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現代神話物語  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ
第五章 任地の岩

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「だ……誰やァ!!」

 言って振り向きながらも、揺れる目線を向ける。道に出てきて歩いていたが、怪しげな足音が左手の森からしたのだった。

 見詰めることを理性は求めたが、本能は拒む。もし恐ろしい敵だと判明できてしまえば、逃げ出したい――身体からだは小刻みに震えては止まる。

 名前を名乗れば援軍となるわけでもない。敵か味方か。具体的な立ち位置を知りたかった。

 慎重に何度か呼吸をした時――姿が見えた。

 誰なのかと問うた彼の前に現れた人物は、黒い魂玉こんぎょくを宙に浮かせていて――

「俺は、那岸なぎし将次郎しょうじろう。ここの校舎の人間やけど?」

 意外にも丁寧に返され、彼は奇妙な気持ちになった。そしてその最後は、彼にとって「そうだと知ったらどうするのか」という問いに聞こえた。

「……や、別に。何もあらへんけど……。なんやねんおっちゃん、めっちゃ怖いわぁ」

「は? ま、どうでもいいけど」

 将次郎は耳の裏を掻いた。話を変えたいという想いもあったからで。だから続けた。

「というかこの騒ぎはなんなん? やっぱり俺らの上司使って何か企んどう奴の仕業かいな?」

「……? 知らんけど」

 互いに質問し、答えもあったのに、ほぼ何もわかってはいない。味方は増えた。それだけ。それが心強くもあるものの、不安は消えてはいないことを、風が教えていた。冷たい風が通り過ぎる。この季節、もう十分暖かくなった頃だったが、魂力こんりょくてられたせいか、ちょっとしたことで背筋が震える。

 その震えから解放され、溜め息をく。

 半田はんだ健司けんじのその一瞬の隙をき、獣のように飛び掛かった存在があった。それは反対側の森の縁から姿を露わにしていた男で――

「――っ!」

 相手に魂術こんじゅつ能力を使う暇を与えない、そのくらいの俊敏さで、十分に判断し、動く。

 一瞬後には、何かが空中をスライドする音と、銃声とが鳴った。

 ボンレスハムのように、その身を、宙を舞った何かで締め付けられ動きを封じられたまま、男は撃たれた。と言っても、その箇所は足首。

 一瞬の動転と短時間の痛み。その男はそれらだけを感じていた。地面に打ち付けられると、気絶。その肉体から魂力こんりょくが消え失せた。連動して、男の胸元に実はあった魂玉も同様に。

 打ち付けるために念力的に操られた黒い輪を、将次郎が消し去った。そのタイミングで将次郎が、

「もー、危険やなぁ。……さ、校舎のほうに行こう、まずは安全確保せんといかんけん。走るよ」

「お、おう」

(博多人なんかな)

 走る彼を追うことになった。追いながら健司は、速度を一時的に上げ、途中から横に並び――そして周囲の気配を探ることにも集中した。

 黒い魂玉を共に携え、軽快に走っている。その様はさながら一対の演舞者たち。

 ……来た道を戻る途中、今日初めて通った時と同じだと健司が思えたのは、今まさに南中しようとする太陽の輝きの強さだけ――彼がそう錯覚するくらいに、何もかもが違った。



 紫眼しがんに対して答えた男。彼は、

「違う」

 とだけ言った。その青い制服は対魔警軍のもので、その姿からはもっと別の返事があるものと少女は思っていた。

 彼女からしても、その姿はニュース等で見たことがある程度。警戒した彼女は、三つの角の白馬・紫眼の腹や脚を前にして身を隠した。首だけひょいと出し、観察する。

「私は確かめに来ただけだ」

 と、男から述べた。回答の続きだ。

『何をだ』

「…………」

しや、任務の真の意を……ではないのか?』

 すると、男は、鋭い目を一瞬だけ大きく見開いたあとで、それを更に鋭い目にして。

「……そうだ」

 紫眼のほうを向いている彼の背後に、近付く音があった。自然の音楽以外の音。

 無言のまま、彼は、右肘辺りに浮かせた魂玉こんぎょくから、左手で武器を取り出した。

 黄一色の、二又の槍。

 彼がそれを取り出すのは一瞬のことで、そして彼は素早く振り向き、それを投げた。投げられたそれは、見事に目標物を首を木にたたき付け、さすまたのように完全に身動きを封じた。その勢いで後頭部を激しく打ち付けた相手は、気を失った。

 魂力を収束させ、投げた瞬間に一気に爆進させる。彼がいつもやっていることだった。そうすることで攻撃速度を上げ、ほかに費やせる時間を稼ぐ。

「……まだいるな。私は校舎に行くが、お前たちはどうするんだ?」

 後ろだった方向を身体からだの前方にしたまま、彼は、目もやらずに言って新しい槍を呼び出した。どもまでもレモンのように眩しい槍。

『同行するに決まっている。森の果てまで生きて逃れられると思っているのか?』

 男と槍を視界の端で捉えながら、紫眼が太い天声を響かせた。

 少女――亜紀あきは、一歩前に進み出ており、辺りを見回していた。ビクビクとしながら。

 紫眼と男は、そんな彼女に一瞬だけ目をやった。

「さあ、な」

『お主……槍を投げているあいだに、その形を遠くから変えられぬか?』

 魂術こんじゅつ能力を唐突にかれ、適当に手元の槍を投げた男は、森の中から悲鳴がしたのを確認してから、振り向いた。

「できるが。動いているあいだにとなると、イメージも同じ速さで動かすのに近いことになるから、魂素の消耗は激しいんだが……それがどうかしたのか?」

『この娘の能力が、どうやら『速さ』らしいのでな』

「一回一回が疲れなくなるよっ」

 元気一杯の、だが少しだけひそひそとした亜紀の返事。

『と、いうことだが……投げるものが小さければ小さいほど有利だろう。だが小さ過ぎれば、首元目掛けて飛ばしたところで、貫いてしまわぬとも限らぬ』

「なるほど。ふむ。速さの面では自分の魂素を消耗しないで済む、だからその分、武器を欺け、と」

 彼は、紫眼のそばでオドオドとする亜紀に視線をやり、ほんのわずかにだけ口角をコミカルに曲げた。

「よし。そうすることにしよう」

 紫眼の首の横でいつの間にかうずくまっていた亜紀が、立ち上がって、魂玉こんぎょくを創り始めた。

 青い、不透明な――磨りガラスの大玉のような――

 それを見下ろして、同行者の準備が完了したことを確認すると、彼は黙して歩き始めた。暫く経ってから、一体の守護体しゅごたいへと、

「前方は私とこの子が。誰の守護体かは知らないが……お前には後方を頼めるか?」

『無論だ』

 注意を払いながら歩くのは想像以上に疲れる。

 そんな中に少女がいる。

 おびえながらも、先程よりは安心し、明るい顔を見せる。

 ああ、これを守らねば――と、どこからか力が湧いて来る、そんな想いを彼は感じた。

 そうふけりながらも頭の片隅では気配を読むことを忘れない。そんな中、五十歩ほどを歩いた頃――

 前方から、血の臭いが立ち込めてきた。

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