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現代神話物語  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ
第三章 錨の錠

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2

 廃船を出てすぐの所で人と出会った。

 将次郎が見たのは――漁夫。

(うん?)

 倒した梯子はしごから出てきて、使われていない船着き場の地面にしっかりと立った彼を――待ち構えていたように、十数人が包囲。

「おいっ、その猿をどうするつもりだ!」

 中央の、一番手前の若い人物がそう言った。手にはもりを持っていて、こちらに突き付けるようなポーズを取っている、男。

 神か何かの気まぐれか魔物が蔓延るようになって、その対策でそういった武器を持つ者は多くいる。その銛の矛先を、男は、かなりの距離を保ったまま、将次郎に向け続けている。

「そいつは魔物だ、わかってるのか!?」

「わかってますよ当然。それに、あなたがた、こいつの面倒なんて見られないんでしょ? あそこにいたまんまだったし、怖がってるし……俺はこいつを保護したい。ってことで――」

「そうはいくか!」

 将次郎の左横の年配者からそう反対されてすぐ、将次郎の右前の男もまた、

「あんたらが魔物を保護してどうなる!」

 と声を上げた。彼が続ける。

「この前みたいに! どうせ魔物の抹殺しか考えていない連中に殺されるだけだ!」

「はぁ?」

 将次郎は、そうさせないことを約束しようとした。だが、

「そうだそうだ!」

 と周りからは野次が。

 すると、最初の、銛の人物がまた銛をわずかに動かして。

「確かに魔物は怖いけどな! 扱いが難しいだけだ! 要するに! 俺たちにとっては、そいつは腕白な幼稚園児みたいなもんなんだよ!!」

「え、ま、待って! ちょっとタンマっす!」

(どういうことよ)

 将次郎は整理しようとした。彼らもまた将次郎の肩にいる猿の魔物を守ろうとしている。

 そして確かに、魂術能力者の中に、性格の悪い者がいなくはない。だが、

(この前みたいにって?)

 それは別件の証言。既に別の魔物が犠牲になった、そうに違いなかった。

(魔物の抹殺しか考えてない奴らって言ったって……俺たちは別にそうじゃないし……というか俺らは今回が初任務。まあそれは関係ないか)

 そこで、将次郎の脳裏に、船内の、猿のいた辺りの壁の傷が浮かんだ。

(まさか誰かが。そんな情報を得られるのは……。任務を寄越すほど情報はあった……。ええ? 公にいたとしても、そこまで集団でできるのは……対魔警軍しか……)

 彼の肩の上で、猿が笑った。歯をすべて見せたがっているかのように、口を横いっぱいに広げている。

(こいつは、ここのおやっさんにとっては、危険がある――かもしれないって程度……なんだよな)

 では、なぜ手錠を掛けられていたのか。

(もしかしてあの手錠も、対魔警軍の誰かが? 勝手に?)

 断定はできないが、漁師たちがやるようには思えない。想いがあるからだ。それに手錠をどんな者が持っていて掛けたのか。更には、それによって魔物が瀕死に陥っても構わない放置というやり口。

(どれだけの時間あのままだったんだ? 外せなかったんかな。いや、もしかしたらこの人たちは存在を知らなかった? ()()()()()()()()()()()? こいつに手錠をした奴は、適合者を探したりもしなかった……?)

 もし対魔警軍の誰かなら、その規律を、無視しているのではないかと、将次郎は考えた。

(そんな人物が?)

「よし。わかりました。俺はこいつが死なないように、ちゃんと面倒を見ます。だから信じてください。ねっ。……なあ?」

 最後に、将次郎は猿の方にほころんだ顔を向けた。猿に同意を求めたのだ。『それでいいだろう?』と。言葉で言いつくろうよりは、そういった態度こそ大事だろうと思ったからこそだった。猿に手をやって戯れさせ、命を想い、答えを待つ。

「……」

「で、でもなぁ」

 返答は遅かった。だがそれで良かった。急がせることに意味はない。

「キキッ」

 彼の右肩の上のその小さな猿が、彼の近付けた右手の指をつかみ、軽く手をつないだ。赤黒い毛並みと彼の黄白色の肌が繋がっている。

「喜んでる。あ、あの猿坊さるぼうが……」

 銛を持っている男が、それを将次郎に向けなくなって、そう言った。

 彼らの前で、西日に照らされ、三十代の将次郎とその肩の猿とが、顔を向け合った。猿の表情はよくわからないが、彼は笑みを向けている。

 その様を、そこの全員が見ていた。言葉だけではないその示しが、銛の男を突き動かした。

「わかりました」

 ついに承諾。そこに気持ちの曇りはない。

「猿坊を君に任せ――」

 だがその時だ。

「ここで何をしている!」

 不意の声。それは、すぐ隣の、5番倉庫と書かれた建造物の屋根の上からだった。

 将次郎と、彼を囲う漁師たちを見下ろしているその誰かは、そのまま更に。

「そいつはこちらで処理する! お前は校舎に帰れ!」

 太い声だった。激しさはないが冷酷な声。灰色の制服を着ている将次郎を見て、部下のようなものだとわかって言ったのだった。彼はと言うと青の制服で身を包んでいる。対魔警軍だ。

(処理……? そんな)

 何かそこまでの決まりがあるのだと将次郎は認めたくなかった。折角、救えそうなのにと。この手で救えそうなのにと。だから彼は心のうちで嘆きながら、魂玉こんぎょくを練り出し始めた。遅れて相手も。

 だが完全な魂玉を、お互い同時に出現させた。対魔警軍の彼の方がわずかに速度がある。

 黒い魂玉と黄色のそれが出ると、周囲の漁師は、その場から少々離れた。自分たちには手に負えないからだ。

 そして、将次郎から、

「どうしてなんですか! 一体何の権限が――!」

「任務だ!」

 聞いても端的。冷たさしかないように――まるで実際に冷気を大量に浴びたかのように、将次郎は感じた。

「そこに居続けるなら、お前も死ぬぞ! 犠牲になりたいのか!」

 そう告げられ、出したい言葉が喉に詰まる。

 明らかに将次郎の方が不利。経験の差がある。魂術能力者を育てる校舎から任に就いた初の組なのだ。それまで温かい環境で学んだだけ。対して男は対魔の軍。実践者だ。

 それだけに、様々な点で覚悟が違う。欠点を補えるのは本能と知恵のみ。

「誰の命令なんスかそれは! 理由は!」

 屋根の上へと将次郎が叫んだ。

「ふん。けば言うと思ったのか!」

 逃れられない――と将次郎は悟った。戦うことになると。

(殺される? 殺し返す? いや相手は人間なんだ! できるワケが!)

 思っても、まだ何もしないでいた。相手からも攻撃は何も来ない。だが言葉は――

「お前の手で処分してくれるのならそれも構わないんだがな!」

 そう言われて、彼はぼう然としてしまった。

(俺が、こいつを――?)

 彼の背に、ゾッとする感覚が走った。魂の拒否。自分の存在意義を失うような恐怖。そんな決断を下すことはできない。そう思うと同時に、彼は、命令してくる男に、その鋭い眼光を向けた。

「俺は殺さない! こいつも、そこのみんなも! あんたも!」

 言いながら、船の中へと走り出した。無言で、息も継がない。

 すぐ後ろをついて来られている? 振り向くとすぐ近くまで迫られているのでは? そんな怖さから、彼は、一切、振り向けなかった。

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