今度は、なに。その馬みたいな魔物を殺すとや? ん?」

 将次郎しょうじろうのその言葉を切っ掛けにして、亜紀あきが急いでその姿を露わにした。自分から、ずいと前に出たのだ。

 白馬の顔は、黒い魂玉を携えている者たちから見て、右方を向いており、その更に右方に、身体からだを投げ出すようにして亜紀が駆け出し、止まって――

「この人は私を守ってくれたんだよ。そんなことしないよ。ね? そうだよね……?」

 将次郎らに向かって発した声だけはトーンが高かったが、最後に同意を求める時にはそうでもなく。

「そうだな。君を守ることはした。だが、だからと言って油断は禁物なのは事実だな」

「ああ、もう、ややこしくなる」

 どうやら味方だと信じてよさそうだ――健司はそう感じ始めていた。そして柔らかな表情を見せた。

 静かになったので、話に割って入るタイミングを見計らっていた正継まさつぐが、口を開いた。

「あー、その馬……任務に駆り出された洲田すだ守護体しゅごたいに違いないんだが」

「ほんまかそれ! え、あいつの守護体、竜やで? ドラゴン……っていうか細長いヤツや。名前は知らんけど……こんなヤツちゃうぞ? 俺見てるんやで?」

「あいつには二つの守護体が宿ってるんだ」

 と正継が言うと、将次郎も、

「なぁんね、俺以外にもおったとかいな。てっきり……――」

 那岸なぎし将次郎。彼は、黄色い魂玉の槍使いと船の上でも戦った。そのことを連想した彼は、話を終わりにできそうなこの時に、ハッとした。そして何かに気付いた顔をした。

「もしかして……」

 それを言葉にしようとして、迷う。

 しかしもう遅かった。言ったようなものだ。そして事は既に起こっている。彼自身がそこまで思考した。

(起き続けとう……もんな……)

 将次郎は納得した。そしてさっきの言葉につなげる。

「俺の守護体を……増やしてくれたと?」

「そういうことだ」

 黄の魂玉の、彼が言い、そして続ける。

「私も上層部を疑っていた。だから仕方なかった。味方となり得る人物がいたとしても、その人物から欺かない限り、超常現象の世界では、本当の敵をだますことはできないかもしれないからな」

 彼は言い切ってから、め息をいた。今までの肩の荷を、一つ降ろした――そんな風に、将次郎の目には映った。

(……そっか)

 自分には彼のような行動はできないかもしれない。将次郎はそう思った。能力的に難が無くても、気持ちの上で問題が山積みになると思っていた。だが、それを彼はした。あえてというより、そうするのが当然の如く。……してくれた。

 将次郎の心の中に、ふと、なぜか、申し訳なさが込み上げた。簡単に許す積もりはないと考えていたのに、許すという言葉の意味さえ超えていた。

「くそっ、怒って損した。もういいや」

 その将次郎の言葉の後で、亜紀が、

「じゃあ……どうするの? これから」

 と問い掛けた。

「さあなぁ。全員で何人おるとかいな。馬も入れたら」

 将次郎は、自分が宿している猿の守護体のことを詳しく言わないことにした。まだふたり分と数えていいほど力が足りているとは思っていないからだ。

 そして、数えたのはジェレイン。

「七人ね。ま、正しくは六人と一体だけど。それとも二体ってことにする?」

「俺のはまだ力不足やけん足さんでよか」

 という認識が済むと――まずは正継が口を動かした。

「グラウンドに戻ろう。一ノ宮先生と洲田すだが戦ってるかも。いたんだよ、グラウンドに」

 次いで、ジェレインが、

「もしかしたら、やばいかも」

 と。

 この情報は衝撃が強かったらしい。ほかの『四人と一体』のうち、その強さを信じる紫眼しがん以外のすべてが血相を変えた。

「マ……っ!?」

 とは、健司が。

 それぞれが各々に反応した。黄の魂玉こんぎょくの男性は舌打ち。

 それから、そこにいた全員が走り出した。

 三つの角の白馬――紫眼はその背に亜紀を乗せ、駆ける。森を。魂術こんじゅつ能力者の育つはずの、学び舎まで。疾風のごとく。怒(とう)の如く。

 音が鳴る。命の走る音。

 その音が駆け付けた時――その目的の場所に、あのふたりはいなかった。

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