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現代神話物語  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ
第五章 任地の岩

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 自分たちの着ている灰色の制服を、胸を張って見せ付けるようにしている。そんな正継まさつぐが。

「これは校舎生の任務時の制服だ。俺たちは任務に行ってたんだ。ここでの事は何も知らない」

 その言葉を耳にしても、女性は何も言い返せないでいた。

 味方かどうか。判断に迷う状況からは何も変わっていない。

 風が集まり、森が強くざわつく。その音の長さで、時間が経っているのを理解し、同時に、攻撃されていないのはなぜだとも彼女は考えた。ぼう然と数秒ほどを固まったまま過ごし、そしてやっと彼女が声にしたのは、

「本当に? 本当に味方?」

 単なる確認の言葉だった。

 それは言わずとも知れたかもしれなかった。正継の横にいる少年・悠汰ゆうたは、その歳で対魔警軍に所属することはできない。

「ああ」

 と、正継が真剣な眼差しで。

 その直後だった。

 バラバラバラバラ――

「あれ?……は、もしかして……一ノ宮(いちのみや)教師長?」

 ヘリコプターが森の上空を飛んでいる。その所為せいで、木々の奏でる狂想曲もさっきから激しいのか――と悠汰が思うでもなく感じていたその横で、

「どうだろうな、遠野数学教師かも」

「ノ、メイビィ……違うと思うよ」

 高い声。そんな声や口調なのかと、見えない不意打ちをされ、特に正継は、その心地良さに酔いそうだった。が、そうしたい気持ちを抑えて。

「なんでそう思うんだ?」

「だって、魔物の人たちのための一室を作っていたもの。まだこの森の中にいてカプターを使うなんて、とにかくあり得ないわ」

 その女性は日本人離れした容姿をしている。服装も、会話中の発音も言葉遣いも、どこか生粋の日本人のそれとは違った。

 顔立ちから、男ふたりは、そうかもしれないとは思っていた。それを確かめてスッキリしたいと思っていた――主に正継が。

「あんた、ハーフかクウォーターなのか?」

「ハーフよ。正しくはミクスド。アメリカンとの混血なのよ」

 正継は調子が狂うのを感じた。悠汰はどちらかと言うと調子が戻るのを感じた――疑念が減れば別のことに集中できるからだ。ただ、正継にとっては、振り払いたい気持ちがまだ生じていた。

 いつの間にか息がとまっていた正継は、呼吸を正そうとして咳き込んだ。

「あ、あー……うん、そうなのか」

 正直、連携しにくかったら? ということも、彼らの頭にはあった。

 問題はあり過ぎる。その解決の為に、思考を順々に。それを言葉にする。

「それで、どうします? あなたはあちらから来たんですよね。一緒にグラウンドに戻ります?」

 悠汰が、女性に問い掛けた。ついでに、自身を納得させる為の思考も。

(もとはと言えば……この人が必死に戦うほどの酷い状況があったんだろうから……あっちに戻らせるのも変だもんな。そうしたくないし)

 あっち、というのは、研修場所のことだった。悠汰からしたら、研修することになった場所がある方向、という認識ではあったが。

「……ええ、そうするわ」

 意を決したからか――彼らが会ってから今までの中で、彼女の最も力強い返事だった。

「ヘリ……か」

 正継がつぶやいた。彼は、悠汰の言葉の理由はそこにもあるのではと思っていた。

 そこで、悠汰の声が。

「とにかく、事の真相を知っているかもしれない人には手当たり次第に会った方がいいと思うんです。会っても敵かもしれないけど、会うしかないと思うんです」

 言い終わり頃には、校舎の方へ続く道のほうを振り返っていた。そして悠汰は、青く輝く魂玉こんぎょくを出し、それを大きくするように念じた。

(僕は、自分を失ったような行動は、したくない……しない、絶対に。自分がすべてなんて思わないけど……ただ、守りたい)

「行こうか?」

 ふと、聞いてくるように――その実、答えがわかり切っているように、女性は、既に足を踏み出していた。

 それに続いてふたりも歩き出した。

「こんな時だけど、君、名前は?」

矢川やがわ正継まさつぐ。そう言うあなたは?」

川元かわもとジェレイン。よろしく」

「確かにこんな時だけどな。ま、よろしく」

「君は?」

 どうもジェレインは『あなた』ではなく『君』と言いがちらしい――などを思いながら。

洲田すだ悠汰ゆうたです」

 悠汰はこの三人の中で、唯一、十代のクラスに属している。だが、歳はジェレインと悠汰の方が近い。とはいえ、ジェレインと正継のあいだのほうが雰囲気がいい。悠汰は察した。うなされていた正継には何か事情があるかもと悠汰は思い始めていたが、そこにジェレインが何かを及ぼすかもしれない――とも。

 我気にせずという態度を気取って、悠汰も歩いた。三人の中で一番小さな歩幅と身長。存在感を消すのは楽。ただ、遅れぬように。必死に周囲を観察しながら。

 何かと遭遇することもなく、グラウンドの縁の入り口付近――道幅が大きく拡大された部分――へと近付くことができた。

 茂みから出て道をけばグラウンド。そこを、さて行こう――として発見した。目の前にいるのは、一ノ宮教師長。

 彼が青い制服を着ている。対魔警軍の管轄で任務をこなしてきた後だからだ。

 そしてその時、唐突に――

 甲高い悲鳴。

 その木霊まで聞こえたような感覚。実際には悲鳴が長過ぎただけ。それだけの事態を、悠汰たちは背後に感じた。

 一ノ宮は背を向けていた。が、悲鳴の大きさ故、三人のほうを向いた。その時に一ノ宮は三人の存在に気付いた。

 遠くの誰かの事態を悠汰も気にしていて、

「ここには僕がいます、声のしたほうへ向かってください!」

 すると、こわ張った顔をしたふたり――正継とジェレインが、悠汰に対して首を縦に振り、森の中へと帰っていった。



 悲鳴を上げたのは石村いしむら亜紀あきだった。

『亜紀!』

 三つの角の白馬の叫び声。

 呼び掛けながら、馬――紫眼しがんは、放つ角度を計算した。声に反応してしゃがむ少女・亜紀に当たらぬようにと、高電流を叩き付ける。

 音がする前に相手が軽く痺れたような動きをして止まり、隣の男が槍で首と手足を木に押さえ込んだ。

「大丈夫か?」

「……うん」

 この段階で、既に、襲撃してきた者の人数は、五人を超えていた。しかも、対魔警軍の一員であるこの男性からしてみれば、合計で十人ほどにもなるのだった。

 森は穏やかになっていた。さっきまでは何か航空機が飛んでいるような音がしてもいたが。それももう無い。

「先を急ぐぞ」

 言いながら、男性は黄色く輝く槍を両手に二本ずつ持った状態で歩き出した。

 亜紀は、白馬のほうへ近付いてから、彼について歩き始めた。それを紫眼が追う。

 とある瞬間、かすかな草の音を察知した男性が――

「……っ! 気を付けろ! 後ろだ!」

『――!』

 すぐ後ろには馬がいることで、亜紀は、振り向いても事態を察することができなかった。そんな亜紀を背にした紫眼は、退く訳にはいかぬと考えた。ただ、振り向いてすぐの体勢では、紫眼にとっても悪状況。

『ふんッ!!』

 見えない位置に魂術こんじゅつの効果を生み出すのは不可能に近い。ただし、イメージできる空間なら別だ。最も簡単な構想を、幻想のように、できる限り想像する。

 命を焦がすほどの――雷という名の無音の銃弾。それが走った。紫眼がそうさせた。

 そしてすぐ近くに、落ちる物体があった。

 それは黒く焦げたのではなく、もともと黒かっただけのもの。それが落ち、地面にぶつかる前に消えた。

 そして、木の陰から姿を現した存在があった。

 男。

 彼もまた灰色の制服を着ていて、彼の魂素流こんそりゅうと共に、また黒い物体――闇色の天使の輪が再構成される。地に落ちようとして途中で消えたのはそれだった。

 そこで急に、黄色い槍の男性は――

「スムーズになったな。魂素流をよどみなく収束させやすくなったらしい、前よりは」

 あまりにも唐突だった。周囲の者からすれば、事情をみ込みにくい。少女・亜紀は、馬の腹の下に隠れ、意外だという顔を見せた。いつの間にか、彼女はそこで、座り込んだまま固まってもいる。

『……? どういうことだ?』

 と、いたのは馬。三本の角のうち、一本だけが前に伸びているその角を、男性のほうに少しばかり向けた。

 男性はそれに答えようとした。だが。

「お前は……!」

 まず吐き出されたその声は、将次郎しょうじろうの声だった。

「何や、知っとるやつか?」

 という言葉と共に、もうひとり。

 声が複数だということに、「あれ?」と顔を綻ばせ、亜紀は、馬の腹の下から出てきた。うようにしてから立ち上がり、膝を軽く曲げ、馬の横腹に触れるような体勢で――警戒しながら次の言葉を待った。すると。

「俺の任務を邪魔した最低野郎だよ、こいつは!!」

 将次郎はそう言いながらも、そうではないと言い返されたいと感じていた。そして、代名詞で呼ばれた彼を指差すことをも拒み、ただ、まっすぐにらみ付けた。

 将次郎と健司は、校舎へと道を走っていたが、その途中で、横に気配があることに気付いて対処すべきと考え、入ったのだった。だから紫眼や亜紀、彼女らのそばにいる男性の前へと現れたのだった。

 そこへ――将次郎が叫んでから数秒後に――正継まさつぐとジェレインが、道の校舎側から走って気配を察知し、森に入って現れた。彼らは最初、森の中に戻っていたが、肌に感じる魂力こんりょく辿たどって横の道に出たのだった。それから走って来ていた。息を整えたジェレインが、

「どうなってるの?」

 と。

「紫色の目……。ん? そうか、洲田すだのもう一つの……か?」

 正継は理解しようと努めたが、そんなに大きな声にはなっていなかった。質問としても届いてはいない。

(で、どういう流れなんだか)

 ここへは、様々なグループが合流している。互いに、そこにあるすべての命あるものを前にして――それぞれが混乱と錯覚の中にいた。時間が止まったという錯覚。厳かで穏やかな森の中なのに冷ややかで涼し過ぎるような、それでいて生温いようなアトモスフィア。

 この大きな道のすぐ傍の森には、数秒間の静寂と、戸惑いと、警戒心とが、ただただ混在していた。

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