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現代神話物語  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ
第三章 錨の錠

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13/20

5

 動きを封じ合う廃船の中。夕明かりは、あっても、ほとんどふたりを染めてはいない。対魔警軍の男は腕ごと黒き魂玉こんぎょくから出た円にて封じられ、将次郎は彼の黄色の魂玉から出た靄にて顔や胸を圧迫されていた。

 そんな中で、声があった。顔を緩ませる声。

(あの猿のコは死んでない……!?)

 だが油断してはならない。確認するために――将次郎はまず、円を奥へと、

「ふん!」

 と押しやった。魂力こんりょくを込めてそうすれば、男は身動きを封じられたまま壁にたたき付けられるのみ。

 ただ、相手も何もしないわけがない。彼も黄色の魂玉に力を込め、黄色の、二又の、鋭い槍を生み出し放った。

 相手の靄に捕まっている将次郎だったが、相手が吹き飛ばされ始めたタイミングだったからか、けようと思った瞬間、身体からだが動いた。

 壁に槍が突き立った。

 男は反対の壁に激突。

 将次郎は槍を避け、涙を払って猿に駆け寄った。背の方からうめき声が聞こえるが、彼はそれを無視した。

「お前――」

「……キィ……」

 静かに鳴きながら、手を伸ばしてくる。弱々しい。

 その手を取ると、猿は――跡形もなく消えてしまった。

 消えた。目の前にはもういない。

 また、将次郎は泣き出しそうになった。

 その場に残っているのは、負の感情以外を消し去ってしまいそうな、闇と槍だけ。

 その静けさの中で、彼は、脳裏に焼き付いている猿の魔物を想い、喉を震わせた。

ぼう……」

 彼は名を呼んだような気がした。まあ実際呼んだのだ。語り掛けた。だが応答を期待してはいなかった。できなかった。猿は既に……。

 そう思う彼の前に――

『んきゃっ』

 現れた。

 猿だった。死んだ筈の猿の魔物。船の外では漁師たちが猿坊さるぼうと呼んでいた――さっきまで一緒にいた、あの猿そのままの姿なのだ。

「あ……え?」

『よんだ?』

「ええっ!?」

 一瞬だけ背後を気にした。将次郎の後ろで、あの男は既に立ち上がっていたが、何もしてこない。

 その目を、彼はまた猿の方へと向けた。

 言葉でも動きでも焦りを露わにした将次郎に、猿坊は得意げに語り始めた。

『ボクね、人と同化するってことがどういうことか、わかんなかったんだ。だから、タマシイにむってこともわかんないし、一部になるってこともわかんなかったし。でもね、今さっきわかったんだよ。ほら、かみのけ一本一本がボクなんだよ? 任せられるって信じることだったんだなぁって、今なっとくした』 

「あ、ああ……」

(よかった)

 将次郎はみ締めた。今の想いを。ただ、

(同化ってなんだ? まあいっか)

 と不思議に思ってもいる。知らない言葉ではないが、知らない現象だ。彼は、こんな宿し方など聞いたこともないのだ。

(ああ~、ニヤけてしまう~!)

 謎を脇に置き、喜ぶことにした。震えが止まらない。安心が夕闇の幕を照らし返しているのではと思うほどの気分に、闇さえ明るいのではいう気分に、彼はなっていた。なぜか敵に恐れをなしてすらいない。

「なあ」

 猿を肩に乗せ直した――そして向き直り、対魔警軍の男に向けて、将次郎がそう呼び掛けた。

「これであんたの思惑から外れたよな。魔物はもういない。守護体になったからだ。ってことは、任務の対象にはならないよな?」

「……確かにな」

 その返事を聞いてから、将次郎は魂玉を消し去った。連動するように、相手を縛る黒い円も消える。


 青い制服の警軍の男は、心の中では微笑んでいた。

(ふん……一番望んだ結果かな。これでいい)

 前任の者は死んでいた。それを、彼は知っていた。事故だった。だが幾つか不明な点がある。それが微妙に隠されていたのだった。この船の壁の、幾つかの赤さも。


「じゃあな」

 最後に、意味ありげに、意地悪な笑顔でそう言った軍人は、さっさと行ってしまった。来た道をそのまま。

 それを将次郎も辿たどる。共に暮らす新たな仲間を肩に乗せ、より多大な魂素量こんそりょうを蓄えて。

「うっし、帰るか」

『おー』

(にしても二体目の守護体になるなんて。こんなこと知らんかったぞ)

 彼はそう思いつつ頭部に触れ、気付いた。

「ちょっと俺薄毛になってないか?」

『さっきそこに同化したからだよ! ボクを戻したらボクがかみのけになるからね!』

「そ、そう……」

 そんな会話をしながら船の外へ。

 猿坊のことを心配していた漁夫たちの喜ぶ顔を見た時、また、将次郎の目に、別の涙がまった。彼は、くしゃっと崩した顔で漁師たちとの会話を終えてから、帰還のための一歩を踏み出したのだった。

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