沖田総司 重たい愛に息をつく
厠に向かおうとするたびに、背後から足音。
ちら、と振り向くと、そこには真顔の見張り。
「なにしてるの?」
「見張りです」
「なにを?」
無言である。
いつまで続くの、これ。
――沖田総司、厠監視隊の存在に精神的限界を感じていた。
尊厳を取り戻すため、総司は決意する。
「……どこかで、健康証明を、もらってこよう」
向かったのは、先日の“バタン事件”で診てくれた町医者。
医師は総司を見るなり、ふっと苦笑。
「やあ、沖田くん。あのあとどうだい?」
「元気です! とても! だから、その、証明を……健康であるという証をほしくて……」
医師は沖田をあちこち見ながら言う。
「……なるほど。近藤さんの“愛”が重たくて、苦しいというところだね」
「ちょ、ちがっ……いや、まあ、そうです……!」
医師はくすっと笑って、紙を取り出し、さらっと書いてくれた。
「これ。“健康証明書”。まあ今ざっと見た限り問題ないかな」
「……!! 本当にありがとうございます!」
総司は嬉しさのあまり、両手で受け取る。
だが、その下の方に書かれた小さな文字に気づく。
有効期限:一ヶ月。
「……えっ」
「毎月、更新に来てね。健康を維持できてるか、僕がしっかり見てあげるよ」
(……商売上手ぅぅぅ!!)
その日、総司は「健康証明書(有効期限つき)」を胸ポケットにしまい、
そっとため息をついた。
斎藤が帰りを出迎える。
「で、どうだった」
「……貰ったよお。これでバッチリ!
これさえあれば病弱認定取り消しができるはず!」
――沖田総司、尊厳のための戦い開始である。
だが、近藤は健康証明書を熱心に見てはいたが、
沖田の風呂場と厠の前の見守りはなくならない。
なぜー!?
そして壁には、【健康管理月間】の貼り紙。
各隊士は健康記録の提出を励行せよ。
近藤先生、僕の健康証明書がとても気に入ったらしい。
それで全員に出させようと思ったらしい。
⸻
「健康こそ誠! 健康証明総進発」
朝の屯所。
近藤先生、満面の笑みで号令をかける。
「諸君!!」
“直立不動朝礼”……のはずが、
いまでは全員椅子あり、机あり、書類あり。
近藤が朗々と読み上げる。
「強い隊を作るのは、稽古だけではない! 健康だ!!」
「おおおおっ!!」
「ゆえに、今日から――隊士全員の健康証明を作成する!」
「おぉぉぉ?」
土方が額を押さえる。
「近藤さん……まさか、全隊士分か?」
「もちろんだ!」
「……マジか。予算の都合も、考えてほしい……」
医者はすでに横で準備万端。
カルテの山を積みながら、穏やかに笑っている。
「いやぁ、近藤さん、本当にやるとはね。助かるよ、こっちも忙しくなる」
(医者、完全に商売繁盛……!)
近藤は机を叩いて熱弁を続ける。
「われら新選組、誠の旗の下、健康においても他に劣らずあらねばならん!」
「はいっ!!!」
「……“健康至上主義”か。時代が変わったな」
藤堂が小声で言う。
医師がにこにこと全員を見回す。
「では、皆さん順番に。体温、脈拍、あと一応、身長体重もね」
屯所は完全に“出張診療所”と化した。
診察が進む中、近藤は終始満足げ。
「うむ、これで安心だ。
誰もバタンと倒れず、しっかりこきつかえますなあ」
土方がため息をついて煙草を取り出す――もちろんすぐに没収。
「……こんなに働きづめの俺から煙草を取り上げるのか……
俺はもうこの流れについていけねぇ……俺が一番早く星になるかも……」
──こうして新選組は、
前代未聞の「全員健康証明所持組織」となった。
そして医師は、史上最も潤う月を迎えるのであった。
⸻
「健康偏差値ランキング発表!!」
屯所の朝。
廊下にざわめきが走る。
「なんだ、これ……?」
「おい見ろよ……“健康ランキング”って書いてあるぞ……!」
ざわざわと集まる隊士たち。
廊下の壁には、ずらりと名前の並んだ紙。
そこには血色、体温、心拍数、体脂肪、寝起きの良さなど、
謎に細かい数値が並び――最後の欄には**「健康偏差値」**の文字。
作成者の署名:土方歳三。
「……土方さん、やると思った……」と斎藤が低くつぶやく。
その土方、腕を組んで前に立つ。
「健康は管理だ。数値化すれば一目瞭然だ」
「えええーーー!?」
藤堂くんが思わず叫ぶ。
「え、これ、みんなの数値……どうやって集めたんですか!?」
「医者の協力を得た。あとは、カン」
(カン?……)
土方が黒板の棒で紙を指す。
「さて、結果発表だ」
最上位、堂々の1位は――永倉新八!
「うおおお! 俺、偏差値78!? 筋肉は裏切らねぇ!!」
2位:原田左之助。
「おーい、筋トレ組の勝利だな!」
「3位、斎藤一。安定の無駄のない体調管理」
「……特に何もしていない」
そして問題の――最下位。
「……沖田総司、偏差値……42」
「うわーーー! でたーーー!!」
屯所にどよめき。
総司、顔真っ赤。
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕、元気だし!
健康偏差値っておかしいんじゃないですか!?」
「それに、なにその項目、“寝起きの悪さ”“機嫌の悪さ”“倒れやすさ”って!
数字化してるけど、ただのイメージじゃん!」
「どうして剣の強さとかの項目がないんだよー!」
斎藤が淡々と補足する。
「イメージでも、数字は嘘をつかない」
井上さんは笑いながら自分の紙を指さす。
「おや、わしは真ん中くらいじゃな。偏差値53……学生時代みたいで懐かしいわい」
土方は腕を組んで締めくくる。
「この表は、廊下に常時掲示する。努力して上を目指せ」
(常時って!?!?)
総司の顔が、湯気を立てる勢いで真っ赤に。
それにしても、と総司は思う。
この近藤さんお気に入りの健康偏差値、新選組でなんの役に立つのさ。
健康偏差値の数字は最低だが、剣術の腕の偏差値なら僕は一番だよね。
多分、足も一番早いしさ。
「よーし、目指すぞ、一位」
そう呟いて、
総司は拳をきゅっと握った。
ーつづくー
とうとう健康証明書 登場!健康偏差値ランキングもできあがりました。
沖田総司の戦いは 続きます。
どうぞ お楽しみに




