沖田総司 視線の真相
ある日の夕餉のあと。
髪を乾かしながら、沖田総司はぽつりとつぶやいた。
「……斎藤くん、ちょっと聞いてほしいんだけど」
斎藤は湯飲みを置き、薄い眉を上げた。
「なんだ」
「なんか、最近さ……風呂に入るたびに、視線を感じるんだよね」
「えっ……えっとぉ、気のせいだろ……」
「いえ、確実に誰かいるんだよ。風呂桶の影から、“ちらっ”と……!」
斎藤は数秒の沈黙ののち、軽く鼻で笑った。
「近藤さんの指示で……この前の湯あたり以来、浴室の監視を命じられていた」
「えええっ!!!」
総司が湯呑みをひっくり返しかけた。
「命じられた!? そんな命令……!」
「うわー」
総司は畳に崩れ落ちた。
「そ、そんな恥ずかしいことを……! ぼくが風呂に入るたびですかー!?」
「交代制だ」
「交代制って!?」
「見張り番が三人、持ち回りだ。俺、原田、そして土方」
「ヒジカタさんまでぇぇぇっ!?」
顔を覆った総司の耳まで真っ赤だ。
「ひどい……ぼく、そんなに信用ないんですか……」
「うーん。おまえ、白目向いて浮いていたからなぁ」
斎藤は淡々と言って、湯飲みを口にした。
しかし、総司は目を伏せ、声を落とした。
「……いや、まあ。あれは、ぼくが悪いんですけどね」
「実は、それだけじゃなくて、なんか厠でも視線があ……」
「厠? まさか」
総司は、頬を赤くしながらひそひそ声になった。
「……これ、ぜっっっったい機密事項ですよ?」
「?」
「うう……」
視線を泳がせ、声をさらに落とす。
「実は……その……ぼく……厠でも、失神しちゃったことがあって……」
「………昔ですよ!」
斎藤のまぶたがゆっくり上がった。
「失神?」
「……あの、ちょっとくらっとしたらしくて……気づいたら――」
「厠の中で?」
「うん……っ! しかも、あの個室の中で」
斎藤は片眉を上げた。
「誰が助けた」
「えっと……近藤先生。もう恥ずかしくて死にそうでさ」
「なるほど」
「しかもその時、近藤先生、試衛館の厠の戸板をバリバリ壊しちゃって、丸見え厠になっちゃって……
まあ衝立で目隠しはしたけど……」
斎藤は一瞬だけ目を伏せ、肩を震わせた。
――笑いをこらえている。
「斎藤くん? 笑ってるでしょ!」
「笑ってない」
「笑ってる!」
「笑ってない。……ただ、世話が焼けると思っただけだ」
「絶対誰にも言わないでよーーーもうっ」
斎藤はようやく表情を整え、低く言った。
「……で、厠でも風呂でも倒れるなら、近藤先生の気持ちもわかるかもなあ」
「え、ちょ、まさか……」
「監視対象、継続決定だろうなあ。なんか土方さんが当番表作ってるらしい。そろそろ完成してるかも」
「ひえーーーーっ!」
──監視範囲、限界突破──
夜も更け、静まり返った屯所のなか。
「斎藤くーん、もしかして、そこにいるんですか?」
「任務中だ」
「その任務って、ぼくの風呂上がりを監視することですか」
「そうだ」
「当番表、できちゃったぁ? もしかして」
斎藤は答えず、涼しい顔で湯気の消える方向を眺めている。
総司はタオルで髪を拭きながら、ぼやいた。
「いや、まあ……お風呂までは、まだ、なんとか……」
「ほう」
「でも、厠まで誰かついてきたら、それはもう、人として終わりだよねえ」
斎藤の眉がわずかに動く。
「まあな」
「だって、厠って、あれだよ? そんなとこまで“見張り”がいたら、心臓が止まりますよ!
それこそ倒れますよ!!」
「理屈はわかる」
「わかってくれますか!?」
「だが局長命令だし、従うほかないだろう?」
斎藤は静かに湯呑を手に取った。
「総司は風呂でも倒れた。それに、廊下でも倒れた。道場でも倒れたという話もきいたぞ。
そして――厠でも倒れたことがあるとなれば――」
「それ、黒歴史ですーーー! 忘れてくださいって言ったじゃないですか!!」
「近藤先生の記憶には深く刻まれていると思うよ」
「消してぇぇぇぇぇ!!!」
総司は顔を覆って畳を転げた。
斎藤は淡々と続ける。
「近藤さんが今日“危険区域”として風呂と厠を指定した。以後、俺らは同行または待機が義務付けられた」
「義務付けられた!?」
「そうだ」
「ぼく、厠行くのに許可がいるんですか!?」
「許可まではいらんが、報告は必要かも」
「報告ぅ!?!?!?」
顔を真っ赤にして固まる総司。
「それ、隊士虐待では……」
斎藤は少しだけ口元を緩めた。
「安心しろ。厠の前までだ」
「前まで!?」
「中までは入らん」
「(……前にいる時点で地獄なんですけど!?)」
「ただし、長いようなら声をかける」
「やめてくださいぃぃ!! “まだか?”とか言わないでぇぇ!!!」
「言わん。“生きてるか”と聞く」
「それもっとやだぁぁ!!!」
総司は両手で顔を覆い、布団に倒れ込んだ。
「もう……ぼくの尊厳はどこに行ったんでしょうね……」
斎藤は小さく肩をすくめた。そのとき。
「おーい、総司! 今夜は冷えるぞ、厠に行くなら一緒に行けよー!」という近藤の声。
総司、布団に潜ったまま絶叫。
「行きませんっっ!! 我慢しますぅぅぅ!!!」
その声に斎藤が小さく笑い、夜風が障子を鳴らした。
湯当たりは治ったんですが
……近藤先生の過保護は、まったく治る気配がありません。
次回、
沖田総司、朝礼で再びやらかします。
なお、被害者は一人では済まない模様です。




