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現代神話物語  作者: 弧川ふき(元・ひのかみゆみ)
第四章 情の認知

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18/27

5

 音が届く。棚が倒れる音。ガラスが割れた音。壁に穴が開いたのか――木の割れるような、それでいて籠もったような音も。

 家の中だということを、これを見る()は、うんざりするほどわかっていた。

 次の瞬間には、甲高い悲鳴が木霊こだました。

 暫くは、それが誰の声なのか理解できなかった――当時は。

「うぐっ……」

 身を起こそうとした彼は、その時になってやっと、自分が大怪我を負っていることに気付いた。必死に痛みに耐えて立ち上がり、声のする方へと向かった。

 この時ばかりは、自分が能力者で良かったという感覚になった彼だったが。

 ()()()は、見つけた時には、既に、とても見られたものではなかった。

(――っ!)


「あ、起きました?」

 声の方向は、正継まさつぐから見て真上だった。

 世界を、まだ漠然としか受け止められない。ぼんやりした視界をとりあえず向け、正継は眉間にしわを寄せた。……最初は枝葉が揺れていることしか彼にはわからなかった。

 だんだんと見えてきた少年の輪郭を、はっきりと捉えることができるようになってから、正継は言いたくなった。

「お前、怒ると怖いんだな」

 先の夢見から逃れるために、少年――悠汰ゆうたを利用して現実へと逃避したのだった。

「……あー……まあ……や、そんなことを言ってる場合じゃないんですよ」

 言われて、

(自分が倒れていることも不都合か?)

 正継はそう思い、立ち上がった。すると。

「校舎に誰もいないんです。恐らく森に課外授業と称して呼び出されて、集団暗殺を謀られたんだと思うんですけど」

 根拠は、これまでに聞いたすべての言と、これまでに見たすべての現。確実な証拠ではないが、確実な疑問点ではあった。

「わかった。授業場所へ急ごう」

 彼の声を聞いてから走り出した。向かうは――もしかすれば自身の死に場所ともなり得る所。深々たる墓。

 森を渡る。蔓延はびこる木の根に引っ掛かって困ることがないようにと、あらかじめ広い道が作られていた、そこを渡る。実践の研修が行なわれている場所へと。

 彼らは、今はもう、自分の通る道が死への道程だとは考えることもしなくなっていた。さっきまではそうだったが、ただ自分の身を護る戦いで精一杯の者たちの為に、すべての力を駆使して安全を確保する、その想いで満ちていた。その想いゆえ、

(持ちこたえてろよ、俺は……もう……)

 と、正継の脳裏にちらついたものがあった。それは――女性の死に様。

(もう、見たくない)

 彼は思わず口に出してしまいそうだった。

 木々が揺れ、風が鳴る。実際には葉と葉や枝が、たたき合ったり擦り合ったりした音。いつにも増して激しい狂想曲。

 そんな中、ふたりは、かなり進んだ所で走りを緩め、立ち止まった。暫くは息を整えるのに時間を費やしたが、すぐに戦闘態勢に入った。

 ――何かがいる。

 ザッザッザッザッザッザッザッザッ……

 右は森、左も森、道は前後に開かれていて、それは前方から聞こえてきた音だった。森の儚さの中を擦って歩く雑音。

 魂玉こんぎょくを出す。青い靄が悠汰ゆうたを、緑の靄が正継まさつぐを包んだ。一旦、身体を取り巻くと、それぞれの意思に反応し、術者の固定させたい位置に浮遊。空中にて止まる。悠汰の右手に青い魂玉。正継は二つに分け、両手に。

 脇の茂みから、前に現れた――のは、見覚えのある校舎生だった。

「制服……? なんで!!」

 ()()の、色白の喉が震えた。更に続けて――

「もう誰も死なせない!」

 その眼に、滲むものがあった。

 若い女性。彼女の長い髪を風が揺らす。その手に、灰色の魂玉が作られようとしていた。

 その厳かな雰囲気に、正継は、少しだけ見()れた。

 そんな彼が、はっとして自分を奮い立たせるように声を掛けようとする。見覚えはあるのだ。ただ、知り合いでもない。しかしこんな状況下だ、どう声を掛けるべきかと迷い――

「ちょっと待って!」

 と、悠汰が話し始めた。

「僕らは奴らの味方じゃない。ていうか君らの味方だよ!」

 奴らと言っても、その全容は、まだわかってはいないが。

 無駄な戦いはしたくない、これはしなくていい戦い――両者にその想いがあった。だが、互いに心など見えない。互いにそう信じるだけ。

 だからこそ、男らふたりは魂玉を消し去った。

(信じて)

 悠汰は訴えた。心の中で。

 今、作動に十分となった――完全となった――その灰色の魂玉を、女は空気に散らし、

「……本当?」

 警戒を緩めた。

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