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現代神話物語  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ
第四章 情の認知

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2

 目的地に着いてから見て回った。だが、何の異状もない。確かに人の数は少ないかもしれないが、まったく騒いでいない。

 空港内のレストランに向かい食事も済ませたが、そのあいだも、何も起こらない。

「何かあったらこちらに連絡を」

 案内を買って出た空港の責任者に対してだった。正継まさつぐがそう言って番号交換を済ませると、正継と悠汰ゆうたは、すぐ近くのホテルで休むことにした。


 翌日の朝。

 出発ロビーのベンチにふたりで座った時、正継から。

「昨日の食事の時も言ったが――」

 尻の位置を直し、ベンチの硬さを確かめてから、彼がまた。

「まずすべきは、相手の魂術こんじゅつ能力の見極めだ」

「ですね」

 そうしなければ状況の変化に対応できない可能性がある。

 とりあえず肯定すると、悠汰は、彼の隣で、同じく座ったまま辺りを見回した。

「ただ、被害者がいたら……その保護をしてから退治だ」

「説得はしないんですか?」

 悠汰は強く気にしていたが、その顔に感情は出なかった。

「そんなことをしていたら被害が大きくなるだろ」

 正継は、ワイングラスを持つ手を――まあ今は持っていないが――横にふわりと動かすように振ってから、そう返した。そして続ける。

「俺たちが任されたのは退治だ。見つけたら殺す。それまで――」

「違いますよ」

「どこがだ? 退治しろって言われたんだぞ俺たちは」

 すっくと立ち上がった正継は、出発口へと向かう。その背は悠汰よりも大きい。

 悠汰もまた立ち上がった。

「退治するのは相手が危険だと思われてるからで。原因をなくせばその必要はなくなるじゃないですか。意味上そういう言葉になるだけで――」

「その原因がわからないんじゃな。もしこのまま危険だってコトになったら、俺は、殺すしかないと思うけどな。狼のこともそうしただろ」

「そりゃそうですけど」

 悠汰は後を追った。淀む心を感じながら。

 悠汰が追い付いた時、出発口の前で、正継が、この時だけ一段と小さい声を発した。

「対魔警軍直属の校舎生です。任務で来たので通してください」

 国際線の監視員は、驚いたりしなかった。年齢とのギャップなどは周知。目撃情報があったことも知っていて、円滑に通した。

 手荷物検査と出国審査の検査員、審査員を同じ言葉でやり過ごして、正継が、

「お前は死人を増やしたいのか?」

 と耳に届けた言葉に対して――悠汰は、心中では抗議できるのに、口に出すとなると中々言葉にできないでいた。数秒後に、やっと搾り出した。

「増やしたくないですよ当然。でも、魔物を見てすぐに殺そうとするのもしたくないんです。その……今回のは……特別な意図がありそうな気がしてならないって思ってて」

 直感というよりも、少ないながらも根拠のある予感。くだんの魔物は、明らかにほかとは違う目的意識を持ってここに来る。それに、昨日の出来事の不思議さも加わる。

「まだ現れてないらしいな。まったく何をもって現れるんだか」

 最後は吐き捨てるような口調になっていた。歩きながらの。その発言に対し、一緒に見て回る悠汰からも声が。

「人の居ない場所」

 彼は自分でも驚いていた。まるで誰かに言わされたような感覚さえあった。そんな、静かな声のあと、正継は結局、

「ま、どうでもいいけどな。俺はそいつを殺せればいい」

「でも」

 正論ではあった。ただでさえ対魔警軍に対する意見が両極端。もしも、倒せるのに、それだけの間もあって、誰かを見殺しにしてしまったら、ますます暴動や反警軍運動を助長してしまう。

「でも、両方を助けてみせる――僕は」

 意志は強固なものとなった。もち論、見殺しになどしないという意志も。

 さて何を基準に現れるのか。空港にあるものの多くが、魔物のためにはならなそうなものばかり。レストランは候補の一つではある。強いて言えば人もその一つ。だが、そういう食事の為なら空港に来る必要はまったくの皆無。

 わざ々自分を曝け出すのだから、それによる利益は相当なものだろう。ここへ来ることで自身への注目を悪い形で呼び集めることになるとわかっていないのなら話は別だが。

 朝。

 時計の場所を確認する。

 電光掲示板の真上にある横長の長方形のデジタルが、今切り替わった。

「十時丁度」

 と、確認してから割りとすぐに、悠汰ゆうたは、一ついてみたくなった。

「あの。矢川やがわさんはどういう能力なんですか? この前聞けませんでしたけど」

「風だ。普通は気温の変化から風が起こるんだろうが――プロペラのように空気を押しやったりしない以上、無理矢理なもんだから温度変化が激しいんだ。この前はそれが完全にバレて行動が読まれた。熱を察知できる相手は、相性が悪い……こともあってな。……で、お前は?」

 咄嗟とっさに変な声を上げそうになった悠汰だったが、それを抑え、周りをよく見ながら。

「今、僕の中にいる守護体しゅごたいの能力だけなら、氷ってことになります。僕の場合、高熱なんかが――」

 その時。

 悲鳴が木霊こだました。

 魔物の可能性。飽くまで可能性だが、とにかく急行。

 さっきいた場所に近い所から逆に逃げてくる者が数名いた。それとは逆向きに、悠汰たちは走った。だが、すぐに止まった。

 眼前に何かがいて、視界が遮られている。しかも大きく。

「くっ……!」

 悠汰は必死に右足に体重を掛けた。力を入れて右前方に跳ね飛び、前転。そして体勢を整え、素早く振り向く。と、相手の姿を脳に焼き付ける。

 正継まさつぐもほぼ同じやり方でけた。そして座り込んだ状態で片膝を突いたまま、さっきまで背後だった方向を見やった――悠汰と同じように。

 まるで恐竜のような化け物の姿がそこにある。歩いていて、そして止まった。黒い斑点を携えた灰色の、虫類独特のざらついた皮膚感。そんな存在が巨()を見せ付けている。大きさは少年の比ではない。三メートルはある。

「何が目的なんだ?」

 正継はそれだけを言い、緑の魂玉を右手の前に生み出し、浮遊させた。

 資料にあったように、ヨルトカゲに似ている。またの名をナイトリザード。それに似ている。夜のようで紛れやすく、戦士のように大きく発達した四肢。

 とにかくその一体が、強い眼光を、どこかへと向けた。

(……?)

 悠汰たちはその視線の先に目を向けた。ベンチの近くに、もう一体。そちらはもっと大きい。

「こ、子供……?」

 一回り小さい方を見て、悠汰はそうつぶやいた。

「こいつ、親蜥蜴(とかげ)か」

「みたいですね。やっぱり糧じゃなくて安全を求めてるようにしか――」

「しつこいぞ! そうかもってのは俺も納得してる! 今はそこを論じてる場合じゃないだろ!」

 そこで息を整え、正継は呆れたように、続きを。

「せいぜい人を殺すなよ」

(そんなのわかり切ってますって)

 しかしどうしたらいいのか。悠汰の頭の中には、話し掛けるという選択肢しか無かった。

いていい? あー……どうして来たり来なかったりするのかな」

 純粋に、思い付いたままに。

 返事は超常現象だった。影の中がうごめく。光の落とす影の斜線内で、空気が黒い物体へと変わる。

「影の……立体化……?」

 形のあるものが相手ならと、正継は安心した。風の斬撃で何とかなりそうだからだ。

 床から生える黒い角のようなもの――それは、どの角度から見ても同色と言えた。まるでほかの色を持つことを拒否しているかのような。

 大きな方の蜥蜴から、魂力こんりょくによる威圧がある。さっきからずっとだ。悠汰は、そちらがこの影の三次元化をやったのだと考えた。実際そうだった。

 その影は、手すりから伸びたものが立体化したもの。その手すり全体の影の斜線内で、主人である手すり自体に向かって伸びた影は、途中で第三ゲートの方へと折れ曲がり――何かを示すように動いている。あれだ、あれだ、という風に。

 そちらに目をやる。と、ゲートの向こう側にある窓ガラスを通して、大型旅客機の先端が少しだけ悠汰の目に映った。

「ハッ! まさかあれに乗れる積もりじゃないだろうな」

 親の方の蜥蜴とかげに、正継が圧を掛けた。

「――それで? もしかして……ひっそりと暮らしたかった、とか?」

 悠汰は刺激し過ぎないようにした。蜥蜴の子にも視線をやり、反応を待つ。

 その時だ。

 首が動いた。その親子の首が――同じタイミングにはならなかったが――確かに頭を垂れた。何かの習性による儀式にも見えるし返事ではないかもしれない。だが、悠汰は信じた。

「じゃあ、僕らの校舎の周辺の森に棲めばいいよ」

「なっ」

「別にそんなの、どこでもいいんだから。おんなじ効果が得られるなら、それでいい、そうでしょ?」

 左目には眼帯。悠汰が右目だけで見詰めて――説き伏せるというより、なだすかすように。

 それで済んでほしいのだ。悠汰がそう願ったばかりなのに。

「呆れるね。お前馬鹿か?」

 正継は、自分の右手の前に浮いている魂玉こんぎょくに、より一層魂力(こんりょく)を込め、そして続けた。

「こんなマネして、何かあったらどうするんだ! 任務をこなせばいいんだよ任務を!」

 何かあったら――

 何かあったんだろうか。悠汰は考えた。正継の過去を。

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