召喚された聖女の私は転生モブ令嬢と悪役令嬢と一緒に瘴気を祓う
「駄目! その実は観賞用! 向こうの世界のプラムと似てるけど食べられないから!」
王立学園の昼休み。
一人になりたくて校舎の裏を歩いていたら、赤々とした美味しそうなプラムの実をたわわにつけた木を見つけて一つ頂こうと手を伸ばした時、校舎から慌てた声がかかった。
振り返って見ると、校舎の端っこの窓から水色の髪の女の子が身を乗り出している。
プラムを取りかけた手をそのままに、彼女に問いかけた。嬉しくて泣きそうだ。
「向こうの世界を知ってるの……?」
しまった!、という顔をしたモブ令嬢・フィオナと、聖女として召喚された私・名塚真由美はこうやって出会った。
私は、特になんの超能力も無いただの中学三年生。いつものように学校で授業を受けていたはずなのに、気がついたら教会みたいな所の大きな女神像の前でへたりこんでいた。
王様や神官の言うことには、この国は現在女神の力が弱まって瘴気が地を覆いだしているため、女神の采配で聖女として召喚されたのだそうだ。
聖女は愛で浄化の力に目覚めるそうだ。
「愛の力でこの国を救ってください」
と、言われても「それってどこの24時間テレビ?」としか考えられない。
この世界を理解するためにと王立学園に入れられ、イケメンの王子様や宰相の息子や騎士団長の息子や天才魔術師の男の子が世話をしてくれるけど、はっきり言ってウザい。
笑顔の下に「この国を救ってくれるよね?」「浄化力に目覚めるよね?」という期待がアリアリだ。
そんな力を目覚めさせるより、家に帰る力を目覚めさせるわ!(出来るかわからんけど)
人に期待してないで、自分の国の事は自分でやりやがれ。
そもそも、愛だの浄化だの言ってる事が抽象的すぎてわからん!
そんなわけで、彼らから解放されて一人になった時にフィオナと出会った。
仲間いた!と、窓越しに話すと、彼女は召喚されたのではなく転生したのだと言う。
「どう違うの?」
「そこからかぁ。長くなるから、放課後私の家に行きましょう。授業が終わったら迎えに行くので、殿下にそう伝えておいて」
殿下にお友達の家に呼ばれたと言ったら、いつの間に友達が出来たんだ?と、驚かれた。
「裏庭の赤い木の実を食べようとしたら止められました」
「あれか……」
どうやら、あの赤い実は誰でも一度は通る道だったようだ。(後日かじってみたら激苦酸っぱさに悶絶して、「だから言ったのに」とフィオナに冷たい目で見られた)
フィオナの家に向かう馬車の中で、私たちは「真由美」「フィオナ」と呼び合う事を決めた。
元日本人だったフィオナは16歳で病気で亡くなって、この世界にモブの伯爵令嬢として生まれたそうだ。それを「異世界転生」と言うらしい。そう言えばそんな言葉を聞いたことがあるような無いような……。
伯爵邸にお邪魔した私は、「聖女様!」と驚く伯爵夫人にご挨拶してフィオナの私室に案内された。応接室だとギャラリーが群がりそうなんだそうだ。
お茶とお菓子を出してもらって人払いする。
「そもそも、私の髪がショートカットという時点でがっかりされてるのがヒシヒシと伝わってるのよ! 彼氏でもないくせに!」
久々の女子トーク! 思いっきり愚痴れる~!
「ああ、あの方たちはロングヘアの女性しか見た事ない人たちだから。ショートにしてる女性は平民か貧民なのよ。頭に虱がわかないようにね」
「そもそも平民ですし!」
虱もいませんよ!
「という事は、真由美はカルロ殿下たちの事を好きじゃないの?」
「婚約者がいる時点で対象外でしょう!」
「……まあ、普通はそうよね」
「ってか、私、殿下にコナかけてるように見えてるの? あの人が相談役だって言うから色々聞いてただけなのに!」
知らぬ間に掠奪女と思われてたとしたら、ぐぬぬ過ぎる!
「そりゃあ、ここは恋愛ゲームの世界だし。恋が芽生えてもやぶさかじゃないわ」
「芽生えません!」
中坊にとって「婚約者有り」なんて、越えようとすら思わないハードルだ。
「と言うか、ここ、異世界じゃなくって恋愛ゲームの世界なの? あの人たち、攻略対象ってやつ?」
「攻略対象じゃなく、恋愛対象。愛を深める事によって浄化の力が強まり、二人でミッションをクリアして国を救うヒントを得て進んで行くの」
「えーっ! 婚約者がいる人と?」
「婚約者がいない恋愛対象もいるんだけど、殿下たちがあなたを囲い込んでるから出会うのは無理っぽいわね」
「無理〜」
何だこのクソゲー。
「殿下たちと恋に落ちたら、婚約者は悪役令嬢になって、二人の愛が本物か色々邪魔をするのよ。愛の深さで乗り越えれば悪役令嬢に祝福されるし、乗り越えられず破局したら浄化も進まず、国が救えない。婚約者のいない恋愛対象なら、身分とか立場とかが障害になるの。愛の試練と国を救う試練をクリアしながら浄化のヒントを得て進むという複雑さでハマる人が続出したのよ。聞いた事あるでしょ? 『夢バラ』って」
「全然知らない……」
「嘘っ! テレビでCM流れてるでしょう? 令和乙女の恋のバイブル、恋愛と冒険の『夢と七色の薔薇が降る谷』よ? 知らない?」
「……えーと、れーわって何?」
「え……。もしかして、真由美がいたのは平成?」
「当たり前じゃない」
「そっか……。私とは時間が違うのね。あのね、平成は31年で終わるのよ」
「それって……」
知ってるよ。元号が変わる理由は……!
「あ、天皇陛下に何かあったわけじゃ無いの。お元気に現役引退しただけ。それからどれくらい生きたかは、私の方が先に死んだからわからないけど」
「わ、笑えない……」
「で、『夢バラ』は平成が終わってから発売されたスマホゲームなの」
「それじゃあ私が知らないわけだ」
「うん、わざとゲームを知らない人を召喚したのかもね。やり込んだ人が来て、クリアして元の世界に戻られないよう」
「戻れるの?!」
「うーん、かなり難易度は高いけど、クリアした時にローズポイントが一万ポイント以上あれは、元の世界に戻る事が選べるはず。でも、女神は聖女が誰かと恋をして残るエンドを期待しているんじゃない?」
「無理! 帰りたい! 帰る! 帰らせて!」
「だよねぇ……」
考え込んだフィオナは、
「うん、真由美がその気なら恋愛パートを全部捨てて、謎解きせずに解答に直行して浄化に特化しよう。まず、殿下に相談役は降りてもらって、私が『真由美と出会った時、真由美と一緒に浄化せよと女神の天啓を受けた』って事にして相談役になるわ」
「浄化なんて出来るの? 私、なんにも出来ないよ」
「私といたら出来るようになるよ。このままいても、殿下たちに愛が芽生えないんじゃ時間の無駄だもの」
本当に出来るようになるのかな。
「でも、相談役が私だけじゃ国王陛下たちを動かすのに力不足なのよね。殿下並みに権力と人脈がある人が必要」
「ん?」
「なので、マチルダ様に大事な相談があるから今すぐここに来てって手紙を書いて。うちの者がすぐに届けるから」
「え? 誰? 今すぐにって迷惑じゃない?」
「公爵令嬢のマチルダ様よ。殿下の婚約者の。聖女のお願いなら何よりも最優先されるから大丈夫」
「いやいや、その人絶対私の事嫌いでしょ?」
「そんな方じゃないわ。とても御立派な方よ」
ごめん、悪役令嬢と言う先入観でした。私はあわてて手紙を書いた。
駆け付けたマチルダ様は、私の相談役になることを意外にもあっさり受け入れてくれた。
「そうですわよね。何故、男性のカルロ様が相談役になるのを不自然だと思わなかったのかしら。女性であるべきなのに。申し訳ありません。今までご不自由をお掛けしましたわね」
「いっ、いえ、それほどでも……」
いい人!
理知的なはっきりした顔立ちに、燃えるようなオレンジ色の髪の縦ロール。さすが悪役令嬢になる人。
なるほど、失礼ながらマチルダ様と並ぶとフィオナが「モブだ」というのが納得できてしまう。(ごめん)
それから、浄化に同行してもらうのは学園の人たちじゃなく騎士団の人と魔法局の人にして欲しいというお願いにも、
「そうですわよね。騎士団長の息子とか天才魔法師とか、何故実戦経験の無い生徒を連れて行こうなんて考えたのかしら」
と、納得してくれた。
「マチルダ様。瘴気が吹き出しているのはアルソーレ湖のほとり、レアン湖のほとり、ファルブ湖のほとり、ですね?」
フィオナの言葉に、マチルダ様は表情を変えないながらもわずかに目を見開いた。
「……どうやら、女神の天啓を受けたと言うのは本当なのね」
「女神は、その三つを浄化した後にセドロスの神殿に眠っている御神体の女神像を浄化して欲しいと言っていました。出来るだけすぐに出発して欲しいと」
「分かったわ。聖女様、うちの馬車で王宮まで送ります。私はその足で国王陛下にこの件を奏上しますわ。フィオナさん、明日、大神官と騎士団団長と魔法局局長を陛下に招聘してもらうので、あなたも城に来てください」
し、仕事が早い!
翌日、登城してきたフィオナとキャッキャしながら会議室に行くと、国王陛下と大神官と騎士団団長と魔法局局長というおっさんずに睨まれた。
そりゃあ、いきなり現れたフィオナと一緒に浄化に行ってきます~、なんて言ったらふざけんなってなるよね……。
でも、カルロ殿下とマチルダ様がいるから何も言えないのだろう。
マチルダ様は、何も気づいていないかのように湖三か所と神殿を回る日程表を広げて計画を話し出す。
って、ええ? 昨日の今日でもう日程表を作ったの?
有能すぎる……。
「という予定でお願いしますね」
話をまとめるマチルダ様に、大神官が不機嫌そうに返す。
「しかしですな、そちらの聖女はまだ浄化の力に目覚めていないのですよ」
「いいえ、昨日目覚めました。魔法局局長様、杖をお貸しください」
フィオナがあっさりと重大な事言った!
魔法局局長から渡された杖には、所々コケのような緑が付いていた。
「この緑色が瘴気の残滓よ。魔法師の人も浄化はできるんだけど、どうしても残滓が残るの」
えっと、これを浄化して見せろって事だよね……?
「大丈夫、私とマチルダ様の事だけを考えて」
「わ、わかった」
杖を握りしめて、フィオナとマチルダ様が瘴気で苦しみませんように、と祈る。
すると、緑色はすーっと消えていった。
「やった……!」
おおーつ、出来た! そうか、愛の力ってこういう事か!
当然です、という顔をしてマチルダ様がまとめる。
「では、三日後に出発という事で。同行の人材の人選はお任せします。陛下、日程表の精査と、立ち寄る領の領主に替えの馬と宿の手配のお願いの通達をお願いしますね」
うわっ、王様に仕事を振ったよ。
……この女を敵に回さなくて良かった……!
三日後、騒ぎにならないよう王宮からこっそり浄化の一行が旅立つ。
おっさんずの協議の結果、七人の騎士と三人の魔法使いが同行することになった。
馬車は、私たち聖女プラス相談役二人の三人で一台と、魔法使い三人で一台、あと荷馬車が一台、プラス御者が三人。騎士たちは馬で行くそうだ。
騎士や魔法使いが入り混じった物珍しい風景に私はきょときょとしている。
「魔法使いって、みんな女の人なんだ」
「男性の魔法師もいるわよ。あー! ハリー・ポッターをイメージしてたでしょ!」
「だって、魔法使いって言ったらああいう人が来ると思うじゃない!」
「独身の令嬢たちと寝食を一緒にするのに、男性を選ぶわけないでしょう? 多分、騎士たちは妻帯者よ」
「あ、そっかあ……!」
特に一人は王子様の婚約者だものね。スキャンダル厳禁!
そのマチルダ様は、見送りに来た殿下と別れを惜しんでいる。
護衛対象を増やさないために侍女を連れて行かない事にしたマチルダ様は、今日はドレスをやめて一人で脱ぎ着できるワンピースに、巻き髪をやめてポニーテールにしている。
「こんなはしたない姿でカルロ様の前に出るなんて……」
と、本人は恥じらってますが
「殿下、ガン見だね」
「あれは惚れ直してるね」
と、私とフィオナはニヤニヤが止まらない。
私たちはパンツスーツを用意した。
魔法使いの清浄の魔法で洗濯せずに済むので、着替えが少なくて助かる。
「そういえばフィオナの婚約者は来ないの?」
「うん。これが終わったらまた普通のモブ令嬢に戻るんだもの、いつも通りにしていてって言ったの」
「そうなんだ。婚約者さんてどんな人なの?」
「ごく普通。良い所が沢山あるけど欠点もある、普通の人」
嬉しそうに「普通」を連呼するフィオナに、前世では出来なかった普通の人生への憧れを感じて、うるっときてしまう。
絶対に浄化して、フィオナを長生きさせるからね!
間もなく国王陛下がやってきて、陛下のお言葉を聞いて私たちは出発した。陛下が何を言ったかは、朝礼が終わると校長先生の言葉を忘れる主義の私は覚えていない。
本来のゲームでは、学園から一か所に行って浄化して学園に戻るというストーリーだそうで、一度で全部浄化しようと言うのはかなり強行軍なのだが、ずっと同じ馬車の私たちはすぐに仲良くなったので修学旅行気分だ。
宿の部屋も、不寝番の騎士が一人ですむように三人で一部屋だ。
そして数日後、最初の湖のある森に着いた。森の麓に馬車を残し、徒歩で森に入る。
フィオナとマチルダ様は死んだ目になって歩いてる。でも、実は私は現役バレー部。体力には自信があるのだ。
目的の湖に着いた!、と思ったら
「湖の向こうの大きな木の根元に瘴気の吹き出し口があるのよ」
と、更に歩かなくちゃいけない事を告げられた。
「あの “この木なんの木” の所まで行かなくちゃいけないの?」
「あ、そのCMが流れてた番組、令和に終わるよ」
「その情報は欲しく無かった……!」
さよならスーパーひとしくん!
吹き出し口の近くは瘴気が濃いので、魔法使いさんに身体を包む膜を作ってもらう。
魔法使いさん一人で一人分の膜しか作れないので、木まで行くのは私とフィオナと騎士さん一人だ。マチルダ様、ホッとしてますね。
三人で湖の周りをひたすらテクテク歩く。木に近づくにつれて、草木が枯れていた。膜で分からないけど瘴気がすごいのだろう。
たどりついたこの木なんの木の根元には、地面に1メートルくらいの亀裂が入っていた。
そこに跪いて祈る。
フィオナやマチルダ様や魔法使いさんや騎士さんやここに来るまでに出会った人たちが無事に過ごせますように。
すると、亀裂の中に縦横無尽に植物の根が張り巡らされて、みるみるうちに芽が出て育ち、あっという間に跪いている私が埋もれてしまうくらい色とりどりの薔薇の花につつまれた。周り一面が薔薇の花畑のようだ。
膜が消え、遠くからマチルダ様たちの歓声が聞こえる。
「薔薇が七色ある! ノーミスでクリアだよ!」
フィオナの声も聞こえた。
……私は、薔薇の中にへたり込んだ。
体力には自信があったのだけど、浄化ってかなりの体力を持っていかれるんだ……!
が、騎士さんに
「おんぶしましょうか」
と言われてヒィィィとなり、乙女心の最後の意地でおんぶなんてされるものかと自力で帰った。
王宮の料理も食べ納めだからって、あんなに食べなきゃ良かった……! 出発までの三日間の私の馬鹿!
麓に残した馬車に戻る頃には体力を使い果たしていた。三人で座席に倒れ込む。
「はぁ、最後に勝負を決めるのは体力だ、って、安齋先生の千本レシーブは正しかった……」
「安西先生! バスケがしたいです!」
「スラムダンクじゃねーよ!」
「二人で私の知らない事を話して!」
体はしんどいけど楽しい!
次の日、フィオナとマチルダ様は見事に筋肉痛だった。
「治癒の魔法師を連れてくるわ!」
痛い痛いと言いながらマチルダ様がよたよたと魔法使いの部屋へ向かった。
「マチルダ様、なんか楽しそう……?」
「生まれて初めての筋肉痛だもの。私なんて、前世も含めて初めてよ」
「へえ? 部活は文化部だったの? そういえばフィオナの前世の学校の話とか聞かないね」
「うーん、隠してるわけじゃなく、言う事がないのよ。家より病院にいた時間の方が長いくらいだから、学校なんてほとんど行ってないの」
「ごめん!」
若くして亡くなったのを知ってるのに、私、無神経すぎだろ。
「点滴あるあるとか、病院食あるあるなら話せるよ? あと、私の命日がカジノならラッキーな数字だとか」
「……それって、笑って聞いていい話?」
「全然オッケー! 私ね、長い間闘病してたせいもあるけど、ちゃんと頑張って死んだって自信を持ってるの。我、力の限り戦えり!って」
「そうなんだ……。頑張って生きたから、女神が転生させたのかな」
その発想は無かった!という顔をしたフィオナだったが、
「だとしたら嬉しい!」
と笑った。
そこに、治癒をかけてもらったマチルダ様が魔法使いを連れて帰って来た。
フィオナやマチルダ様とわきゃわきゃしながら、騎士たちの訓練に混ぜてもらったり、魔術使いのお姉さんたちと恋バナしたり、たまに馬車の御者席の隣に座らせてもらったり、馬の世話をさせてもらったり。
私の浄化の力はみるみる強くなって、体力を使い果たす事も無くなった。
多分、女神の言う「愛する力が浄化させる」ってこう言う事なんだろう。
それから、騎士たちのランニングに混ぜてもらったら全然スピードについていけず、聖女を置いていくわけにいかない騎士たちに迷惑をかけたり、うちのアナによく似た野良猫を思う存分モフったら馬車の中がノミだらけになったり、ささやかな(?)トラブルを起こしつつもなんとか無事に三つ全ての瘴気吹き出し口を塞ぐ事ができた。
「ついに、明日はセドロス神殿の女神像の浄化ね……」
神殿の手前の町の宿の一室で、フィオナが難しい顔をしている。
「そんなに難しい場所なの?」
私の質問に、マチルダ様が答える。
「セドロスはね、二百年くらい前まで王都だったの。だから、神殿も当時は国の教会の総本山だったわ。でも、大きな内乱が起きて街が焼け野原になって、今の王都に遷都したのよ」
「へえー、じゃあ京都みたいな古都?」
「キョートは知らないけど、内乱の時に負け込んだ豪族のラト氏が神殿の御神体の女神像を盗んで逃げたの。それ以来、街は神の加護を失い、何を植えても育たず、人はセドロスを離れたわ」
「うわっ、思った以上にヘビーだった!」
「でも、フィオナの話だと女神像はまだ神殿にあるのね」
「どこにあるのかは分からないけど……」
「ラト氏が盗んだふりをしてどこかに隠した、って事かしら。内乱が制圧されそうになったので、最後の嫌がらせに」
二百年前の事を、見てきたかのように話すマチルダ様。
「はぁ……。マチルダ様の知識って完璧ね。コンピュータみたい」
「令和ではAIって言うのよ」
「また二人で私に分からない話をして!」
完璧だけど、淑女っぽくなくなって来たマチルダ様が可愛い。
翌日到着したセドロスは、廃墟だった。
建物が崩れ、風雨に晒され、植物が蔓延って、かつて都市だったとは思えない荒廃した風景となっている。
かつて道だった所は、植物が石畳を押し上げてる。ガタンガクンと右に左に傾く馬車が、まるで遊園地のアトラクションのようでキャーキャー騒いでたら、そのうちフィオナもマチルダ様もガクンとくると一緒になって歓声を上げるようになった。
並走してる護衛の騎士たちが不思議そうな顔をしているので、後で「箸が転んでもおかしい年頃」という言葉を教えてあげよう。
やがて神殿らしき建物が見えてきた。
とても大きな建物だが、蔦状の植物に侵略されてる。でも、石造りなので腐敗の心配はなさそうだ。これなら危険無く探索ができそう。
皆で神殿の前に集合する。探索範囲が広いので、今回は魔法使いも御者も参加だ。
神殿の見取り図を見ながら、マチルダ様と騎士たちが探索の割り振りをしてる。
皆がそちらに集まっている時、フィオナが話しかけてきた。
「真由美。今までの三か所はノーミスで浄化出来たから、確認できないけど多分真由美は今三万ローズポイントを持っていると思うの。最後は時間との勝負よ。神殿に足を踏み入れてから御神体を浄化できるまで、時間と共にどんどんポイントが減っていくわ」
「そうなんだ……!」
元の世界に戻れるのは一万ローズポイントだっけ。今すぐ走り出したい!
「きっとクリアしてみせる! これが最後なんだね!」
「……ええ。これで」
皆の探索の割り当てが決まった。私とフィオナは、範囲を決めずに女神の気配を探して動いてもらうそうだ。
「皆、把握したな! それでは探索開始!」
「「「おうっ!」」」
気合を入れて皆やマチルダ様が神殿に走り込んで行った。
私たちも行こうとしたが、フィオナが動こうとしない。
俯いているフィオナに
「どうしたの? 行こう」
と、声を掛けたら、腕を掴まれた。縋りつくように、痛いくらい指が腕に食い込んでいる。
「……どうしたの? 大丈夫?」
「怖い。終わっちゃう」
「何?」
「……っ、ないの」
「え?」
「私、『夢バラ』をクリアした事が無いの……」
「ええ!?」
「二人が幸せになって私が置いていかれるのが嫌で、ゲームが終わらないようにいつも神殿まで来たらリセットしてたの。でも、とうとうお終いが来ちゃった」
「フィオナ……」
「ゲームが終わったらどうなるんだろう。目が醒めたら、また病院のベッドの中で一人ぼっちなのかな。怖い……!」
私の腕を握っている手が震えている。
大丈夫
心配しないで
きっと上手く行く
そんな言葉じゃ、きっと足りない。
私は、フィオナの指を一本一本外して両手で包み込んだ。
「会いに行くから!」
顔を上げたフィオナの目が私を映した。
「フィオナまで戻ったら、私がフィオナに会いに行くよ! ううん、私だけが戻っても会いに行く!」
「……平成じゃ、まだ私は子供だよ」
「子供のフィオナに会いたいし!」
「会っても、真由美の事を知らないよ?」
「どっちみち友達になるんだから、ちょっと早まるだけだよ」
「真由美……」
「会って、私たちはこれから異世界で再会するんだよ!、って教えてあげるの」
「それは危ない人だよ……」
フィオナの手に、だんだん力が戻って来る。
「クリアしたら、向こうでの住所と名前を教えてね!」
「うん」
手をつないで私たちも神殿に向かった。
神殿は寂れた心霊スポットみたいな状態だったけど、移転する時に荷物は全部持って行ったようで、作り付けの家具しか残って無いのが救いだ。ここで日本人形とこんにちわなんてしたら泣くぞ。
さすがに昔は国の中心だっただけあって広い神殿で、何百人も収容できそうな広間(?)とか、寮みたいな沢山の小部屋とか、給食センターみたいな厨房とかがあった。
でも、女神の気配は感じない。
「二百年も誰にも気づいてもらえない、祈りを捧げられないでいるから、気配を知らせる力も難しいんだろうね」
「皆が見つけてくれるのを期待するしかないかぁ」
と、思っていたら、皆も「見つからない」と戻って来た。
近くの小部屋に皆で入って作戦会議。
マチルダ様が皆に問う。
「考え方を変えましょう。自分が女神像を盗むとしたら、どうやって盗みますか?」
魔法使いの一人が答えた。
「私なら、魔法で小さくして運びますね」
「魔法が使えないなら、分解して運ぶとか?」
「女神像を分解できないでしょう」
その時、私の頭の中で閃いた。
「もともと小さかったんじゃない? 私たち、王都の女神像のイメージで探してる!」
皆がはっとしたした顔になる。
「確かに、それなら神官に見つからずに盗めるわ。マチルダ様、神官に見つからない場所に隠すとしたらどこ?」
フィオナの突然の質問に一瞬戸惑ったマチルダ様が
「竈門の灰の中?」
と、言い終わる前に出口近くにいた騎士さんが走り出してた。
私たちが厨房に着いた時、騎士さんが灰の中から50センチ程の女神像を見つけ出していた。
時間がもったいないので魔法使いさんに出してもらった水で洗い、灰まみれの床の上にハンカチを敷いてその上に女神像を置いて跪いて祈る。皆も私の後ろに跪いて祈りだしたようだ。魔法使いさんたちが讃美歌のような歌を歌いだした。
どれくらい祈っていたのだろう。大理石のようなまだらな色だった女神像が、ローズクォーツみたいな透明なピンクに変わって来た。
あと少し!、と力を振り絞っていたら、天井から何か降って来た。手を伸ばすと、手のひらに薔薇の花びらがのった。顔を上げると、色とりどりの薔薇の花びらが舞っている。
「終わった……?」
つぶやきに答えるように
『世話になりました。異世界の娘よ』
と、声がした。
『礼をしましょう。望みはありますか?』
「家に帰りたい!」
一気に言った。後ろの人たちが驚いている気配がするが、それどころじゃない。
まだ一万ポイント残ってるだろうか。戻れる?
神にも祈る気持ちだ。(実際に神に祈ってるけど)
ふと気が付くと、私の身体からタイルがポロポロと剥がれていくような感触がして、気が付いたら私は召喚された時の中学の制服を着ていた。
「これって……」
戸惑っている間に、薔薇の花びらの中に私の身体が浮いていた。どんどん高くなっていく。
え? 帰れるの? 待って、まだお別れも言って無いのに!
あっという間に皆の背より高くなって、皆との間に壁のような何かが何枚も入り込んで来る。
皆の姿がぼけて良く見えなくなる。声は聞こえないけど、皆が身体中を使って「ありがとう」「元気で」と言っているのがわかる。
両手が千切れそうなくらい振ってるフィオナ、どうか大好きな婚約者と平凡な幸せを掴んで。
マチルダ様、カルロ様と仲良く、立派な王妃になって。
みんな、みんな、みんなありがとう!
私も、届かないと分かっていても大声で「ありがとう」「さよなら」を繰り返したら、突然画面が変わった。
あれから私は元の中学生に戻った。
ただ、心の中ではいつも異世界の二人に話しかけている。
バレー部が中体連で県大会に行けたよ。
雪が降ったよ。
高校に合格したよ。
猫のアナに子供が産まれたよ。
大きな出来事も、些細な出来事も。
いつまでも、二人は私の大切な友人だから。
ある日、いつものように朝食を作っていると、テレビのニュースが
「今日は令和7年の7月7日。7が三つ並ぶ日ですよ」
と言ったので手を止めた。
令和7年7月7日。
今日、日本のどこかであなたが亡くなる。
その最期が穏やかであるよう、幸せな転生ができるよう、心から祈った。