① 風呂場の悲鳴
うっかり 湯船で、うとうとと…沖田総司が とんでもないことに…
湯気がまだ立ちのぼる風呂場の外で、斎藤一は静かに息を吐いた。
「まったく、肝が冷えたぞ」
腕の中で、まだ少し顔の赤い沖田総司がかすかに笑う。
「うっかり、のぼせちゃって、はは」
「笑いごとじゃない」
斎藤はタオルで濡れた髪を乱暴に拭きながら、ぬるま湯を絞って総司の額に当てた。
近藤はずかずかと近づき、総司の頬に手を当てる。
「湯船に浮いてただと!」
「いいえ、気持ちよく入って、うとうとしただけですうー。
もう少しで目が覚めるところだったんですよお、たぶん」
「総司!」
その時、医者が到着した。
「お、お呼びでしょうか、患者はどなたかな」
「来たか! さあ、総司の容体を診てくれ!」
医者は圧倒されて、まるで上役の取り調べを受ける下士官のように背を丸めた。
「で、どうなんだ!? どこが悪い!? どれほど悪い!?」
「え、ええと……一体、なにが……とにかく見てから……」
「……その、湯あたりでございますな。冷やして、少し安静にすれば――」
「“少し”ってどのくらいだ!? 一晩か? 二晩か? 飯は? 薬は? どうなんだ?」
「え、ええと、ですな……!」
「ところで、どうして風呂で浮くことになった? 総司」
「えっと、ただ、のんびりあったかく気持ちいいなあって……そのぉ、ウトウトと。
本当にごめんなさい。」
医者、完全にたじたじ。
斎藤は静かにため息をつき、医者の背後から助け船を出した。
「今日は一日中、稽古をしてまして」
医者は「あ、はい、それでございます! きっと少し頑張りすぎたんじゃ」と飛びつくように同意する。
「そうか、総司。おまえはしばらく稽古は禁止だ。しばらく寝ているんだ」
「食も薄味! 夜更かしも禁止! 団子も控えろ!」
「えええええええ……?」
「当然だ!」
近藤は頑丈な腕を組み、厳しく言い渡す。
が、その目尻は不安で揺れていた。
「おまえが倒れたら、皆が困るんだぞ」
総司は「心配かけて、すみません」と頭を下げるしかない。
「わかればいい」
そう言いながら、近藤はなおも心配そうに総司の額を撫で、ようやく部屋を出ていった。
(湯あたりしただけなのに……)
──湯あたり騒動・その後──
その後、屯所の一室は小さな看病部屋と化した。
枕元には湯飲みと薬箱、そしておやつの団子の皿……いや、団子の皿は没収された。
「団子は駄目だと言ったろう!」
「でも、ほら、これは“薬代わり”ですし」
「薬で団子は聞いたことがない!」
「団子に罪はないのに……」
背後で斎藤が静かにため息をついた。
翌朝早く。
ドタバタと近藤はやってきた。
「総司、起きたか? 熱はどうだ?」
まだ薄明るい時分に、襖が開く。
湯呑を両手に持っている。
「はぁー? あれは熱じゃないでしょ。風呂でポカポカしてただけです。もうさめました。
もう、ほんとにスッキリさわやかですよ」
「たかが湯当たりというが、おまえ、風呂で浮いてたんだぞ。風呂で素っ裸で……
ドザエモンになるところだったぞ」
「そんなひどい言い方……」
「事実だ」
近藤は畳に座り、真剣な目で見つめたあと、
「ほら、飲め」と湯呑みを差し出した。
「これは……お湯?」
「いや、“特製”の飲み物だ。米を七分炊きにして、湯でさらに煮た」
「……わざわざ作ってくれたんですか。大変だったでしょう」
「いいんだ。胃に優しいからな。飲んでくれ」
総司と相部屋の斎藤は、総司の隣の布団の中で、
挨拶をすべきか迷ったが、ここは寝たふりしかない。
近藤は、斎藤など目に入らぬ様子である。
師匠というより、孫を心配する爺さんのようだ。
昼。ソワソワと顔を出す近藤。
「総司、ここで少し日にあたれ」
「えっ?」
「ここの方があったかい」
縁側に布団を運ばれ、日光浴を強制される総司。
「こうしてると、病人みたいですね」
「病人だ!」
「はいー? のぼせただけなのにですかぁ」
少し離れたところで、斎藤が腕を組んでつぶやく。
「自分は絶対、風呂で居眠りしないぞ」
「なんか言ったか、斎藤」
「いえ」
夜。
近藤はそっと襖を開け、寝顔を覗き込む。
「近藤先生、?」
「お、おお、起こしたか。いや、寝冷えしないかと思ってな」
「大丈夫です。あったかいですよ」
「そうか……よかった」
照れくさそうに笑い、近藤はその場にしゃがみ込む。
「本当に心配したんだぞ。自分の息子が倒れたような気持ちになった」
総司は布団の中から、くすっと笑った。
「嫌だなあ先生。先生はお父さんじゃなくて、お兄さんでしょう」
近藤は何も言わず、沖田の頭をそっと撫でると、そのまま静かに立ち去った。
総司の隣で寝たふりをしていた斎藤は、
その背中を見送りながら、
なにかが始まりそうな気配に、胸の奥が少しざわついた。
この後、沖田総司は、
思いがけない騒ぎに遭遇します。
よろしければ、お楽しみに。




